さすがにそう何日も隊を離れていられない……と言うことなのだろう。バルトフェルドとダコスタが戻ってきたのは翌日のことだった。
「……アイシャ……もう一回言ってくれないか?」
 アイシャのセリフを耳にした瞬間、わだかまっていた怒りが彼の中からかき消されてしまったのだろうか。呆然とした口調でこう聞き返す。
「だから……あくまでもシミュレーションの結果だけど……現在のトップはキラなのよね」
 しかも、それが初めての結果だって言うんだから、とアイシャは付け加える。
「……あの子は……」
 どれだけの才能をその身に秘めているのか、とバルトフェルドはため息をつく。しかも、本人が望まない『戦うため』のモノばかり、と。
「悪気はないのよ、キラに。必要だったからと言う理由も納得できるものだったし……それに、シミュレーションはゲームと同じと言っていいでしょ?」
 あの子、ゲーム好きだもの、とアイシャが笑った。
 だから、精神的な心配はないのだ、と彼女は付け加える。実際の戦闘の場面ではどうかわからないけれど、と。
「君がそう言うのであれば……無理矢理あの子を実戦に出そうという者はいないだろうね」
 アイシャの資格の中にあるそれは、ザフト上層部ですらも耳を傾けずにはいられないものなのだ。だから、それに関しては安心していいだろう。
「本人は、自分がどうしてみんなに驚かれたのか理解していないし……どうやら、あまりにひどい成績だったからあきれられた、と信じているみたいよ」
 くすりっと笑いを漏らしながらアイシャがこう囁いてくる。
「ついでに言えば、キラの耳にはいいと言うまで真実を伝えるな、と言ってあるわ」
 だから、その誤解は解かれていないはずだとアイシャはいたずらっ子めいた口調で告げる。それは彼女らしい表情だと言えるのだが、この場合どうなのだろうか、とバルトフェルドは本気で思ってしまう。だが、キラのためにはいいのかもしれない、と即座に判断をする。
「なら、当分無茶はしない、と言うことか」
「えぇ。ラゴゥのOSチェックのために操縦方法を知りたかった、って事だから、ドック内で、と言うことで許可を出したわ」
 もっとも、あなたが駄目だと言えば諦めるように言ってはあるけど、と報告をされて、満足そうに頷いてみせる。
「さすがはアイシャだ……あぁ、ダコスタ君にも釘を刺しておかないといけないかな」
 まぁ、今日明日はそんな気力はないだろうが……とバルトフェルドは乾いた笑いを漏らす。
「と言うことは、今回もだったのね」
 それにアイシャも引きつったような笑みを口元に浮かべる。
「前回の通りだよ。まぁ、おかげでキラのことをあれこれ言われずにすんだがね」
 次回はそうはいかないだろうが……とバルトフェルドが口にした瞬間だった。誰かがドアをノックしている。
「……誰だ?」
 こう言うときには誰も来ないように……と言っていたはずなのに、とバルトフェルドは顔をしかめる。だが、アイシャは逆に柔らかな表情になった。
「あなたにとって、今、一番の特効薬よ」
 こう言いながら彼女は足早にドアの方へと歩み寄っていく。そして、そのままドアを開いた。
「キラ?」
 一体どうしたんだ? と口にしながらバルトフェルドは彼を見つめる。必要がなければ、こんな風に彼が邪魔をするようなマネをしない、とよく知っているのだ。
「……コーヒーを持ってきてって言われたので……」
 淹れてきたんですが、とキラは答えを返してくる。言われて初めて気がついたのだが、キラの手にはカップを乗せたお盆があった。
「安定剤になるでしょう?」
 どちらが、とは口にされないが、バルトフェルドにはアイシャの言いたいことがわかる。
「本当に君には負けるよ」
 キラの顔を見た瞬間、まだくすぶっていた怒りが完全に消えてしまったのだ。それを狙ってのことなら、アイシャに感謝するしかないだろう、とバルトフェルドは思う。
「ありがとう、キラ」
 そのまま視線をキラに向けると、バルトフェルドは微笑む。
「おいしくないかもしれないけど……」
 こう言いながら、キラはバルトフェルドの前にカップを一つ置いた。残りの一つはアイシャに差し出す。
「あら? 自分の分は?」
 それだけでからになったお盆を見て、アイシャが眉を寄せる。
「ちょっとコーヒーは……」
 今は飲みたくない……とキラが苦笑を浮かべながら彼女に答えた。
「だから、飲み過ぎだっていったでしょ」
 どうやら、その理由をアイシャは知っているらしい。ため息混じりにキラの額を小突いている。
「根を詰めるのはいいけど、気持ち悪くなるまで飲まないの」
「……だって……」
 そんな彼女にキラは何かを言い返そうとした。
「はいはい。早く完成させて、アンディにほめて欲しかったんだものね」
 くすくすと笑うアイシャの言葉に、バルトフェルドは何のことだと視線で問いかける。
「アンディ。明日は時間が取れるのよね? ラゴゥのテスト、付き合ってくれるでしょう?」
 それに答えるかのように、アイシャが言葉を口にした。
「シミュレーションではバグが出なかったのよね?」
 こくんとキラは首を縦に振ってみせる。
「それは……すごいな。もう少しかかるだろうと思っていたのに」
 本気で感心したとキラにもわかる口調でバルトフェルドが言葉をかけた。それにキラはどこかはにかんだような微笑みを浮かべる。
「早いほうがいいかと思って……」
 そうすれば、少しでも早くこの地に平穏が来るかなって思ったから……とキラは口にした。力で制圧をするのは好きではないが、情勢を理解できない者には仕方がないだろうと。
「君はそう言うことを考えなくてもいいんだけどね」
 でも、少しでも助けてくれようとしてくれるのは嬉しいよ……とバルトフェルドは微笑みを深める。
「だが、そう言う視点は必要か。でないと、ただ言われるままに動く人間になってしまうからね」
 キラは自分で考えて行動してくれるから、あれこれ指示を出さなくてすむよ、と付け加えると、彼の髪に手を伸ばした。そして、優しく撫でてやる。
「……僕、お役に立っているんでしょうか……」
「もちろんだとも」
 キラの言葉にバルトフェルドは即答をした。
「だから、あまり無理はしないように。今でも十二分にがんばっているようだからね」
 まずは一緒に食事かな……と言えば、キラは小さく頷き返す。
「やっぱり、キラはアンディにとって最大の特効薬よね……次回からは一緒に行かせた方がダコスタ君の心労が少なくなるのかしら」
 それとも別の意味で増えるのか、とアイシャは二人の側で本気で考え始めていた。