アイシャがバクゥを操縦する動きから、キラは目を離すことができなかった。と言うより、これだけの機体を彼女の動きだけで制御できると言うシステムの方にすごいと思う。同時に、自分ならどのようなOSを作るだろうかと考えてしまう。
「キラ?」
 おもしろい? と問いかけてくるアイシャに、キラは無意識のうちに頷いていた。
「やっぱり男の子ね、キラも」
 くすくすと笑いながらアイシャはさらに言葉を重ねる。
「アイシャ?」
「だって、何のために作られたかは別にして、アンディ達もみんな、新しいマシンが来るとキラと同じように瞳を輝かせるわ。結局、幾つになっても男はみんなおもちゃ遊びが好きな子供って事なのかしら」
 ねぇ、と逆に問いかけられて、キラは返答に困ってしまう。だが、問いかけられた以上、何かを言わないわけにはいかない。
「……どうなのでしょう……父さんは……新しいプログラムを作ると嬉しそうにしていたし、アスランは新しいマイクロユニットを完成させると楽しそうにいじり回していたけど……」
 他に知らないから……とキラは何とか言葉を返した。
「人見知りがちょっと激しいものね、キラは」
 仕方ないのだろうけど、といいながら、アイシャはゆっくりとバクゥを停止させる。そして、犬で言えば伏せの姿勢を取らせた。
「着いたわよ」
 そう言いながら、アイシャはコクピットを開ける。そしてシートの脇に置いてあった花束を取り上げると、そのまま身軽に外へと出て行った。その後をキラも追いかける。
「さすがに表から……というわけにはいかないから」
 裏口でごめんね、と言う彼女に、キラは首を振った。
「いえ……来られただけでも十分です」
 この情勢では……とキラは付け加える。
 ブルーコスモスのテロだけではなく、先日バルトフェルドが支配下に納めた鉱山の関係者がレジスタンスとして抵抗を続けているのだ。
「……誰から聞いたの?」
 かすかに眉間にしわを寄せながら、アイシャが問いかけてくる。自分もバルトフェルドも、キラにその手の話をしたことはないのだ。
「……ごめんなさい……ちょっと調べたいことがあって……システムに潜り込んだら、偶然……」
 見つけてしまったのだ、とキラは肩をすくめる。
「……本当、優秀すぎる……というのも問題かもしれないわね」
 ダコスタ君の希望でも、許可を出すんじゃなかったかしら……とアイシャはため息をつく。
「と言っても、終わってしまったことは仕方がないわね」
 知ってしまった以上は……といいながらアイシャはキラの頭を自分の方へと引き寄せる。
「でもね。キラはそれについて考えなくていいの。あなたはプログラマーだけど、ザフトの人間じゃない」
「……それは、アイシャさんも同じだと……」
 バルトフェルドの補佐をしているとは言え、彼女はザフトの一員ではないのだ。
「いいのよ。私はわかっていてやっているの。だって、ザフトだと私は後方支援しかさせてもらえないのよ。それじゃ、何かあったときアンディの側にいられないって事だもの」
 それじゃいやだわ、と彼女は笑う。
「……アイシャ、さん……」
 その言葉に、また自分はおいて逝かれるのではないかという不安がキラの中に広がった。
「大丈夫。そんなことにならないように、私達は一緒にいるの。一人じゃダメなことでも、二人ならどうにかなるわ」
 だから、そんな表情をしないの……と言いながら、アイシャはキラの肩を抱いたまま歩き出す。その行く手には、まだ真新しいと言える墓石がいくつか並んでいた。
 それに気づいた瞬間、キラはアイシャの手の下から抜け出す。そして、そのままそれへと駆け出していく。
 墓石に刻まれている名前をキラは一つ一つ確認していった。直ぐに目的の名前は見つかる。
「……父さん、母さん……ずっと来なくて、ごめん……」
 この言葉と共に、キラはその前にぬかずく。
「僕は、大丈夫だからね……」
 だから、安心して……とキラは微笑む。こんな表情を作れるようになったのは、間違いなくアイシャたちのおかげだろうと心の中で付け加える。それだけは両親に絶対伝えないとと思うのだが、本人を前にしては言いにくいと言うのもまた事実だ。
「キラ、お花よ。ご両親にあげて」
 キラに追いついたアイシャがこう言いながら手にしていた花束を差し出す。
「ありがとう」
 アイシャに頬見返すと、キラは受け取る。
 そして、キラは両親の墓石の前にそれをそうっと置いた。
「母さんが好きだって言ったら、アイシャさんが咲かせてくれたんだよ」
 綺麗だよね、とキラがさらに笑みを深める。
「キラも手伝ってくれたものね」
 それもちゃんとご報告しなきゃダメよ、とアイシャが口にした。
「……それは……」
 言わなくてもいいことだと思う……とキラは微笑みにはにかんだような色を混ぜる。その様子に、アイシャは目を細める。
「……本当はもう少しゆっくりさせて上げたいのだけど……」
 ごめんね、と言いながらアイシャがキラの顔を覗き込んできた。
「うん、わかっているから」
 仕方がないよね、とキラは彼女に答える。
「また来るから」
 両親の墓石に向かって声をかけると、キラは立ち上がった。そして、アイシャに微笑みかける。
「えぇ。状況が許せば、毎日でも連れてきてあげるわ」
 私かアンディが、とアイシャがキラに約束をしてくれた。それを耳にして、キラがアイシャに礼の言葉を口にしようとしたときだった。
 地面が揺れた。
 音が全身にぶつかってくる。
 そして、きな臭い空気。
 そんなモノをキラは感じた。
「……キラ!」
 それに覚えがある……と思ったキラの体をアイシャがきつく抱きしめる。
「何でもないわ。考えちゃダメよ」
 彼女の声がキラの耳に届く。
「早く帰りましょう。まったく……どうせ誰かが間違えて爆弾を爆発させちゃったのね」
 これが自分を誤魔化すための言葉だとキラも気づいていた。だが、それについて考えることを彼の本能が拒否をしている。そして、アイシャもそうした方がいいと態度で告げていた。
「うん……」
 そう言いながらも、キラは自分が震えていることを自覚している。それでも、アイシャがいるから、まだ何とかなっているのだろう。
 一体どうして……とも思う。
 それが彼女の強さのおかげだ、とキラが気づいたのはバクゥに戻ってからだった。