キラが目覚めてから数日が過ぎた。
 あの日の言葉通り……というのだろうか。この部屋には戦闘に関わる全ての気配が伝わってこない。
 だが、それでも眠ろうとすれば毎回あの時の光景が蘇ってきてしまう。
「……父さん、母さん……」
 あれが自分の両親の姿だなんて思いたくない。だが、どう考えてもそれが現実なのだ、と言うことはキラも認識していた。認識していたが、感情がそれを受け入れられないというのもまた事実ななのだ。
「どうして、僕だけ……」
 こうして生き残ってしまったのか……
 あのまま一緒に死んでいれば、きっとこんな思いをしなくてすんだのではないだろうか、とキラは思う。
 こうして生きているのが、ある意味彼らの願いだと言うことは知っていた。
 だが、生きていることすら罪のようにも思える。だから、、今からでも追いかけた方がいいのだろうか、と。そんなことを考えながら、キラはふらりっとベッドから抜け出す。
 そして、月明かりに惹かれるようにベランダへと歩いていく。
「……月を見るには、ちょと軽装だな」
 その背中に向かって男性の声が飛んできた。
「……あっ……」
 キラは反射的に立ち止まる。そして、ゆっくりと声がした方を振り向いた。そこには、最近見慣れた顔がある。
「僕……」
 一体いつからバルトフェルドはそこにいたのだろう。キラはそう思うと、動くどころか声も出せなくなってしまった。
「それとも、怖い夢でも見たのかな?」
 だが、彼の口から出たのはキラを怒るための言葉ではない。むしろ『優しい』といえるほどの柔らかな声だった。
「……僕……」
 そんな彼に何と言い返せばいいのだろう。何と言えば、自分のしたことを許してもらえるだろう、とキラは思う。
 彼らが自分に『生きて』いて欲しいと願っていることはよく知っている。
 そして、そのためにいろいろなことをしてくれていることも。
 だが、自分はこうして『生きてい』自分に罪悪感しか抱くことができないのだ。
「おいで。風邪を引くよ」
 ふわりとさらに微笑みを深めるとバルトフェルドはこういう。だが、自分はそこから動こうとはしなかった。あくまでもキラの自主性を尊重すると言うかのように微笑んでいるだけだ。
「僕、は……」
 どうしたらいいのだろうか、とキラは悩む。
 バルトフェルドの腕の中はとても温かい。ここ数日の間に何度も抱きしめられたから、それはよく知っている。だが、そこに潜り込んでしまえば、自分は前しか見ることを許されなくなるだろう。
 もっとも、その場合はキラが一人で歩けるようになるまで、彼らが守ってくれるに決まっているが……
 だが、そうした場合、誰が両親に償えるというのか。
「……どうしたいのかな?」
 よく考えてごらん、とバルトフェルドはキラに告げる。
「……僕は……」
 どうしたらいいのだろう、とキラは思う。
「生きていても……いいのでしょうか……」
 両親の元へ行きたい気持ちもあるのは事実。
 だが、それではいけないかもしれないという気持ちもキラの中に芽生え始めていた。
 そのどちらがいいのか、キラには自分では決められない。
 だから、思わず彼にこう問いかけてしまう。
「君は、どうしたいんだい?」
「……わかりません……だって、僕だけ生き残って……父さんや母さんがいないのに……」
 キラはうつむきながら思いつくまま言葉をつづる。
「でも、父さん達が守ってくれたのもわかっているんです……でも……」
 そんなキラの側に、バルトフェルドがゆっくりと歩み寄ってきた。
「……一人残されたことが、そんなに辛いかな?」
 キラから少し離れたところで足を止めると、彼はこう問いかける。
「……みんな……僕を残して、どこかに行っちゃうから……父さんも、母さんも……アスランや、他のみんなだって……」
 僕だけ、どこにも行けない……とキラは吐き出す。
「なら、しばらくここにいればいい」
 そんなキラにバルトフェルドはこう口にした。
「死ぬことはいつでもできるだろう? だから、答えが見つかるまで、僕たちと一緒にここにいればいい。僕だけじゃなく、アイシャもそれを望んでいるからね」
 彼女は君をかまいたくて仕方がないようだし……とバルトフェルドは微笑む。だが、キラはかすかに首を横に振った。
「ここ、に? だって、僕は……」
「養って貰う理由がない、かな?」
 キラの言葉を途中で遮ってバルトフェルドがこういう。それにキラは素直に頷いて見せた。
「君にはそうかもしれないがな……僕たちには君を養いたい理由があるんだよ」
 今の君を見捨てることはしたくないから……とバルトフェルドは付け加える。
「……でも……」
「いいかな? 確かにコーディネーターは13歳で成人だ。だが、それはあくまでも書類上のことで、その多くがナチュラルの成人と同じ18歳までは普通に親元で暮らしている。それはどうしてだと思う?」
 この問いかけにキラは、わからない、と言うように首を横に振った。
「それは、ね。まだ人の心が成熟していないからだよ。今の君のようにね。そして、それをきちんと正しい形に育ててあげるのが大人の役目だ」
 ここまではわかるかな? と言われて、キラは小さく頷いてみせる。
「ここは……残念なことに戦場だからね。一番安全なのがここだ、と言うのは事実。だが、それ以上に、僕が君にいて欲しいんだよ。ザフトのために戦うという気持ちの他に、守りたいと思うものが必要でね」
 残念なことに、彼女はそれを『是』とはしてくれない、とバルトフェルドは苦笑を浮かべる。
「……アイシャさんですか?」
「そう。恋人だというのにつれないことだよ……と言う話は脇に置いておいて。僕も彼女も君が気に入った。だから守ってやりたい。それじゃダメかな?」
 こう言われて、キラはどうしようかというように考え込む。
「……わかりません……僕に、それだけの価値があるのかどうか……」
「なら、それを自覚できるまででもいいからね。僕の腕の中にいてくれるかな?」
 じっくりと考えて、その上でどうしても死にたい、というのであればもう止めないから、とバルトフェルドは付け加える。その言葉が嘘だ、とはキラにもわかっていた。だが、こう言ってくれたことは嬉しい、と言っていいのだろうか。
 キラは言葉を口にする代わりに、おずおずと彼の腕の中に体を滑り込ませる。
「……温かい……」
 こう呟けば、バルトフェルドがさらにきつく抱きしめてきた。