「……あの……工具とパソコンを貸して欲しいんですが……」
 キラがアイシャにこうねだる。
「何に使うの?」
 初めてといえるそんな行動に、アイシャは微笑みながら理由を問いかけてきた。
「……トリィのメンテナンスを……」
 したいのだ、とキラは小さな声で答える。
「なら、そう本格的なものでなくていいんだな? 直ぐに用意してあげるよ」
 そのくらいならおやすいご用だ、と言ったのはバルトフェルドだった。
「それに、気晴らしになるだろうしね。アイシャも少し忙しくなりそうだから」
 この言葉に、キラはかすかに小首をかしげてみせる。
「……何か……」
 あったのか、とキラは問いかけた。
「キラが心配する事じゃないの。アンディにね。新しい副官が来たから、彼が慣れるまでフォローしてあげないといけないかなって思っただけよ」
 でないと、アンディはねぇ……とアイシャも笑ってみせる。だが、その言葉をキラは額面通りに受け止めることができない。
「また……誰か死ぬんですか?」
 不安そうな口調でキラはこう問いかける。
「死なないわよ。大丈夫」
「そうそう。その前に終わらせたいしね」
 脅かすことも有効な手段だし……とバルトフェルドは笑って見せた。
 嘘を言わない彼らを信用できるとキラは思う。だが、だからといって彼らの言葉を肯定できたわけではない。
「……どうして……」
 人が人を殺すのかな、とキラは視線を伏せる。
「さぁね。それは僕にもわからないな」
 好きで殺し合いをしているわけじゃないから……と言いながら、バルトフェルドは立ち上がった。そしてそのままキラへと歩み寄っていく。
「でも、それじゃいけないこともわかっているんだ。しかし、今は戦わないと守れないものもある。それだけはわかってくれると嬉しいな」
 一瞬ためらった後、キラは小さく頷き返した。
「いい子だね、君は。大丈夫。僕もアイシャも死なない。そして、君の側に戦いを持ち込まないと約束するよ」
 まだ、君の心はそれに耐えられないだろう、と彼は付け加える。
「……ごめんなさい……」
 キラがさらに小さな声で呟く。
「何を謝っている? 君が謝ることなんてないだろう?」
 悪いのは連中で、君ではない、と口にしながら、バルトフェルドはキラの体を抱きしめる。
「だって……お世話になっているのに……ご迷惑しかかけられないですから……」
 手伝えればいいのだろうが、とキラは付け加えた。
「そんなこと、気にすることはない」
「そうよ。それよりも先に考えなきゃならないことがあるでしょう、キラには。そちらが終わってから、ね。これからのことを考えるのは」
 それまでは守られていればいいのだ、と二人は口々に言う。
「……でも……」
 それでは……とキラは口を開きかける。
「いいんだよ、今は。そう言う心を殺すようなことは大人がすればいい。それにね。キラがいてくれるから、僕はいろいろと考えられるんだよ」
 コーディネーターとナチュラルの未来とか、少しの犠牲者だけで最大の効果を上げるにはどうしたらいいかとかを、とバルトフェルドは口にし始めた。
「今までは、いざとなればナチュラルを全て殺してしまえばいいか、なんて事も考えていたよ。だが、考えてみれば僕たちの両親はナチュラルだ。彼らまで殺すことはできない……となると矛盾が生じる」
 今までそれを考えつかなかったのが不思議なくらいだよ、とため息をつきながら、彼はキラの髪を撫でる。
「だが、君は『人が死ぬ』と言うことをいやがるだろう。それは当然なんだが……なら、そうしないためにはどうしたらいいか……と考えたとき自分の考えがおかしかったことに気づいた。つまり、君の存在は十分僕の役に立ってくれている、と言うことだ」
 違うかな? と言われても、キラは直ぐに納得することができない。
「それにね。ここの守備をしている兵士達って、以前はちょっとダレ気味だったのよ。でも、最近はとても熱心だわ。それもキラがいてくれるからなのよね」
 これも、アンディにとってはプラスよ、とアイシャも付け加えた。
「一緒に戦うだけが役に立つわけじゃないの。そうやって周囲の志気を高めたり、アンディが気持ちを休ませることができるようにしてあげるのも大切な事でしょ?」
 キラはそちらのことを考えてね、とアイシャは微笑む。
「そうだな。戦える者はたくさんいるが……気持ちを和ませてくれるものは少ないからね。アイシャは……たまに怖くなるし」
「悪かったわね」
 アイシャが思い切り頬をふくらませる。もちろん、それが演技だと言うことはキラにもわかった。彼女とつき合いが長いバルトフェルドならなおさらだろう。
「誰も悪いと入っていないだろう? ただ、もう少し僕の趣味について寛容になってくれないかなと思うだけだ」
 そうすれば、気持ちよくだな……と彼は付け加える。
「で、また副官を追い出すの?」
 ストップをかけないと、仕事を忘れるじゃない……とアイシャも負けじと言い返す。
「そうはならないと……」
「コーヒー好きが来てくれればいいけど、そうじゃない可能性だってあるのよ」
 キラの頭の上で二人が言葉をぶつけ合っている。
 止めた方がいいのだろうか。それとも……とキラは悩む。それでも何か言わないといけないだろうと思い、口を開く。
「……あ、の……」
 その瞬間、見事なまでに二人の口論がやんだ。
「あぁ。すまない」
「ごめんなさい。貴方の前ですることじゃなかったわね」
 そして、即座に謝罪の言葉を口にする。
「……いいんですけど……放してもらえますか?」
 僕がここにいるとお邪魔なようですし……とキラは付け加えた。
「邪魔なんかじゃないよ」
「ダメね。どうしても気がゆるんじゃうわ」
 くすくすと笑いながら、二人はキラの体を解放する。
「まぁ、こういう雰囲気は嫌いじゃないしな」
 そうだろうと問いかけられて、アイシャだけではなくキラも思わず頷いてしまう。それにバルトフェルドは満足そうな表情を作った。