艦の中心部。被弾しても直ぐには被害が及ばないであろう部分にクルーゼの私室はある。  彼がここにいることは確認してあった。
「ミゲルです」
 インターフォンで入室の許可を求めているミゲルの隣で、キラが不安そうに周囲を見回している。
『入りたまえ』
 即座に許可が下りる。無意識だろうか。その声にキラがミゲルの軍服の裾を掴んだ。
「あぁ。そうだ。隊長は顔に傷があるそうだから、仮面を付けている。驚くなよ」
 そんなキラに向かってミゲルが注意の言葉をかける。
「仮面?」
「あぁ……笑いたくなっても我慢だ」
 実は結構笑えるんだよなというのは内緒だぞ、と言いながらミゲルはドアを開く。
 もちろん、それと同時に表情を引き締めている。
「保護してきた少年を連れてきました」
 その声に、奧の席に座っていた人物が顔を上げた。
「ご苦労だった」
 次の瞬間、彼の口から出た言葉にキラが小さく呟きを漏らす。それはミゲルだけではなくクルーゼの耳にも届いたらしい。
「どうやら、覚えていてくれた……と言うことかな?」
 そんなキラの反応に、彼は満足そうな微笑みを口元に浮かべた。
「……ザフトの方、だったのですか……」
 クルーゼの言葉に、キラが堅い口調で言い返す。
「何だ? 知り合いだったのか」
「って言うか……父さんに会いに何度か家に顔を出していた人だよ、ラウさんは……」
 月にいた頃に……とキラはミゲルの疑問に説明の言葉を口にした。
「……ラウ、さん……」
 似合わない、と思うのは自分が『ザフト』の隊長である彼しか知らないからだろうか、とミゲルは思う。
 同時に、知り合いであるのであれば、他の隊に保護されるよりはましなのかもしれないとも。
「ご両親とは連絡が取れたよ。一応私が責任を持って保護させて頂くとは伝えておいた。地球軍の反撃がないようであれば、後で直接話が出来るように取りはからおう」
 それまでは、多少不便をかけるかもしれないが……と付け加える彼の口調に、ミゲルは思わず違和感を感じてしまう。自分が知っている『ラウ・ル・クルーゼ』と言う男はこんな気遣いを見せる相手ではなかったはず、と言うのがその理由だ。
「ありがとうございます」
 だが、キラはそうは思っていないらしい。と言うより、それほど彼のことを知らないと言うべきなのか。それはそれでキラのためにはいいかもしれない、とミゲルは思う。
「気にしなくていい。本来であれば、民間人である君たちを巻き込むつもりは、全くなかったのだし……我々のせいで君が地球軍に利用されるのはこちらにとっても不本意の一言だからね」
 一体クルーゼはどこまで知っているのか、とミゲルは思う。同時に、そう言うセリフはキラにとって逆効果、だとも。
「……僕は……」
「申し訳ない。君の行動についてどうこうしようとはまったく思っていない。先ほどの一件はあくまでも『事故』だからね」
 気にする必要はない、と言いながら、ゆっくりとクルーゼはキラに近づいてくる。
「時期を見て、本国へ向かって貰おうことになるだろうが、それまではここでゆっくりしていればいい。戦闘配備中でないときには、ミゲルあたりが側にいるように手配しておこう」
 その方が安心できるのではないのか、と言われてキラが素直に頷く。
「でも、僕は……ザフトのMSを……」
「事故だったんだろう? 第一、それを言うのであれば、訓練を受けていない君に搭乗機を破壊されたミゲルにもそれなりの処分を与えなければならなくなる。君が書き換えたというOSとそれとは相殺させて貰おう」
 この話はここまでにしてかまわないかな? と問いかける内容でありがなら、クルーゼの口調はそれ以上の会話を拒んでいる。
「キラ君の部屋はとりあえず士官室を用意しておいた。必要なものはミゲルにいえばできる限り要望に添えるようにしよう」
「はい」
 それにキラも気づいたのだろうか。素直に引き下がっている。もっとも、ミゲルが知っているキラの性格ではそれが普通のことなのだが。
「艦内はどこまで行動させていいのですか?」
 ともかく、クルーゼはキラの味方と考えていいのだろう、と思いながら、ミゲルは問いかけた。
「ブリッジと機関部以外は自由にして貰ってかまわない。整備の者たちは、彼と話したいと思うかもしれないしな」
 戦闘中は部屋にいて貰うことになるが、とクルーゼは微笑みを口元に浮かべる。それはある意味破格の待遇だとも言えるだろう。
「食事も俺たちと一緒でかまわないわけですね」
「もちろんだ。何なら、ここで食事を取るかね?」
 その時は、できる限り都合をつけさせて貰うが……と付け加える彼の本心が何であるのか、それなりに付き合っていてもわからないと思う。
「……いえ……できれば、ミゲル達と一緒の方が……」
 それもキラが自分の希望を口にしたことでとりあえずは落ち着いたが。
「それは残念だな……では、キラ君を部屋に案内させよう。ミゲルは少し残れ」
「ですが、隊長」
 人見知りをするキラが他人と行動を共にするのは無理がある。特に、ここにいるのは皆『軍人』だし、とミゲルが反論をしようと口を開く。
「心配するな。我々以外にも、彼の顔見知りがこの艦にいたのでね」
 その言葉に、キラが小さく体を震わせる。
「……隊長」
「どうせ、これから顔をつきあわせることになるのだ。なら、誤解は早く解消しておく方がいいのではないのかな?」
「誤解ですか?」
「あるいは、事情の説明か」
 ともかく、ゆっくりと話し合う時間必要だろう、と言うクルーゼの言葉はある意味納得できるものだ。
「……キラ、大丈夫だな?」
 ただ、できればその場に自分もいたかった、と言うのがミゲルの本音である。結局、あのメンバーと同じように自分もキラのこととなると過保護になるのかもしれない、と心の中で苦笑を浮かべながら、問いかけた。
「多分……」
 逃げてばかりもいられないから、とキラは微苦笑を浮かべる。それもかなり無理をしてだ。
「……体調が優れないときは遠慮せずに医務室に行くように」
 クルーゼはそう言いながら、デスクの上の端末を操作する。そして、二人が予想していたとおりの人物の名を口にした。