キラの操縦を実際に見て、バルトフェルドは心の中で舌を巻いていた。確かにこれならかなりのレベルだろうと。しかし、それを本人に伝えるかどうかと言うとアイシャと同じように悩む。
 彼のことだ。それを知れば、戦場までついてくると言うかもしれない。
 一見、戦争に関わっているという事実に何とか折り合いをつけているように見えるキラだが、見えないところでストレスをためている可能性は否定できない。それがいつ爆発するか、と考えれば、あまり無理をさせたくないと言うのが本音だ。
「……あの……どこか不満が?」
 黙ったまま自分をにらんでいるバルトフェルドに不安を覚えたのだろう。キラが問いかけの言葉を口にした。
「いや……ずいぶんとがんばってくれたなぁと感心しているんだよ」
 実際、ここまでの完成度だとは思わなかった、とバルトフェルドは思う。確かに、ジンやバクゥのOSと言うたたき台がキラの手元にあったのは事実だ。だが、ラゴゥはバクゥの発展系とはいえ、その機能はかなり違う。
 一番の違いは、パイロットの他にナビゲーターが同乗すると言うことだろうか。キラが作ったOSはそのどちらかに比重が偏るものではない。二人のコンビネーションが確実であれば、この地では無敵だと言えるだろう。
「これなら、今まで以上に戦える。それに、威圧感もあるしな」
 視覚的な効果も期待できるか、とバルトフェルドは満足げな口調を作って言葉を口にした。
「それは……設計をした方に言った方がいいですよ」
 ようやくほっとしたような表情を作ると、キラは言葉を返してくる。
「そうか。そうしておこう」
 自分のことだけではなく他のものにまで気を遣う少年に、バルトフェルドは小さく頷く。彼らにとっては当然のことだ、と言う考えがあったのは事実だが、確かに礼を言っておけばお互い気持ちいいだろうとも思う。ならば、最初に目の前の子供に声をかけようかとバルトフェルドは口を開く。
「本当にご苦労だったね。これなら直ぐにでも実戦に使えるよ」
 ご苦労様、と言いながらバルトフェルドはキラの頭を撫でた。完全に日常になっているその仕草に、キラも嬉しそうに目を細めている。
「後は……アイシャの暇を見つけて、だな」
 彼女の癖は彼女でなければわからないだろうし、とバルトフェルドが口にした。
「……ダコスタ君が復活したから、大丈夫なのではないですか?」
 アイシャの分の仕事が減るのでは、とキラは問いかける。
「だねぇ……彼にしても仕事をしている方がいいかもしれないしね」
 気分転換になるだろうし、とバルトフェルドが獰猛な笑みを浮かべた。
「本当、あれのせいで彼がやめたら、きちんと責任を取って貰わないといけないだろうね。いくら評議会のお偉方がバックについているとは言え、こちらのことまで口を出されてはたまらないし」
 第一、そんなに言うなら自分でやればいいんだ、とバルトフェルドは吐き出す。
「……あの……」
 ダコスタは大丈夫なのか、とか、一体どんな会話を、とか、キラには聞きたいことがたくさんあるらしい。だがそれを問いかけていい物か、と言う思いもあるようだ。口を開きかけてやめる。
「あぁ、キラは気にしなくていいよ。しかし、またその内あるかと思うと本気で頭が痛いな」
 現状では仕方がないのだろうが、とバルトフェルドはため息をつく。
「地上はもちろん、宇宙でも膠着状態だからね。何とか打開策を探りたい、というのは事実なんだが……」
 なかなかいい案が見つからなくてね、全員がいらいらしているのだ、とバルトフェルドはキラに告げる。
「地球軍の出方がわかれば、もう少し違うのだけどね」
 あるいはブルーコスモスの……とバルトフェルドが何気なく付け加えたときだ。キラが何かを考え込むように小首をかしげる。
「キラ?」
 どうしたんだ、とバルトフェルドが声をかけた。
「ブルーコスモスは指揮系統がわからないので、はっきりとは言えませんが……地球軍だけなら情報を入手できるんじゃないかと思うんですが……」
 一斉に送信する情報をここにも来るようにすればいいのだから……とキラは呟く。その表情から判断をして、彼はそのためのプログラムを早速考えているらしい。
「キラ。まだそれをしていいって言っていないだろう?」
