キラがシートに座るのを確認して、アイシャは素早くモニターに情報を呼び出す。敢えて通信でそれを行わないのは、キラのことを考えてだろう。
「……厄介ね……」
 だが、即座に彼女の顔が曇る。
「アイシャさん?」
 どうしたの、とキラも不安を色濃く滲ませた声で問いかけた。
「キラが心配する事じゃない……と言いたくても、言わないと納得してくれないわよね」
 本当は、あなたの精神状態に良くないから……とアイシャは付け加える。
「でも……」
「わかっているわ。話さないと自分で調べちゃうんでしょう? その方がまずいかもしれないものね」
 自分で告げれば、情報の取捨選択ができるか、とアイシャは渋々納得をしたというように呟く。
「簡単に言えば、事態を収拾してアンディ達が戻ってきたの。でも、それを挟み撃ちにしてくれたわけね。最初からそのつもりだったのか、それとも偶然そうなったのかはわからないわ」
 武器を使い果たしてきたから、状況が厳しいらしいの……とアイシャは淡々をした口調で報告をしてくれた。その内容はキラが予想していたモノよりも状況が悪いと言っていいだろう。
「……助けに行かなきゃ……」
 キラの唇から思わずこんなセリフが飛び出す。
「そうね。その前にあなたを安全なところに……」
「そんなことをして、間に合わなかったら……大丈夫ですから」
 アイシャの言葉を遮って、キラがこう叫ぶ。
「だから、早く!」
 その表情は何かを怯えているようにも感じさせるものだ。
「キラ。落ち着きなさい」
 いい子だから、とアイシャが彼の体を抱き寄せる。
「この機体では攻撃できないのよ」
 だから、行っても脅かすぐらいしかできないの、とアイシャは囁く。
「……でも、武装は……」
 あるって……とキラは言いかける。そう、整備の兵から聞いたのだと。
「あるけどね。そのためのシステムが完成していないのよね。これは、二人乗りでしょう? 一人が操縦をして一人がナビゲートをする。そう言う目的で作られた機体だから……ようやく自由に動けるようになっただけ」
 まだまだ赤ちゃんなのよ、とアイシャは付け加える。その瞬間、キラはきつく唇を咬んだ。
「……僕が……」
 心の中の葛藤がわかる声でキラが何かを告げようとする。
「キラ?」
「僕が、着くまでに、とりあえず使えそうなモノを作ります。ジンやバクゥのOSは見せて貰ったから……」
 それが間に合わなくても、いきなり予想もしない場所からMSが現れただけで相手の動揺を誘えるかもしれないでしょう、とキラは付け加えた。
「キラ……貴方は……」
「戦いの道具を作るのはいやです。でも……それ以上に、もう誰かに死なれるのはいやなんです!」
 だから、とキラはアイシャに訴える。
 アイシャにしてもバルトフェルドが大切なのは事実なのだ。直ぐにも駆けつけたい気持ちは嘘ではない。それでも、あの頃のようなキラの姿を見たくないという気持ちと、バルトフェルドがそう簡単にやられるわけがないと信じているから、先にキラを……と判断しただけなのだ。
 だが、今のキラは自分で『戦い』に関わると言っている。
 それならば、何とか彼の精神も持つのではないか。
 そして、これが転機になる可能性もある。
「……わかったわ……」
 そう判断をして、アイシャは仕方がないというように頷く。
「でもね、プログラムまでよ。それから後のことは私がやるわ。いいわね?」
 これだけは譲れない、と言うようにアイシャはキラに念を押す。
「わかっています」
 言葉と同時に、キラはシートの下からキーボードを取り出した。そして、素早くモニターにOSを呼び出す。
 そのままものすごいスピードでキーを叩く彼を見ながら、アイシャはゆっくりとバクゥを立ち上がらせた。
「……ここからなら、少し遠回りになるけど、このルートが一番安全ね」
 周囲の地形図を呼び出すとルートを確認する。それからバクゥを移動させ始めた。
 砂漠とはいえ、地形に隆起がある。そこを高速で走らせているのだ。コクピット内はかなり揺れている。それを気にする様子も見せずに、キラはシステムを構築していく。
「ここの数値は……」
 素早くいくつか数字を打ち込む。そうすれば、いきなりエラーが表示された。
「と言うことは、こうして……代わりにこちらを修正すれば、大丈夫なはず」
 ザフトが作ったMSのOSには共通したものがある。本来であればそれに乗っ取った形式で作ればいいのだろう。しかし、今は時間がない。まずは、動くするようにすることが先決、とばかりに、キラはそれを無視してシステムを作り上げていく。と言っても、さすがに本来のOSとバッティングしてはいけない。その調整が難しい、とキラは思う。
「……アイシャ……後、どれくらいでつきますか?」
 おそらく、キラは彼女の名前を呼び捨てにしていることに気づいていないだろう。だが、それはそれでいいかもしれない、とアイシャは微笑む。こちらの方が親しみを感じられる、と。
「そうね……後5分、と言ったところかしら」
「なら、何とか」
 チェックが終わるかな、とキラは付け加えた。
「もうできたの?」
 その言葉に、アイシャは驚きの声を上げる。
「……かなり自己流ですけど、ちゃんと動くと思うんです」
 ただ、後で修正は必要だろうとキラは付け加えた。
「それに……ナビがないと照準を合わせたりするのが面倒かもしれません」
 そこまでの精度を出すまではできなかったのだ、と口にするキラに、アイシャは一瞬考え込む。
「わかったわ。キラは、指示をしたところに照準をロックして……」
 後のことは私がやる、と言いながら、アイシャはそれに伴うキラの精神的な負担を考える。実際に引き金を引かないのであれば大丈夫だろうか。それとも……と、考えてやめた。今更彼を下ろす方が危険なのだ。
「うん……わかった」
 キラもその事実にようやく思い当たったのだろう。緊張した声を返してくる。
「大丈夫よ。人には当てないから。あくまでも威嚇だけ。それなら大丈夫でしょう?」
 その程度でもバルトフェルドなら何とか出来るだろう。あるいは、残りのバクゥも今頃出撃をしているかもしれないから、とアイシャはキラに声をかけ続けた。
「……大丈夫……死なせたくないから……」
 キラは自分に言い聞かせるように何度も同じセリフを呟いている。
 そんな二人の前に戦場が広がっていた。その中央に、バルトフェルドが乗っているらしいジープが見える。
「そうね。行くわよ、キラ。今から飛び出せば、右手に壊れかけた建物があるはず。それを狙って」
 アイシャはこう指示を出すと、バクゥをその中央へと乱入させた。