「反対……と言いたいところだけれど、確かにそれが一番いい方法なのでしょうね」
 戦争を終わらせるには……とアイシャが口にする。もっとも、感情までは納得させられないのだろう。その瞳は怒りで輝いていたが。
「ザフトの勝利のため……と言うことの他に、キラを一時的にでも戦場から切り離せるのですもの」
 作戦を遂行するためにキラが選んだ中継地は、オーブ所属のコロニー『ヘリオポリス』だった。ここであれば、間違いなく戦場から離れていられるだろう。
「とは言っても、目が届かなくなることで、あの子が不安定にならなきゃいいんだけど……」
 問題はそこなのだ、とアイシャはため息をつく。
「とりあえず……あの子の護衛もかねて、彼らをつけてやることにしたが……それでも不安だというなら、君も行くかい?」
 僕としては寂しくなるが……とバルトフェルドは彼女をからかうような口調を作ってこういった。
「それはそれで心配だわ。あなたのことだもの。私まで一緒に行ったら、ダコスタ君の心労が増すだけでしょ?」
 彼じゃ誰かさんを抑えきれないもの……とアイシャは笑う。
「……アイシャ……君ね」
「あら、本当のことでしょ? キラもそれだけが心配みたいなのよね」
 本当に行っていいのか、って相談を持ちかけてきたわ……とアイシャが苦笑混じりに告げてきた。
「君たちには、僕に対する信頼感というのはないのか……」
 アイシャはともかく、キラにまで……というのがよほどショックだったのか。バルトフェルドは思い切り頭を抱えている。
「戦闘に関することに関しては、最大級の信頼を与えているわよ。でもね、日常生活に関する事というと……信用できると思う?」
 いやになれば逃げ出すし、趣味に没頭したら他のことは放り出すし……とアイシャが指を折りながら指摘を始めた。
「……藪蛇だったか……」
 ため息と共にバルトフェルドはさらにぼやく。
「と言う話は置いておいて……キラといつでも連絡が取れるようにだけはして欲しいわ」
 側にいれば、自分が日常的に彼の精神状態を確認することができる。だが、離れてしまえばそれができないのだ。
「せめて、週に一度は顔を見て会話を交わしたいもの」
 いつ、キラの傷が口を開けるかわからないのだ、とアイシャは付け加える。だから、何かあったら直ぐに対処できるように、と。
「確かに、ヘリオポリスは中立だし、戦争に関わる可能性は低いと思うけど……何が起爆剤になるかわからないもの」
 本当なら、いつでも駆けつけられるようにしておきたいのだが、と彼女は付け加える。
「わかっているよ、アイシャ。その点については僕だって気にかかっている。一緒に行かせるメンバーの中に、一応、そちらの資格を持った者も加えさせた。残念だが、ジブラルタルの人間だが、モラシムが推薦してきた相手だ。信用できるとは思う」
 あいつもキラを気に入っているから……とバルトフェルドは何とか微笑みを浮かべながらこう言った。
「そうね。その人と事前に打ち合わせをさせてくれる? そうすれば、さらに信用できると思うんだけど」
「もちろんだよ」
 あちらからも同様の依頼が来ている、とバルトフェルドは微笑む。時間ができ次第、こちらに来るそうだと。
「どうやら、あの子に関して過保護なのは僕たちだけじゃなさそうだよ」
 あのイタズラが功を奏したのか、とその表情のまま付け加える。
「あら、それは良かったわ。なら、どこでも便宜を図ってもらえるって事でしょ」
 今回のことによって『キラ・ヤマト』の名は間違いなくザフトの上層部には知られることになったはずだ。そんなキラのことを気にかけてくれる者たちが――例え前線にいるものとは言え――増えていく、と言うことは彼にとって、間違いなくプラス材料だろう。
 そして、万が一の時の支えになってくれるはず。
 もちろん、自分もアイシャも死ぬつもりなどさらさら無いが……とバルトフェルドは心の中で付け加えた。
 ただ、前線で指揮を執っている以上、いつ何時、怪我――考えたくないが致命傷――をするか、わからないというのもまた事実。その時には間違いなくあの子供の心は再び傷口を開けるだろう。
「……ともかく、少しでも早く戦争を終わらせてやらないとな」
 それはバルトフェルドだけではなくアイシャも思っていることだ。
「そのために、一時とはいえ、あの子を手放さなければならないのは苦痛だがね」
「本当ね」
 しかも、場所が宇宙では……とアイシャはため息をつく。
「大丈夫だよ。あの男の配下にはいるわけじゃなし」
 一民間人としての生活を送るのだし、とバルトフェルドはアイシャに告げた。
「早く、僕と君とあのことでそう言う生活を送りたい、というのは本音だがね」
 そうすれば、あの子の心の傷は完全に癒えるだろう。その時彼が浮かべるであろう笑顔はきっとすばらしいものだろうし、とバルトフェルドは夢想していた。
「そうね。それはすてきでしょうね」
 アイシャにしても同じ思いを抱いているのだから、彼のそれを笑えるわけはない。
「そのために……一時の辛抱よね」
 ともかく、いつでも連絡が取れれば何とでもフォローのしようがあるし……とアイシャが再び同じセリフを口にしたときだった。
 控えめなノックの音が二人の耳に届く。
「開いているよ」
 彼の部下の中でそんなノックをする者は一人しかいない。そして、それは彼らが溺愛してもしたりないと思っている人物だ。柔らかな声と共に許可を与えれば、そうっとドアが開かれた。
「……あの……」
 こう言いながら顔を出したのは、予想通りの相手だ。
「今、お時間、ありますか?」
 言葉を口にしながら、キラは室内に体を滑り込ませてくる。
「もちろんだ。もっとも、キラの話なら時間がなくても聞くよ、僕は」
 気持ちを落ち着かせるためにもいいからね……とバルトフェルドは笑う。そんな彼の言葉に、キラはいいのかというように小首をかしげて見せた。
「かまわないわよ、キラ。そろそろ書類整理に飽きてきたようだもの、アンディは」
 だから、ちょっと気分転換に付き合って上げて、とアイシャも微笑む。その彼女の様子を見て、キラはようやく納得したらしい。そのままバルトフェルドのデスクの前まで足を進めた。
「えっと……あちらの方々とも話し合ったのですが……カレッジに通ってもいいでしょうか? 留学生、と言うのが一番受け入れて貰いやすそうなので……」
 一応、許可だけ貰っておこうかと……とキラは付け加える。
「もちろんだよ。誰が駄目だ、何て言うと思っていたのかな?」
 作戦に必要なら文句を言うわけないだろう、とバルトフェルドは笑う。
「ですが……そのために、一時的とは言え、他の人を『両親』にするわけですし……」
 それは、やっぱり……と言うキラの声が次第に小さくなっていく。だが、バルトフェルドだけではなくアイシャにも、彼が何を言いたいかわかったらしい。そんなキラの声とは逆に彼らの笑みは深まっていった。
「かまわないよ。君が僕たちと亡くなられたご両親を同列に扱ってくれていると自分たちが知っていればいいことだ」
 そして、その気持ちが嬉しい、とバルトフェルドが告げる。
「だから、無事に戻っておいで」
 この言葉に、キラはしっかりと首を縦に振ってみせる。
 そのままバルトフェルドが手を差し出せば、彼はその中に飛び込んだ。

 キラが彼をフォローする者たちと共にヘリオポリスへと向かったのはそれから半月後。
 だが、彼らの作戦は完遂することはできなかった。
 その代わり、彼らは別の力を手に入れることになったのだが……それはまた別の話であろう。