「キラ……頼む。一緒に行ってくれ」
 ダコスタが拝み倒そうとするかのようにこう言ってきた。
「……でも……僕は……」
 正式なザフトの一員ではないし、そもそも、そんなところに行ける身分ではないはず……といいながら、キラはアイシャに視線を移す。以前、同じようなセリフを彼女に言われたことを思いだしたのだ。
「かまわないわよ。それでアンディが落ち着いて、ダコスタ君の心労が減るのなら」
 むしろ、大歓迎されると思うわ、とアイシャは笑う。
「もっとも、あまり変な人をキラに近づけられては困るんだけどね」
 それに関しては、ダコスタ君が気をつけてくれるでしょう? と彼女はしっかりと釘を刺すことを忘れない。
「もちろん、それに関しては私も責任を持たせて頂きます。ただ……各隊の隊長クラスにキラの顔を覚えて貰えば……これからのことにプラスに働くのではないかと……」
 キラが手をつけている仕事を考えれば……と言う言葉に、アイシャも頷く。
「本当……大きな仕事を任されているのね」
 まさか、ここまでキラがザフトにとって必要な存在になるとは思わなかった……というのが彼女の本音であろう。
「それはそれで……ちょっと寂しいんだけどね」
 自分の手元から離れていくようで……と言う言葉に、キラは困ったような微笑みを浮かべてしまった。
「僕は……ずっとアイシャは隊長といちゃ駄目なんですか?」
 そして、こう問いかける。
「駄目だなんて、あるわけないでしょ!」
 その次の瞬間、キラの体はアイシャの腕の中にあった。
「キラがいてくれるって言わなくても、私もアンディもあなたを手放す気持ちはないのよ?」
 そのままアイシャがキラの頬に自分のそれをすり寄せながらこう口にする。
「でも、どうしてそんなことを言い出したの?」
 ぎゅっとキラを抱きしめたままアイシャはキラに問いかけてきた。
「だって……仕事を任されるようになったから寂しいって……だから、ここじゃないところに行かなきゃないのかなって」
 思ったのだ……とキラは呟くように言葉を返す。
「あぁ、そう言う意味に取っちゃったの? 全然別なのよ。あなたのことを知っているのが私達だけじゃないって事が寂しい……と言うより悔しいって思えるって事なの」
 キラを追い出すって事じゃないわ、とアイシャが口にした。
「そうだよ。君にいなくなられると、はっきり言って非常に困る。出ていきたいと言われたら、実力行使をしてでも止めさせて貰うよ」
 脇からダコスタまでこう言ってくる。
「もっとも……任務となれば話は別なのだろうが……それでも、終わったら戻ってくるのはここだろうし」
 それは、君が隊長達から離れていくというのとは違うだろう、とも。
「……じゃ、僕、ここにいていいんですね?」
 キラがおそるおそる言葉を口にした。
「もちろんよ!」
 まさか、自分のセリフでここまでキラが追い込められるとは思わなかった、とアイシャが呟く。そして、これもまたキラの心に残された傷のせいなのだろうか、と。
「だから、そんなに心配しないの」
 ね、と言われて、キラは素直に首を縦に振ってみせる。同時に、ほっとしたような表情を作った。そんなキラの様子を確認して、アイシャとダコスタは視線で頷きあう。
「と言うわけで、キラ。話は元に戻すけど、アンディとダコスタくんと一緒にお出かけしてきてね。いつもの会議なんだけど、今回は厄介の種が来るのよ」
 この前の様子を見ていたでしょう? と言う言葉に、キラは
「……ダコスタ君が死にかけていたあれ?」
 と聞き返す。
「前回は通信だけだったんだけどね……今回は実物が来るから……私だけでは抑えきれるかどうか」
 キラがいれば無茶はしないと思うんだが、とダコスタは苦笑を浮かべる。
「でも、僕でも同じなんじゃないかと」
 彼でも無理なことを自分ができるわけがない、とキラは言外に付け加えた。その表情からは先ほどの衝撃は薄れてきているらしい。
「いいえ。キラがいれば絶対大丈夫よ」
 その事実にようやくほっとしながら、アイシャは力一杯言い切る。
「アンディは、キラのまでは信頼される大人のイメージを崩さないんだから」
 アイシャの言葉に、キラは不思議そうな表情を作った。
「隊長は……いつでもそうでしょう?」
 そして、こう口にする。
「と言うことは……アンディの努力は報われている、と言う事ね」
「まぁ、いいことなのでしょうが……キラが側にいる限りは」
 二人とも苦笑と共に頷きあう。その言葉に、キラはますます不思議そうに首をひねっている。
「と言うことだから、旅行の準備をしてきてね。と言っても、簡単なのでいいわよ。多分、基地から出ることはないと思うから」
 広いから驚かないようにしてね、と言うアイシャにキラは素直に頷く。
「それに関しては、私も手伝ってあげよう」
 無理を言うのだからね……と笑うダコスタにキラは「お願いします」と頭を下げるのだった。

 初めて降り立ったザフト地球軍の本部とも言えるカーペンタリア基地の大きさに、キラは目を丸くする。しかも、ここをザフトに提供したのは太平洋連合だという。
「……みんな、コーディネーターを認めてくれればいいのに」
 オーブや太平洋連合のように。
