バルトフェルド隊付きの技術者。
 それが今のキラに与えられた身分だった。
 もっとも、それだからと言ってキラの生活に大きな変化があったわけではない。相変わらず戦闘に関わるようなことはしない。整備の者たちや何かにプログラムの開発を頼まれることが少々増えただけだろうか。
「……それはいいんだけど……」
 どうして、バルトフェルドを探すのまで自分の仕事になるのだろうか、とキラは思う。アイシャでもダコスタでもいいのではないか、と。
「しかも、最近は隠れる場所が遠くなっているじゃないか」
 まだ探知システムの範囲内である……というのは救いなのだろうか、とキラはため息をつく。まるで、かくれんぼをする子供が鬼に見つけて欲しいようだ、とも思う。小さな頃、自分がよく親友に同じ事をしたという事実を思い出して、キラは深いため息をついてしまった。
「何か理由があるって言うならいいんだけどね」
 でなければ、ちょっとバルトフェルドを軽蔑するかもしれない、とキラは思う。もちろん、嫌いになると言うのとは全く別の問題ではあるが。だからといって、手間がかかると思うのは事実だろう。
「えっと……」
 いったん立ち止まると、キラは手にしていたモバイル端末でバルトフェルドの居場所を再度確認をする。どうやら、見つけた場所から動いていないらしい。
 だが、これからもそうだとは限らないだろう。彼のことだ、一瞬目を離した隙に逃げ出される可能性だってある。そう判断して、足を速めた。
 半ばかけるようにしていくつかの角を曲がる。
「いた!」
 最後の角を曲がったところで、目的の相手を見つけたキラは、嬉しそうにこう叫んでしまった。その声はもちろんバルトフェルドにも届いたらしい。
「キラ、どうしたんだ?」
 目を丸くしながら、彼は問いかけてきた。同時に、キラを抱き留めようとするかのように両手を広げる。
「アイシャさんが呼んで来いって……何か、お待ちかねのものが届いたからって言ってた。あれって、MSかな?」
 大きなカーゴだったけど、とキラはバルトフェルドの腕の中から報告をする。
「と言うことは……あれかな?」
 そうか、届いたのか……とバルトフェルドが笑みを浮かべた。
「だとしたら、キラも忙しくなるぞ」
 この言葉に、キラは小首をかしげてみせる。
「この前、キラにせっかくバクゥ改のシステムを作って貰ったのだが……あれではちょっと不満があったのでね。本国に指揮官用のMSの開発を依頼していたんだよ。まぁ、機体はできたんだが、OSが……と言われたのでね。悪いとは思ったが、キラに作って貰うことにして送れ、と言ったわけだ」
 だから、最初からキラに作って貰うことになるな、とバルトフェルドは口にしながらキラの瞳を覗き込んでくる。
「そうすれば、その間は他の隊からの依頼を全部断れるしね」
 くすりと笑いながら告げられた言葉にキラは困ったように視線を伏せた。
「……ですが……今作っているのは、みんなにも関係しているものですし……」
 これができれば、間違いなく――おそらく当分の間、ではあるだろうが――地球軍に気取られずに重要機密を通信で送ることができるはずだ。そうすれば、わざわざ危険を冒して有人で連絡を取らなくてもすむだろうとキラは口にする。
「確かにそれは重要だよ。だが、それ以外にもあってね」
 まったく、キラは一人しかいないというのにとぼやきながら、バルトフェルドはキラの体を抱きかかえた。
「あ、あの……」
 そのまま歩き出す彼に、キラは慌てて声をかける。
「僕、自分で……」
「いいから、いいから。僕がしたいんだから抱っこさせなさい。それに……最近、忙しいようだしね」
 体がまだ本調子じゃないんだから……と言われて、キラは首を横に振って見せた。
「僕より、バルトフェルドさんの方が忙しいんですし……それに、何かあるとみんなに休めって言われますから」
 疲れていません……と口にするキラに、バルトフェルドはいいからと言い返す。そして、下ろす気はないというように彼の体を抱え直した。
「なら、僕のために抱っこされていなさい」
 バルトフェルドの言葉に、キラは仕方がないというようにため息をつく。そして、彼が少しでも楽になるようにと、自分の腕をバルトフェルドの首に回した。
「……そう言えば、キラ」
 ふっと思い出した、と言うようにバルトフェルドが口を開く。
「はい?」
 何か、と言うようにキラが視線を向けてくる。
「地球軍の乱数表なんてどこから手に入れたんだい? しかも、それを生成するプログラムまで」
 その瞬間、キラがさりげなく視線をそらす。
「どうやら、言いにくい手段のようだね」
 本気で聞きたいな、とバルトフェルドはさらに付け加えた。教えてくれるよね、とも。こう言われてはキラに逃げ道がなくなるとわかっていてのことだろう。だが、それでもキラは何とか誤魔化す方法はないかと考えているようだ。
「キラ。怒らないから言いなさい。でないと、いざというときにフォローしてあげられないだろう?」
 だから白状してしまいなさい、と笑いながら付け加える。
「……ハッキング、しました……」
 キラが小さな声でこう告げた。
「ハッキング? 地球軍のコンピューターにか?」
 それにバルトフェルドは思わずこう叫んでしまう。
「一応、ばれないようにコロニーを経由しているし……あのセキュリティーホールにはあちらは気づいていないようだから……」
 多分、大丈夫だと思います……と言うキラの声は次第に小さくなっていく。今まで一度もばれたことがないし……と付け加えるキラに、これが初犯でないとバルトフェルドは推測をした。
「だから、怒っていないって。むしろ爽快だろう? 連中が気づいていないと言うことがね」
 しかもキラにかかればいくらでも情報を引き出せるのではないか。
 本国にその事実が知られれば、一体どうなるか……とバルトフェルドは脳裏でシミュレーションをしてみる。
 間違いなくその場合、キラはザフトが有利になるような作戦へと借り出されるだろう。だが、自分たちは地上を離れることができない。一人での作戦行動に、キラは果たして耐えられるだろうか……とも思う。
「……まぁ、なるようになれ、だな」
 いざその場面になったときに、どうすればいいのか考えればいいのか、とバルトフェルドは呟く。自分たちは行けなくても、信頼できるものを一緒に行かせること程度はできるだろう。
「それよりも、まずはあれか」
 その前に厄介事もあったな……とバルトフェルドはため息をつく。
「バルトフェルドさん?」
「明日から出かけなければならないか、と思ったらちょっとな。アイシャは残るから心配いらないが……ダコスタ君には悲惨かもしれないね」
 だから、その前に精神を落ち着かせてくれ、とバルトフェルドはさらにキラを抱きしめる腕に力を込めた。
「僕より……アイシャさんを抱きしめればいいのに……」
 キラがぼそっと呟く。
「そう言うことを言うようになったのか。残念だがね。昼間はさせてくれないんだよ」
 夜なら話は別だが、と付け加えればキラは頬を赤らめる。
「おや。さすがに意味がわかるようだね」
 くすくすと笑い声をバルトフェルドは立てた。
「あのですねぇ!」
 それにキラがうわずったような声を返す。それがさらにバルトフェルドの笑いを高めたのは言うまでもないだろう。