ずいぶん、活気がある……とキラは思う。 目の前を歩いていく人の多くがナチュラルだ。だが、彼ら――特に子供達――の表情には差別されているという感覚はないようだ。その事実に、キラはほっとしてしまった。 「疲れたようだね」 そんなキラの様子をどう判断したのか。バルトフェルドがこう声をかけてくる。 「いえ……ずいぶんと子供達の表情が明るいなって思っただけです」 大人なら自分の態度を誤魔化すこともできるだろう。だが、子供がそんなことをする可能性は低いから、とキラは付け加えた。黙っていても彼を誤魔化すことができないのだから、正直に口にした方がいいと、これまでに暮らしで身に付いているからかもしれない。 「なるほどね。本当、キラはおもしろいところに目をつけてくれる」 子供達の表情か、とバルトフェルドは大きく頷いた。 「これからは注意しておこう」 そうすれば、自分達が行っていることが彼らに受け入れられているかどうか、わかるだろうからね……と付け加える。 「でも……僕がそう思っているだけですから……」 実際は違うかもしれない、とキラは口にした。 「何。子供は正直だからね。その可能性は大いにあるよ」 それに判断材料は多い方がいい……と言いながらバルトフェルドはキラの肩に手を置く。 「さて、買い物を済ませてしまおうか。それから一緒にご飯を食べよう」 この地方独特の料理を食べたことがなかったものね、といいながら微笑みかければキラが頷いてみせる。 「何から買うのですか?」 「軽いものからかな」 そうすれば重い思いをするのは最後だけですむからね……とバルトフェルドはさらに笑みを深めた。 「そうですね」 と言うことは、紅茶からですか……とキラはリストを思い出しながら口にする。 「まったく……コーヒーなら僕がいくらでも淹れてあげるのにね」 どうして紅茶を欲しがるんだか……とバルトフェルドはわざとらしく嘆いて見せた。 「コーヒーもおいしいですけど……たまには別のものが飲みたくなるからではないですか?」 そうすればまた新しい気持ちでコーヒーのおいしさを味わえますし、とキラはバルトフェルドに微笑みかける。 「なるほどねぇ……」 本当、キラの考え方は自分にいろいろと新しい視点を教えてくれるよ、とバルトフェルドは感心したように口にした。それは、自分にとって有意義だとも。 「物事をいろいろな視点で見る事は、何事でも大切だからね」 だが、今の自分たちはある一点からしか見ることができないのだ。 それは、ザフトの軍人として仕方がないのかもしれない。 そして、宇宙で戦闘を行っているものならそれでもかまわないだろう。 だが、地上ではそう言うわけにはいかない。何故なら、自分たちが土地を支配すると言うことはナチュラルを身近に置くと言うことと同意語なのだ。ザフトの視点だけで物事を見ていけばナチュラルに反発を買うのは目に見えている。しかし、別の視点とはどのようなものかわからないと言うことも事実だ、としか言いようがない。 オーブという国で育ったキラの視点は、そんな自分達とは違う。そんなキラの視点を受け入れるかどうかは自分が決めればいいのだし……とバルトフェルドは心の中で呟く。 「少しでもお役に立っているならいいのですけど……」 キラはそう言いながら小首をかしげてみせる。 「十分役に立ってくれているよ」 だから、遠慮せずに教えてくれればいい……とキラの肩を引き寄せた。甘えるように自分の肩に頭をすり寄せてくるキラに、バルトフェルドは満足そうな表情を作る。 「さて……紅茶だけど……どれがおいしいかな?」 「……アイシャはダージリンが好きなようですけど……僕としてはアッサムも捨てがたいんですが」 「なら、両方買っていこう」 そうすれば、交代で飲めるだろうしね、と言うバルトフェルドにキラは嬉しそうに頷いて見せた。 紅茶を皮切りに、あれこれと買い物をしていく。 そのジャンルは多岐に及んでいたが、手に入らないものはほとんどなかったと言っていい。つまり、この地は交易面でも十分潤っていると言うことだ。 その事実がキラを安心させているらしいとバルトフェルドが気を抜いた、まさにその時だ。 「……ここ……」 近道をしようとして入った裏道。 その角を一つ曲がった瞬間、目の前に現れた爆撃の後に、キラの足が止まる。 大きく見開かれた瞳が、彼を恐怖が支配し始めていることを教えていた。 そんなキラの様子に、バルトフェルドは『しまった』と言う表情を作る。どうして、自分はここの存在を忘れていたのか、と。 「ブルーコスモスの拠点の一つだったんだよ……だからね」 市街地での戦闘は不本意だったのだが……とバルトフェルドは口にする。 「……じゃ、仕方がないですね……」 口ではこう言いながらも、キラの体は小さく震えていた。 「あぁ。見ていて気持ちがいいものじゃないからね。早く移動しよう」 ともかく、キラを少しでも早く、ここから離すことが先決か。そう判断をして、バルトフェルドは半ば彼の体を引きずるようにして歩き出す。 「やっぱり……ここは戦場なんですね……」 表通りに出た瞬間、キラが小さな声で呟く。 「残念だがね」 だが、事実だ……とバルトフェルドは言葉を返す。同時に、キラの反応をさりげなく観察していた。少しでもおかしいと感じたら、即座に戻ろうと思ってのことだ。 「早く……全部終わればいいのに……」 だが、キラはこういっただけでそれ以上の反応を見せない。それをどう判断すべきか、とバルトフェルドは悩む。 「終わらせてみせるさ」 そのために皆ががんばっているのだから……とだけ言葉を口にする。 「ともかく、食事をして気分を変えよう。そんな表情で帰ると、アイシャが心配してうるさいぞ」 明るい声を作ると、バルトフェルドはキラの背を叩く。 「そう、ですね」 それだけならまだしも、バルトフェルドが怒られるのは困るのではないか。苦笑を浮かべるとキラはこう言ってくる。 「僕のことはどうでもいいんだが」 と言えないのが悲しいんだけどね、とバルトフェルドも苦笑を返す。 アイシャを本気で怒らせるとしばらく機嫌を取るのが大変なのだ。それはキラも知っている。 「……まぁ、それだけキラのことが大切だと言うことだ」 自分も負けていないつもりだけどね……と言うバルトフェルドに、キラはしっかりと頷く。 「それはわかっています。さっきのは……ただ、突然だったので驚いただけです」 事前にわかっていれば、あそこまでならなかった、とキラが口にする。 「無理はしなくていいんだよ」 そんなキラに、バルトフェルドが優しくこう声をかけた。 |