自分たちの今の関係は、いったい何なのだろうとキラはトリィをいじりながら考える。 これによく似た関係なら、少し前まで自分は持っていた。だが、それに当てはめていいのだろうか、とも思う。 「……血のつながりがなくても『家族』になれるのかな」 無意識のうちに、キラの口からこんなセリフがこぼれ落ちる。それが耳に届いた瞬間、キラは愕然としてしまった。 「……僕は、今、何を……」 口にしたんだ、とキラは呟く。 まるで、今はいない両親の代わりを彼らに押しつけているようではないか、と。 自分のこの考えは、両親にだけではなく、彼らにとっても失礼じゃないか、とキラは思うのだ。 「……父さんと母さんのことを忘れたわけじゃないのに……」 どうして……とキラは呼吸をすることすら忘れてしまう。 あるいは、いつか完全に両親のことを完全に忘れてしまうのだろうか、と。 「そんなこと……」 もし、自分がそうなのであれば、友人達が自分を忘れても仕方がないのではないだろうか。そうしたら、いつしか『自分という存在』は誰の記憶の中からも消えてしまうかもしれない。それこそが本当の意味での『死』といえるのではないだろうか。キラは最近そう思うようになっていた。 「……僕……」 だからといって、この状況が認められるかというと、また別問題であろう。 「僕だけでも、父さん達のことを覚えていなきゃいけないのに……」 今でも思い出せば胸が痛くなるのに……とキラが呟いたときだった。 「失礼します」 言葉と共にドアが開かれる。反射的にキラが視線を向ければ、今まであったことがない兵士の姿が見えた。 その視線を感じて、キラは硬直してしまう。 だが、それは相手も同じ様子だった。ドアノブを掴んだまま、彼も硬直している。 沈黙が二人の間で流れていく。 「……あ、あの……」 先に我に返ったのはキラの方だ。 「バルトフェルドさんのお部屋なら……階段の反対側ですけど……」 きっと、曲がり角を間違えたのだろうとキラ判断をしてこう口にする。 「そ、うなのか……じゃなくて」 キラの言葉に彼も我に返ったらしい。一瞬頷きかけて直ぐに首を横に振った。 「人を捜しているんだ。キラ、というのは……」 「……僕ですけど……あの?」 何のご用でしょうかとキラは小首をかしげる。出歩けば皆声をかけてくれるものの、キラに用事がある相手、と言えばバルトフェルドかアイシャしかいないはずなのだ。ザフトの一員でない以上、それが当然だという認識がキラにはある。 「君か……突然すまない。バルトフェルド隊長がおいでになりそうな場所を知らないかな?」 執務室から脱走したのだ、と彼は付け加えた。 「僕より……アイシャさんの方が……」 「彼女は今出かけられていて……だが、至急の話だ、と言ったら、君なら知っているかもしれないと……」 教わったのだ、と言う彼にキラはようやく事態を飲み込む。 「また、ですか」 アイシャがいなくなったから即座に……と言うことなのだろうか……と言いながら、キラは手にしていた工具をテーブルの上に置く。ついでにパソコンの電源を切ってから立ち上がった。 「おつき合いさせて頂きますが……あの、その前にお名前をお聞きしてもかまわないでしょうか」 でなければ呼びかけるのに不自由しそうだ、とキラは付け加える。 「重ね重ね申し訳ない。ダコスタ、だ。マーチン・ダコスタ。ダコスタでいい」 近寄ったキラに向かって、彼はこう言って微笑む。 「ダコスタ、さんですね」 確認をするようにキラは言葉を口にする。それにダコスタが頷くのを見てから、キラは少し考え込んだ。 「多分……どこかでコーヒーをブレンドしているんだと思いますが……」 今日はどこでやっているだろう……とキラは思う。 「昨日は温室で……その前が倉庫だったから……今日は地下かな?」 私室はアイシャが怒るから絶対にしないし、他の場所なら誰かが見つけているだろう、とキラは付け加える。 「……そうなのか……これからおいおいと覚えることにしないとダメなんだろうが……」 本当、頭が痛い、とダコスタが呟いた。 「ひょっとして……バルトフェルドさんの副官候補って……」 「僕だが……ちょっと自信がなくなってきたよ。ここに来てから、毎日脱走されているしね」 居心地はいいのだが、と付け加える彼を、キラは少し気の毒に思ってしまう。バルトフェルドの脱走――と言うよりは趣味の追及意欲だろう――はもう矯正のしようがないとアイシャが言い切るほどなのだ。決して彼のせいではないと思う。 「……いっそ……監視システムでも作ればいいのかな……」 建物の中に彼がいれば直ぐにわかるように……とキラは呟く。それ以上に簡単なのは、執務室での彼の趣味に関する行為を解禁することなのだろう。しかし、それを口にすることは今のキラにははばかられる。 「それはいい考えだが……そこまで手が空いている者はいないし……まさか、他の基地の人々に依頼するわけにはいかないだろうね」 だが、あれば便利だろうなぁとダコスタは呟く。 「……僕でよければ……作ってみますけど……」 失敗するかもしれないが、とキラは口にした。 「君が?」 「時間はありますし……プログラムは得意ですから」 あくまでも子供の範疇かもしれないが、と口にしながら、キラはダコスタを振り仰ぐ。 「そうか」 キラの言葉をどう受け止めたのか。彼は何かを考え込むような表情を作る。 「それでは頼んでおこうかな?」 だが、直ぐに彼は微笑みと共にこういった。 「わかりました」 それにキラも微笑み返す。 そのまま階段を下りようとしたときだった。二人の鼻に香ばしいを通り過ぎて焦げたとしか言いようがないコーヒーの香りが届く。 「……どうやら、地下じゃなくて上のようです」 そうか……昨日資料だと言い訳をしながら荷物を運んでいたのはこういう理由だったのか……とキラはため息をつく。 「だね。だが、さっき見たときは……」 「屋根裏に物置があります」 普通の人は知らないと思いますが……といいながら、キラは階段を上り始める。この前、たまたまバルトフェルドと見つけたのだと。 「なるほどね」 ため息と共にダコスタがキラの後を追いかけてきた。 |