キラ達のたくらみは見事に成功した。だが――仮面のせいもあるのだろうが――それを気取らせることなく塩入コーヒーを飲みきったクルーゼも見事かもしれないと思う。
「……だからって……全部僕に押しつけることないじゃないか……」
 キラが一緒であれば間違いなくバルトフェルドの暴走にブレーキがかかると判断したのか。それ以来会議にはキラが着いていくことになってしまった。また、キラ自身がバルトフェルドに恥をかかせないようにとがんばるものだから、いつの間にかアイシャがダコスタと同じ地位にあると周囲には認知されてしまったらしい。
「仕方がないな。キラは優秀だから」
 それなりの地位につくのは当然だろうとバルトフェルドが微笑む。
「でも……僕は正式なザフトの一員ではないんですけど……」
 確かに、地上軍の制服を身にまとい、それなりの仕事をこなしているとは言え、正式に言えばキラの身分はアイシャと同様、バルトフェルド隊に協力をしている民間人なのだ。
「その方がいい。君のパイロットとしての実力も優秀なものだが……まだ、人を殺せないだろう?」
 どうしても攻撃をしなければならない状況に追い込まれたとしても、キラは相手を殺さないようにしか撃てない。もっとも、最初の頃の比べればそれでも進歩したと言えるのだろうか。
 それとも……とバルトフェルドは心の中で付け加える。それはあくまでも『自分たち』を守りたいという思いからなのか。ならば、この戦いが終わった後でキラの心にまずい状況が襲いかかるかもしれない。もっとも、そうさせるつもりは全くないが、とも呟く。
「……ごめんなさい……」
 だが、キラはバルトフェルドの言葉を別の意味に受け取ったらしい。小さく肩を落としている。
「こらこら。どうして謝るんだい?」
 慌ててバルトフェルドがキラに声をかけた。
「僕の部下にはたくさんパイロットはいるが、キラの代わりはいないだろう? 第一、君を戦場に出すくらいなら、自分で出撃した方が気が楽だよ、僕は」
 それよりも、皆を守れるようにOSを整えてもらえる方がうれしいよ、とバルトフェルドはキラの顔を覗き込む。
「バクゥはキラのおかげでかなり改善されたが……何故か家の隊にも二本足のMSが配備されてきたし……砂漠であれは辛いと思うんだが、やはり現場にいないとわからないものなのかね。配備された以上、使わせてもらうが……」
 あれのOSを何とかしてもらうのが先決かな? と言われて、キラはようやく肩から力を抜いた。そして小さく頷く。
「バクゥから、あれこれデーターを回して貰っているのですが……やはり砂の上でバランスを取るのが難しいかと……後、ライフルの照準ですね。気象条件がかなり厳しいですから」
 もっとも、データーさえそろえば学習させられるから……とキラは付け加える。
「一度、現場でテストをしなければならないとは思うんですけど……」
 ただ、パイロット達に頼むのは申し訳ない……とキラは口にした。彼らは、普段の勤務だけで精一杯だろうとも。その言葉の裏から、バルトフェルドはキラが自分でそれを行おうと思っているのだと感じ取った。
「そうか。まぁ、その時は僕たちもつき合うから、キラは心配しなくていい」
 万が一の時は自分たちが戦うから、と言う言葉に、キラはほんの少しだけ困ったような表情を作る。
「でも、それじゃ……」
「完全でない機体で戦うよりは、その方が生き残れる可能性が高い、と言うだけだよ、キラ。他意があるわけじゃない」
 みんなで生き残らなければ意味がないのだ、とバルトフェルドが囁けば、キラは納得したというように頷いた。
「いい子だね、キラ」
 言葉と共にバルトフェルドはキラの体を抱きしめる。
「とはいうものの、会議が終わらなければ何もできないか……本当に、引っかき回してくれるよ、あの男は」
 元々が好戦派とも言えるザラ国防委員長の一派だから仕方がないのかもしれないが……とバルトフェルドが呟いたときだ。腕の中でキラの体が微かに震える。