 有効かどうか検討してからだよ、と言いながらバルトフェルドは彼の瞳を覗き込む。ついでというように頬に触れたのは、キラの意識を現実に戻すためだ。
「……ごめんなさい。つい……」
 おもしろそうだし、やりがいもありそうだから……とキラは慌てて言葉を口にする。
「わかっているよ。僕たちが少しでも楽になるように、と考えてくれたんだろう?」
 その気持ちは嬉しいよ、とバルトフェルドははっきりと口に出した。こう言わなければ、キラは自分が余計なことを言ったのでは、と気に病むに決まっているのだ。
「ただ、そう言う情報は僕達が独り占めするわけにはいかないからね」
 他の隊でも必要だろう、とバルトフェルドは小さな子供に教えるように口に出す。
「……あっ……」
 その瞬間、キラが何かに気がついたというように声を上げた。
「ごめんなさい……他の隊のことまでは考えていませんでした……みんなの友達もいるかもしれないんですよね」
 だとしたら、その人達が死ねば悲しむかもしれない、とキラはまぶたを伏せる。
「本当、優しい子だね、キラは」
 本当は違うのだが、とバルトフェルドは心の中で呟いた。自分たちだけなら、地上勤務の他の隊に、そして地上勤務の者だけでその情報を回していれば、今度は宇宙にいる者たちの中に不平が広がっていくだろう。その結果、ザフトの中に亀裂が生じてしまうかもしれない。
 そこを地球軍につかれては、ただでさえ数が少ない自分たちは負ける可能性だってあるのだ。
 だが、キラにそこまで要求することは難しいこともわかっている。
 彼にとって『戦争』とは、あくまでも自分がいるこの場で行われているものだけなのだ。それが大局的に見れば『小競り合い』としか言えないことも、全てを知らない彼が理解できているはずがない。そして、それをよしとしていたのは自分たちなのだ。それで責めを受けるべきは間違いなく自分であろうとバルトフェルドは思う。
「そう言うことだからね。他の隊長達とも――できれば本国とも――相談をしてから考えよう」
 そうすれば、本国からのサポートも期待できるだろう、とバルトフェルドは明るい口調でキラに話しかける。
「……わかりました……考えるだけにしておきます」
 それでも、捨てきれないのだろう。キラはこう言い返してきた。見かけや普段の言動とは裏腹に実は頑固な性格の彼に、バルトフェルドは苦笑を返す。
「そうしなさい。そうすれば、いざ実行と言うときに時間を節約できるだろうからね」
 当分、大きな仕事はないはずだし……と言いながら、キラの髪に再び触れる。
「もっとも、細々とした仕事は多いだろうが」
 あれこれ他の隊から希望も来ていることだし……とバルトフェルドはため息をつく。
「本当、皆、無理難題を持ち込んでくれるよ」
 そしてこう言いながら、キラに場所を変わるように身振りで示す。帰りは自分が操縦をしてみたいからと。
「はい」
 キラは素直にシートから立ち上がった。そして、バルトフェルドにが移動しやすいようにシートの後ろ側へと身軽に体を移す。
「あぁ、すまないね」
 バルトフェルドがシートに腰を下ろしたのを確認して、キラはナビゲーターシートへと滑り込む。
「帰ったら、コーヒーを淹れてあげよう」
 笑いながらこういった瞬間、キラの顔に複雑なものが浮かぶ。
「心配しなくてもいいよ。今日は普通のコーヒーを淹れてあげるから。どうやら君にはまだ大人の味は早いらしい」
 昨日の騒動を思い出して、笑いながら彼はこう言った。その瞬間、キラがほっと安堵のため息をついたのをバルトフェルドは見逃さない。
「それに、アイシャにお小言を食らうのは僕としても避けたいからね」
 あれは堪えたよ、とバルトフェルドはさらに苦笑を深める。
「すみません……あれは間違いなく僕のせいですよね」
 がんばって飲めばよかったのだ、とキラは肩をすくめた。
「何。これから時間はあるんだ。大人の味がわかるようになるまで、側にいてくれるだろう?」
「はい」
 即答を返してくるキラにバルトフェルドは満足そうに頷く。
「では帰ろう。アイシャも待っているからね」
 この言葉と共にバルトフェルドはゆっくりとラゴゥの向きを変えた。