「大丈夫なのかな?」
 キーボードを叩く手を止めて、キラがふっと呟く。
「何が?」
 そんなキラの隣で書類の処理をしていたアイシャがこう問いかけてきた。
「ダコスタくんと……隊長……」
 言いにくそうに一瞬口ごもったキラのセリフを耳にして、アイシャは眉間にしわを刻む。
「その呼び方、本人、嫌がるわよ」
 ため息と共にこう言い返す。
「だって……ダコスタ君が、せめて仕事中はって……みんなに示しがつかないから、って言われた」
 だから慣れないと、とキラは付け加える。
「本当に妙なところで堅いのよね、ダコスタ君は」
 アンディがいいって言っているのに……とアイシャは苦笑を浮かべた。そんなことを言うなら、自分はどうするのかと。
「……と言っても、心配する気持ちはわかるわね。と言っても、そのほとんどはダコスタ君に降りかかっているんだけどね」
 アンディは少々機嫌が悪いぐらいだろうけど……とアイシャは付け加える。
「そう言うことなら、キラにも行って貰えばよかったかしら。それだけでアンディの機嫌が直ったはずだもの」
 あなたの顔を見ればね、と彼女が微笑むのにキラは小首をかしげて見せた。そのくらいで本当に、とも思ったのだ。
「……アイシャさんでも同じじゃないかと……」
 そしてこう言い返せば彼女は微妙に笑みの意味を変えてくる。
「アイシャ、にして……と言ったでしょう? それにね、私じゃ駄目なの。アンディと一緒に怒るから。それじゃ、彼はヒートアップするだけでしょう?」
 それはそれでいいのだろうけど、といいながら、アイシャは立ち上がった。そして、キラの側まで歩み寄ってくる。
「だけど、そうしたら彼が判断を間違えるかもしれないから、私は付いてくのをやめたの」
 そうすれば、愚痴だけこぼしてすっきりするはずだもの……と微笑むアイシャに、キラは信じられないと言う表情を作った。
「何か……信じられない……って言うか、らしくないって言うか……」
 キラが知っているバルトフェルドは、いつでも楽しげで、他の隊の隊長達とも余裕を身にまとったまま話していた。だが、アイシャの言葉を聞けば違うらしい。それがキラのイメージと結びつかないのだ。
「キラが知っているのは地上にいる隊の人々と話している彼だけだものね。今回の会議には宇宙にいる隊の隊長も参加しているの。そう言う人たちの中にはザフトが制圧してしまえばナチュラルは大人しくなるって誤解している人もいるわけ」
 実際には違うのにねぇ……とアイシャがため息をつきながら口にする。
「……その人達って、歴史、知らないわけじゃないですよね?」
 人類の歴史は戦いの歴史でもあるしい、と言うことをキラは知っていた。その中にはゲリラやレジスタンス、あるいはパルチザンというように占領された自分たちの地を取り返そうと抵抗をしていた人々の事がよく出てくる。それは皆、ナチュラルなのだ。
「知っているけど、実感がわかない……って事でしょう。と言うより、ナチュラルたちの『土地』に対する執着を知らないのかしら。コロニーなら増やせばいいもの」
 というのは極論なんだのだろうけど、とアイシャは笑う。
「……ザフトの中にも、認識の差というのはあるんですね……」
 キラは初めて知ったというように言葉を口にする。
「そりゃあるわよ。ナチュラルに接したことがある者とそうでないものの差が一番大きいかしら。地上の気象を知らない、と言うのも大きいかもしれないわね」
 だから、何でも管理できるのだと信じている者も多い。そのほとんどが第二世代だ、とアイシャはどこかあきれたような口調で告げた。
「でも、それは仕方がないかも……僕も月から地球に来て、一番驚いたのがそれですから」
 雨がいつ降るかわからないものだなんて、とキラは苦笑混じりに口にする。そのせいで、最初のうちはよくずぶぬれになって怒られたのだと。
「あらあら……でも、それは私もアンディも同じだったから笑えないわね」
 雷が綺麗で見とれたわ……とアイシャはいたずらっ子めいた表情を作る。その後で、あの音に驚いたのだと。
「そう言うことで、どうして自分たちの支配地域で抵抗勢力をのさばらせているのか、とか言う相手がいるのよ。もっとも、今までは隊長クラスはほとんどがキラと同じ第一世代だったからきつく言う相手はいなかったのだけどね。最近会議に顔を出すようになったうちの一人がうるさいのよ」
 前の副官が胃を壊しちゃったのはそれも理由だったのかもしれないわ……とアイシャは笑う。
「……ダコスタ君、大丈夫かな……」
 それならば、ますます心配だ、とキラは呟く。
「まじめだからねぇ……今頃大変かもしれないわね」
 まぁ、それも仕事と諦めて貰いましょうとアイシャはとんでもないセリフを口にした。
「……アイシャ……ダコスタ君、やめたら困るんじゃないの?」
 そんなことを言っていると、本当にやめちゃうかもしれない……とキラはため息をつく。
「そう言われればそうよね。帰ってきたらフォローしてあげないと……」
 でないと、またアンディのフォローが面倒になる……とアイシャも苦笑を浮かべた。
「それよりも、終わったの?」
 ラゴゥのOS……とアイシャは話題を変えてくる。
「……形はできたんだけど……実際に機体に積んで動かしてみないとエラーがわからないんだよね」
 でも、乗ったら怒られるかな? とキラは小首をかしげた。
「……キ〜ラ? それって、自分で、って事? 私もアンディもMSの操縦は教えていないわよ」
 そこまでしたら、ますます厄介なことになる……とアイシャは思う。
「……チェックするのに、シミュレーションで……悩んでたら、みんな、教えてくれたし」
 あれなら、実際に人が死ぬわけじゃないから、気分的にも……とキラは首をすくめる。
「本当……ここのみんながあなたに甘いのはよく知っているけどね」
 そこまでだったとは……とアイシャは複雑な表情を作った。
「確かに、最近、アンディも私も忙しかったから……チェックの手伝いができなかったものね」
 キラにしてみれば、バルトフェルド達のために少しでもいい物を作りたい一心だったのだろう。それがわかるだけにアイシャも怒れないらしい。
「とはいうものの……アンディにばれたら何を言われるか……」
 この言葉に、キラは不安そうな表情を作った。それに気づいたアイシャは『まぁ、あきれるだけで終わるような気もするけど』とキラを安心させるように付け加える。
「……やっぱり、教えて貰わないの方がよかったのかな……」
 キラが完全に落ち込んだようなセリフで呟く。
「誰も悪気があったわけじゃないんだから、そう落ち込まないの……ところで、シミュレーションの結果はどうだったの? バクゥとジンの二種類でやったんでしょう?」
 バクゥだけ教えたわけないものね……とアイシャはキラの気持ちを少しでも明るくさせようとこう言った。
「……なんか……みんなに驚かれたんだけど……そんなにひどい成績だったのかな?」
 その言葉にキラは少しだけ浮上したようだ。
「まぁ、誰でも最初はそうよ」
 キラは初めてだったんだし……とアイシャは笑い返す。
 それが自分の勘違いだと彼女が知ったのは、それからさほど経たないうちだった。