隊長クラスの者たちは皆、基地の司令官へと挨拶へ行くことになっているらしい。あの相手と会いたくないのか、バルトフェルドはあちらがまだ動いていないのを確認して部屋を出て行った。しかし、キラとダコスタは行く必要がない。 「そうだね……談話室にでも行って何か飲んでいなさい」 義理を果たしたら、直ぐに行くから……とバルトフェルドはキラに声をかけた。そのまま視線をダコスタへと移す。 「と言うことだから、頼むぞ」 何をと言われなくても、ダコスタには十分伝わったらしい。 「わかっています。私にしても、アイシャさまに殺されるのだけはごめんですからね」 これは冗談なのだろうか、それとも本音なのだろうか。キラはダコスタの言葉を耳にして本気で悩んでしまう。 「……あの……僕は一人でも……」 大丈夫だから、とキラは二人の会話に口を挟む。そこまで過保護にされなくても大丈夫だろうと。 「駄目だ。キラは可愛いんだから」 「変わった趣味を持っている連中もいるから、大人しくしていてくれないか?」 だが、そんなキラの言葉を彼らはそろって否定する。 「……変わった趣味?」 可愛いというセリフはアイシャのせいで聞き慣れていると言っていい。自分では自覚はないが、小さい頃から周囲にも言われていたから、そうなのか、とも思う。だが、ダコスタの言葉に関しては意味がわからない、とキラは小首をかしげた。 「ようするに、だ……キラは可愛いから、どこかに閉じこめられるとかするかもしれない、と言うことだ」 周囲を自分の好みの顔で固めたいとか言っている奴もいることだし……とバルトフェルドが言葉を濁す。 「そう言われても……僕なんか……」 ただの第一世代だし……とキラは口にする。 「まぁ……そう言うことにしておいて……ともかく、ここは広いし、人が多い。途中で具合を悪くされても、直ぐにはフォローできないかもしれないからね。ダコスタ君に側にいて貰った方が僕も安心だ、と言うだけだよ」 この言葉には、さすがに先例があるだけに、キラには何も言い返すことができない。 「でも、ダコスタ君は……」 「何。ここは一人でも大丈夫だしね。それに、司令官の顔を拝んでくれば、直ぐに合流できるだろう。先に行っておいで」 ね、とバルトフェルドがキラの髪を撫でてくる。その感触に、キラは気持ちよさそうに目を細めた。 「……わかりました……」 そして、こう口にする。 「いい子だね、キラは。何か言われるかもしれないが、全部無視していい。僕の命令だ、と言えば、誰も文句は言わないだろうしね」 それ以前に、ダコスタがいてそんなことをする者はいないだろうが、と付け加えると、バルトフェルドはキラから手を放す。 「では、後で」 ダコスタに「頼んだぞ」と声をかけるとそのままバルトフェルドは先に部屋から出て行く。その後ろ姿が見えなくなったところでダコスタがキラの肩に手を置いた。 「と言うことだから、行こうか。ここの食堂はちょっと圧巻だよ」 味の方は、自分たちの方が上かもしれないけど……と言うダコスタにキラは頷く。そして、彼について移動を開始した。 確かに、この基地の規模は普段いるバルトフェルド隊のそれとは比べものにならない。もっとも、それも当然なのだろう。その仕事内容がまったく違うのだ。 「……迷子になりそう……」 しかも、軍事基地の恒例として、かなり複雑な建物の配置になっている。その事実に、キラは思わずこう呟いてしまった。 「かもしれないね。まぁ、一人で出歩くことはないはずだから心配しなくていいよ」 とりあえず、部屋と食堂の位置を覚えておけば何とかなる、とダコスタが声をかけてくる。 「努力します……」 少なくとも、ダコスタや会議中のバルトフェルドに迷惑をかけるのだけは避けたいと、キラは本気で思う。そして、必死に今歩いている道を脳裏に刻み込んでいた。 いくつかの角を曲がって、エレベーターで階を移動する。 そうしてようやく食堂――あるいは談話室というのだろうか――へと辿り着いた。予想以上に人が多いのは、おそらく会議のために集まっている者たちが他の隊の者たちと話をしているからかもしれない。 「さて……何を飲む? いつものでいいのかな?」 コーヒーじゃない方がいいだろうというダコスタに、キラは反射的に頷いてしまった。それに気づいた瞬間、この場にバルトフェルドがいなくて本当によかったと思う。 「何、隊長は気にしないよ。隊長のコーヒーに飲み慣れると、他の場所で飲むのは味気なく感じてしまう、と言えばいいのだから」 このくらいの処世術は身につけておいた方がいいよ……と笑うものの、直ぐにダコスタは表情を変える。 「と私が言っていたことはアイシャ様達には内緒にしておいてくれよ。あの人達だと、君にはそんなこと必要ないと言いそうだから」 この言葉に、キラはどう返せばいいのか、と考え始めたときだった。 「……久しぶりだな……と言っても、直接顔を合わせない方がお互い幸せかもしれないが」 ダコスタにこう声をかけてきた者がいる。 「確かにな……お前だけならいいんだが、お前の隊の隊長がな」 あのあと、胃薬を手放せなくなったぞ、と彼の顔を確認した瞬間、ダコスタも言い返す。その口調から判断して、ダコスタ――それもかなり親しい――の知り合いなのだろう。 「……ダコスタ君?」 誰、とキラは言外に問いかけた。同時に、席を外した方がいいのか、とも。 「お前の恋人か?」 相手もキラの姿を見て、こう言い返してくる。 「ミゲル……冗談でも、うちの隊長の前でそんなセリフを口にするなよ。殺されるぞ」 この子を可愛がっているからな、とダコスタが言い返す。 「この子は、うちの隊所属の技術者で……隊長の養い子だよ。万が一の時のストッパーに着いてきて貰っただけだ」 今回はお前のところの隊長が降りてきているからな……とダコスタは付け加える。 「……すまん……あの人だけは俺にも止められん」 「お互い様だろう?」 はははははは、と二人は乾いた笑いを漏らす。と言うことは、先ほど降りてきたシャトルに乗っていたのだろうか、彼は。 「……まさか、向こうで鉢合わせしていないよね?」 キラは思わずこう口にしてしまう。それならまずくないか、と。 「いや、大丈夫だ。うちの隊長はあそこにいるから」 そう言いながら彼――ミゲルが指さした方向に視線を向けて、キラは思わず目を丸くしてしまう。 「……仮面?」 それとも、あれが素顔、とあるわけのないことまで口にしてしまったのは、それだけ驚いたからだろうか。 「顔に傷があるんだそうだ。まぁ、見慣れれば気にならなくなるんだろうが……お前さん達は近寄らない方はバルトフェルド隊長のためにいいんだろうな」 本当、うちの隊長は……とミゲルがため息をつく。 「お互い、所属は選べないからな」 隊長クラスになれば話は別だろうが、とダコスタも言葉を返す。 「ともかく、いつまでもここを占領しているわけにはいかないか。時間があるなら、情報交換しておくか? 万が一のために」 「だな」 こう言いながら、人当たりの良さそうな笑顔を向けてくるミゲルに、キラはいい人なのだろうか、と思う。ダコスタが警戒をしていないから、側にいてもいいのだろうが、とも。 「と言うわけで、オレンジジュースでいいね、キラ?」 しかし、初対面の相手の前でこんなセリフを言わないで欲しいと、キラは心の中でぼやいてしまった。 |