「……それ、トリィって言うのね。誰が作ってくれたの?」 お父さん?、と言う彼女の問いかけに、キラは首を横に振った。 「じゃ、誰? 教えてくれる?」 これのおかげでキラは外に出られたのだから、あるいは……という気持ちがアイシャの中にあるのだろう。もちろん、焦っても仕方がないと言うことも彼女は知っている。それでも機会があれば、と思っているのは事実だった。 「僕の……親友……」 キラは小さな声でこう告げる。 「……別れるときに、くれたんだ」 さらに小さな声で付け加えられた言葉の裏に、キラは様々な感情を込めた。 自分だけが第一世代だったためにプラントに行けなかった。その事実がキラの中で影を作っている。自分がみんなと違っているから、一人残されたのだ……と。 それでも、両親が側にいてくれたからそれに耐えられたのは事実。 だが、今はその両親もいない。 友人達とはまた会える可能性があるが、彼らとは二度と会えないのだ……永遠に、自分は無条件で愛してくれる存在を失ってしまった。それも、自分が彼らと違っていたからなのだ。 「……みんな、僕を置いていくんだ……」 思わず口からこぼれ落ちてしまった呟き。 それをアイシャがどう受け止めるか、と言うことを今の彼は考える余裕がない。 「そう……」 実際、彼女は言葉に詰まってしまったようだ。 「……だから、その子はあなたの所へ帰ってきたのね」 だが、直ぐに微笑みと共にこう口にする。 「そうなの、かな?」 キラがためらうように言葉をつづる。その言葉の裏には不安と期待が見え隠れしていた。 トリィにそんな高度なプログラムは組み込まれていないことはよく知っている。だが、キラの父はよく『大切にしていれば、どんなものにも魂が宿るんだよ』と口にしていた。トリィもそうなのだろうか、と思いたい……とキラは心の中で付け加える。 「そうに決まっているわよ。でなければ、こんなに偶然が重なるわけないもの」 そうでしょう、とアイシャはキラに微笑む。 「だと、いいな……」 キラの口元に淡い笑みが浮かんだ。それは、ここに来て初めて彼が浮かべた心からの微笑みだと言っていい。 「……まだ、僕のことを必要としてくれるなら、いいな……」 そうすれば、きっと……と付け加えたところでキラは言葉を飲み込む。アイシャはその事実に気づかなかったというように視線をキラから目的地へと向けた。 「ほら、あそこが温室よ」 正確に言えば、温室といえるかどうかわからない、と彼女は付け加える。どちらかというと。小型のドームと言った方がいいかもしれないわね、と微笑んだ。 「中は気持ちいいわよ」 そう言いながら、先に行くと、彼女は温室のドアを開ける。 次の瞬間だった。 「アンディ! 何をしているのかしら?」 アイシャのあきれたような声がキラの耳に届く。 「何って……休憩を……」 ぼそぼそっとバルトフェルドは何かを言い返そうとしている。だが、その口調はどこか弱々しいものだった。 「それで、折角の香りを消してくれたの? せっかくキラにもかがせてあげようって思ったのに」 これじゃ台無しだわ、と付け加える彼女の声を耳にしながら、キラはゆっくりと温室の入口をのぞき込みに行く。そうすれば、中にいるバルトフェルドと視線があった。同時に、どこかでかいだ記憶があるものの、それにしては強すぎる香りがキラの鼻を襲う。 「……何?」 キラは思わず鼻を押さえると顔をしかめた。 「ほら。キラもいやだって言っているわよ」 そんなキラの反応に、アイシャは我が意を得たりという表情で言葉を口にする。 「だけどだねぇ、アイシャ……執務室でやっても怒られるじゃないか。部屋だって同じだろう? 一体どこでやれと?」 バルトフェルドが悄然としながら問いかけてくる。 「自分で考えたら? ともかく、さっさと片づけて。でないと、この子が中に入れないわよ」 せっかく、あの花が咲いたから見せようと思ったのに……とアイシャは付け加えた。 「……君はいい女だが……男のロマンというものに理解が足りないことがあると思うよ」 彼を理由にされては仕方がない、とため息をつきながら、バルトフェルドは作業を始める。それでようやくキラにもこの香りの元がなになのか理解することができた。 「……コーヒー?」 「そう。あの人の唯一の欠点が、自分だけのブレンドを作るって言うことなの。コーヒーも普通に飲んでくれるなら少々値がはるものでも妥協できるんだけどね」 この香りに耐えきれない、と言うものが多いのだ……とアイシャは付け加える。 「おかげで、副官が居着かないのよね。ダコスタ君が使い物になってくれればいいんだけど」 でなければ、仕事がたまるだけだ……とアイシャはため息をついた。 「……僕、のせい?」 その口調から、あるいは今まで彼女がバルトフェルドの補佐をしていたのではないか、とキラは推測をする。だが、今アイシャはほとんどの時間を自分と一緒にいてくれる。だから、彼の補佐ができないのではないか、と。 「違うわよ。私はあくまでもアンディの愛人で、ボランティアをしているだけ。ザフトの一員じゃないのよ」 だから、やりたいときにやりたいことをするのだ、とアイシャは笑ってみせる。 「それに、あなたの側にいてもできることはしているわ。だから、大丈夫」 今のところ、それ以上の仕事をしなければならない事態にはなっていないのだから……と言う彼女に、キラは複雑な表情を作った。 「そうそう。アイシャの力を借りなくても本来は大丈夫なんだよ。ただ、いてくれると楽だからね。みんな彼女を頼ってしまう。それではいけないから、今はいい機会なんだよ」 君が気にすることはない、と片づけを終わらせたらしいバルトフェルドが声をかけてくる。 「しかし、タイミングが悪かったのは事実だな」 もう少しで成功しそうだったんだよな……と呟くバルトフェルドに、アイシャがきつい視線を向けた。 「まぁ、後で普通のコーヒーをごちそうしてあげるよ」 仕方がないから、仕事をして来るか……とバルトフェルドはわざとらしいため息をついてみせる。 「……はい……」 キラはその言葉に小さく頷いて見せた。 「いい子だな、君は」 バルトフェルドはキラに微笑みかける。だが、アイシャの視線に気づいたのだろう、直ぐに肩をすくめた。 「怖いねぇ。怒られる前に消えるとするか」 だが、それはわざとだったらしい。 「……アンディ……後で覚えていらっしゃい?」 「何をだね?」 笑い返すと、彼はそのまま歩き去っていく。 「本当……子供みたいなんだから」 そう言う彼女の口調は、どこか優しいものだった。それは母親が父親の行動に文句を言ったときのそれににている、とキラは思う。 同時に、悲しみが再び湧き上がってくるのをキラは感じていた。 |