「どうした?」
 その理由がわからずに、問いかけの言葉を口にしながらバルトフェルドはキラの顔を覗き込んだ。
「……いえ……何でもないです」
 とてもそうは思えない表情でキラは言葉を口にする。
「……まだ、信用されていないのかな、僕は……」
 わざとらしく嘆いて見せれば、キラは激しく首を横に振って否定をした。
「そうじゃないです。ただ……また戦争が激しくなるのかなって……」
 コーディネーターやナチュラルの区別なくたくさんの人が死ぬのだろうか、と思ったら怖くなったのだ……とキラは言葉を続ける。
「そんなことにはならないよ」
 好戦派がいればそうでない者もいるのだから、とバルトフェルドはキラに囁く。
「それに、そうさせないために会議を行っているんだからね」
 多少口論になろうと何をしようと、できるだけ早く――なおかつ、最低限の被害で――この戦争を終わらせるための会議だ、とバルトフェルドは言う。
「それに茶々を入れてくれる馬鹿は、約一名いるが……」
 本当、あれさえいなければ……とバルトフェルドが苦々しげに呟く。
「なまじ実力と実績があるから、余計に厄介なのだがね」
 それに負けない程度の実績はバルトフェルドだって上げている。ただ、彼の背後にいる相手がそれよりもあの男の方を認めているだけで……とため息をついてしまった。
「……隊長が、戦争を終わらせるための実績を上げれば……いいんですよね?」
 キラが何かを考え込むように呟く。
「こらこら。今以上に働かせる気かい?」
 もう手一杯だよ、とバルトフェルドは苦笑を浮かべた。
「じゃ、なくて……いつか言っていたあれ、実行に移しちゃ駄目ですか?」
 そうすれば戦争は早く終わるかもしれないし、何よりもバルトフェルドの実績になるのではないか、とキラは問いかけてくる。
「あれ……というと、例のハッキング、かな?」
「はい。使えそうなルートも幾つかみつけてありますし……」
 許可さえもらえれば直ぐにでも実行に移せる、とキラは口にした。
「いつの間に」
 自分に知られないように準備をしていたのだろう、キラは。
 それも、全ては自分が有利になるように、そして、全てを終わらせるために、だ。
「……いろいろと考えていたら、やっぱり、これが一番いいかなって思ったので……」
 無駄になってもいいから、準備だけはしておこうと思ったのだ、とキラは白状をする。彼に相談をしないで行ったのは、ばれたときに責任を自分で取るためだったと。
「本当にお前は……」
 他人のために一生懸命なのはいい。だが、自分のことを二の次にすると言うことだけはやめて欲しい、とバルトフェルドは本気で思ってしまう。
 あるいは……これはキラの心の傷が別の形で現れただけなのだろうか。
 後でアイシャに相談をするしかないか、とかれは心の中で呟く。
「……もし、それが可能だとして……実際に実行に移した場合、どれだけの期間が必要かな?」
 キラ、と言う存在を一時的にでも脳裏から押し出せば、確かにそれ以上優れた作戦は思い浮かばない。だが、腕の中の子供を長期間、一人で放り出すのは心配だ、とバルトフェルドは判断していた。
「そうですね……どの程度まで求められるか、で変わってきますが……短ければ一月。長くても半年はかからないんじゃないかと……」
 おそらくそのためのシミュレーションも行ってきたのだろう。キラは直ぐに言葉を返してくる。
「そうか」
 その程度であれば大丈夫だろうか。
 それとも、自分たちと離れることでキラの精神が不安定になり、最悪の結果になるのか。
 だが、戦争が長引いても同じことだろう。
「わかった……あいつには内緒でこっそりと上申しておこう」
 ザラ国防委員長ではなく他のルートを使って、とバルトフェルドは結論を出す。同時に、自分たちの元を離れるキラに誰をつけてやるか、本気で検討を始めたのだった。