 平等を貫くか、それとも相手を支配者として受け入れるかの違いはあるが、そのどちらも共存を目指しているのは事実なのだろうから、とキラは心の中で付け加えた。
「キラ。ほら、ぼうっとしているんじゃない」
 くすくすと笑いながら、バルトフェルドが彼の肩に手を置く。
「まぁ、驚いても無理はないのかな? うちの隊に比べると人も規模も段違いだからねぇ」
「隊長」
 バルトフェルドをを見上げると、キラは苦笑を見せた。
「まずは、落ち着こうか。ついでに、親しい隊長達に会わせて上げよう……と言うよりも、彼らの方が手ぐすね引いて待っているようだしね」
 そう言いながら、バルトフェルドが視線を向ける。何を見つけたのだろうと思いながらキラが視線を向ければ、確かに数人の人影が見えた。
「まぁ、彼らなら紹介しても大丈夫かな?」
 君に無体なマネはしないだろう……と呟きながら、バルトフェルドはキラの肩を抱いたまま歩き出す。その後ろを当然と言った表情でダコスタも着いてきた。
 それを確認したのだろう。彼らもまた三人の方へと歩み寄ってくる。
「久しぶりだな」
 こう言いながら声をかけてきたのは、顔をひげで覆った人物だった。
「おや? つい昨日も通信で話をしたはずだが」
 気のせいだったかね、とバルトフェルドが言い返すと、彼は笑い声を立てる。
「そう言われてみればそうだったな」
 そう言いながら、彼はさりげない仕草でキラに視線を移してきた。一見すると優しげだが、瞳の奧にキラを観察するような色が見える。それにキラは反射的にバルトフェルドにすり寄ってしまった。
「モラシム。うちの子を脅かさないでくれないか? この子は繊細なんだよ」
 人見知りをする性質でね、と口にしながら、バルトフェルドもキラを引き寄せる。
「あぁ、すまない。まさかこんなに線の細い子だとは思わなくてね」
 苦笑と共にキラに向けられた視線が柔らかくなった。それを感じて、キラはほっとしたようにため息をつく。
「可愛いだろう?」
「……本当、どうしてお前の所にはアイシャと言い、この子といい、優秀で美人ばかり集まるんだか」
「それこそ、僕の人徳に決まっているじゃないか」
 きっぱりと言い切るバルトフェルドに、周囲から笑い声が漏れる。
「そう言うことにしておいてやるよ。あぁ、後でかまわないから、その子をちょっと貸してくれないか? 頼みたいことがあるんだが」
 新型が届いたのはいいが、どうも不具合が出てね……とモラシムが口にした。
「……他の面々も、それが目的か?」
 バルトフェルドがまるで威嚇をするように問いかける。
「いや。単なる好奇心だ」
「そうだな。誰かさんがようやく掌中の玉を拝ませてくれる気になったらしいと言うのでね」
 本当に可愛いよな、と言うセリフに、キラは羞恥を覚えた。できることなら早々にこの場から逃げ出したいとも思ってしまう。
「なら十分だろう? 一息つかせてくれないか? モラシムの件については、後で僕が話を聞いてからどうするか判断させて貰おう」
 かまわないな、と言うバルトフェルドにモラシムも鷹揚に頷いて見せた。
「と言うことで、移動してもかまわないかな?」
 さすがに立ち話をいつまでも続けているわけにはいかないだろう……と言うバルトフェルドに、その場にいた全員が頷く。それを確認して彼らが移動を開始しようとしたときだった。
 宇宙から降りてきたと思われるシャトルが彼らの視界に入ってくる。
「……来なくてもいいもの……」
 ぼそっとバルトフェルドが呟く。その中に剣呑な色をキラは感じ取った。
「あの……」
 戦場以外では始めて聞くそれに、キラは思わず声を上げる。
「あぁ、すまない。長距離の移動で疲れたのだろう? 早く中に入ろう。ついでに、案内もして上げるよ」
 キラが気に入るようなものがたくさんあるからね、ここは……とバルトフェルドは柔らかな表情を浮かべた。
 その豹変ぶりに、キラは改めてアイシャ達が心配していたのはこれなのか、と認識をする。
「お願いします」
 とりあえず自分が側にいるうちはいつもの彼だろうか、と思いながら、キラは背後を振り返った。そうすればダコスタと視線が合う。彼が頷き返してきたのを確認して、どうやらこうなることを彼らは望んでいたらしいとわかる。
「バルトフェルドさんにこんな態度を取らせる人って……どんな人なんだろう……」
 キラは思わずこう呟いてしまう。
「……さて、部屋はいつものところでいいのかな?」
 それはしっかりとバルトフェルドの耳に届いていたのではないか。だが、彼は綺麗に無視をすると周囲にこう問いかけている。つまり、それはキラにも相手に対する興味を持って貰いたくないのだと言うことなのだろう。
 彼がここまで毛嫌いするとは、それはそれですごいことなのではないだろうか。
 そう思いながら、キラはバルトフェルドにうながされるままに歩き始める。必要なことがあれば、後でダコスタに確認すればいい、と思っていたこともまた事実だ。下手に名前を出してバルトフェルドの機嫌を損ねては困るだろうと言えば教えてくれるに決まっている。
 それにしても、ついたばかりでこれでは前途多難なのではないだろうか……とキラはこっそりとため息をついた。