夜ごと訪れる悪夢。
 だが、それもバルトフェルドかアイシャに抱きしめられれば不思議と薄れてくる。
 それがどうしてなのか、とキラは疑問に思う。
「そんなの簡単よ」
 それを問いかければ、くすくすと笑いを漏らしながら、アイシャがさらにきつくキラを抱きしめてきた。
「私達が、あなたを必要だ、と思っているから、よ」
 それをあなたも感じ取っているからだ、とアイシャが付け加える。
「……でも……」
 キラが何かを口にしようとした。その唇に、アイシャの細い指が添えられる。
「でも……はなしよ、キラ」
 そして、アイシャの優しい声がこう囁く。
「言いたいことははっきり言っていいの。その権利があなたにはあるし、私達はいつでも耳を傾けてあげるから」
 ね、と言われても、キラははまだ頷くことができない。彼らに対する距離の取り方がよくわからないのだ。
「それよりも、今日は天気がいいし……外に行ってみない? 温室の花が咲いたのよ」
 見に行きましょう、と言いながら、アイシャはキラの体を解放する。
「部屋の中にばかりいるのは体に悪いわ」
 この言葉に、キラは小さく頷く。どうやらそれも自分ではわかっているのだ。だが、一人ではどうしてもこの部屋の中から出ることができない、と言うだけで。
 アイシャと一緒なら大丈夫だ、と言うわけでもない。
 だが、一人でなければ何とか玄関までは行けるようになった。
 それは、この家の周囲に警備の兵士達がいるという安堵感かもしれないし、そんな人々がいるにもかかわらず、ここには戦争の気配がないからかもしれない。
「おや……久々に出てきたな」
 その身に武器を身にまとっているとは言え、それ以外の彼らはキラが知っている大人と同じように朗らかだ。普通、軍人というのはもう少し厳しい表情をしているのではないか、とも思うのだが、そんな雰囲気は全くない。それは、バルトフェルドの指示なのだろうか、とキラは考えている。
「……こんにちは……」
 蚊の鳴くような声で、キラは彼に挨拶の言葉をかけた。
「そんなに警戒するなって」
 笑いながらキラに声をかけてくる彼に、反射的に身を縮めてしまう。
「お前の顔が怖いからだろう?」
 その瞬間、別の兵士がこう言って笑った。
「そんなに怖いか?」
 ショックを受けたように口にする彼に、キラは首を横に振って否定の意を表す。
「……あの……」
 そして、何とか自分の感情を口にしようとする。だが、焦れば焦るほど、上手く言葉が出てこない。
「ゆっくりでいいのよ?」
 焦らなくていいから、ね……とアイシャが囁いてくれる。キラの言葉を待っている兵士達も茶々を入れようとはしてこない。その事実に、少しだけキラの気持ちが楽になった。
「怖いと思ったのは……それなんです」
 こう言いながら、キラは彼が肩に抱えている銃を指さす。
「これか……」
 その瞬間、彼らは複雑な表情を作る。
「確かに、今の君には怖いものかもしれないな。だがね。使い方によっては人を守ることもできるものだからね……」
 と言っても、直ぐには理解できないか……と彼はため息をついた。
「まぁ、できるだけ君の目に触れないようにしてあげるよ」
 そのうち、我慢できるようになるまでね、と彼は微笑む。
「あ、りがとうございます」
 思わずキラの口から出たこの言葉に、その場にいた全員の笑みが深まった。
「いい子だな、君は」
 そして、この言葉と共に大きな手がキラの髪に伸びてくる。それに一瞬キラは体をこわばらせた。だが、何とか逃げ出すことだけは我慢する。
「……ひょっとして、触れられるのもダメだとか?」
 キラの様子にこう言いながら、彼はアイシャへと視線を向けた。
「じゃないの。ただ慣れていないだけ。そうでしょう?」
 最近、男の人にはアンディとドクターにしか会っていなかったものね……と言われてキラは素直に頷く。
「ならいいんだが……と言うことは、他の連中にも注意だな」
「興味津々だからな、全員」
 この言葉に、キラは反射的にアイシャの袖を掴む。
「大丈夫よ。アンディに怒られるとわかっていてあなたにちょっかいをだそうなんて人間はここにいないから」
 アイシャがそんなキラを安心させるように言葉を口にする。
「もちろん、貴方達も協力してくれるのでしょう?」
 この言葉に、彼らは即座に首を縦に振って見せた。
「ね?」
 アイシャはこう言って微笑む。だが、キラは思わずそれに実はここで一番偉いのは彼女なのではないだろうかという思いを抱いてしまった。
「さて、温室まで行きましょうか」
 話は終わった、とばかりにアイシャはこう口にする。
 反射的に頷けば、アイシャはキラの肩に手を回した。そして、彼をうながして歩き出す。その先を先ほどの兵士の一人が先導をするように前を歩いている。だが、キラに配慮したのだろう。彼からは見えないように銃を移動させていた。
 玄関のドアが開かれた瞬間、キラは思わず足を止めてしまう。
「大丈夫よ」
 外にいるのも味方だけ……とアイシャは囁く。同時に、キラの肩をさらに自分の方へと引き寄せた。
「……うん……」
 そうは答えるものの、キラの足はそう簡単に進まない。
 キラは不安そうに視線をさまよわせているだけだ。
 その彼の視線が、空の一点で止まる。
「トリィ?」
 この言葉と共にキラはそのまま外へと駆け出した。
「どうしたの?」
 キラが差し出す手の上に、何かがふらふらと落ちてくる。それをキラは大切そうに抱きかかえた。
「トリィ……お前は無事だったんだね……」
 てっきりあの時に……とキラはそれを抱きしめながら口にする。
「キラのだったの、それ」
 ようやく事態を飲み込んだらしいアイシャが微笑みながらキラに歩み寄っていく。
 肩に置かれた手に、キラは小さく頷いて見せた。