デッキ内に空気があることを確認してからミゲルはコクピットのハッチを開いた。 「ご苦労様です」 即座にミゲルが顔見知りの整備兵が声をかけてくる。同時に、彼の視線がコクピットの中にいるキラの姿を捕らえた。その瞬間、キラはその視線から逃れるかのように身を縮こまらせる。 「こらこら。地球軍の連中に無理矢理協力を強要されそうになっていた可哀相な第一世代をいじめるんじゃない」 ミゲルがシートから腰を浮かしながら、さらに言葉をつづる。 「それに、こいつがキラだぞ。前に話しただろう?」 この一言で彼の視線の意味が変わった。 「彼が? それは失礼をした」 それだけではない。彼はキラに謝罪の言葉をかける。 「あ……あの……」 キラが困惑の表情を作った。そのままミゲルへと視線を向ける。その瞳の中に、一体何を話したのか、と言う疑問がしっかりと現れていた。 「相変わらず言葉よりも視線の方が雄弁だよな、お前は」 苦笑と共にミゲルはキラの肩に手を置く。 「心配するなって。前にお前が作ったプログラムを見せただけだから」 ちょっとトラブったときにな、と言いながら、そのままキラを促すとコクピットから出た。 「おかげで、クビにならずにすんだんだよ」 だから、本気で感謝している、と彼は告げる。 「と言うことだ。少なくとも、こいつも俺と同じようにお前を認めている。他にも何人かいるから、安心しろ」 後で紹介してやるから、と言うミゲルにキラが頷いた。 「じゃ、お前が報告に行っている間に、俺はこれをチェックさせて貰うか」 「あぁ、それで思い出した。これのOSな。こいつが書き換えてある。地球軍の士官に無理矢理乗せられたらしくてな」 だから、先に戻ってきた機体と違っているはずだ……とさらりとミゲルが口にすれば、 「それは別の意味で興味深いな。了解。しっかりとバックアップを取らせて貰おう」 楽しみだ、と彼は言葉を返してくる。 「好きにしろ」 お前の仕事だしな、それが……と言いながら、ミゲルはそうっとキラを盗み見た。その表情が少しだけ曇っている。それは先ほどの戦闘を思い出しているからなのだろうか。 ともかく、気にするな……と言うようにミゲルはキラの肩に置いた手に力を込める。 「隊長の所を回って、こいつを落ち着かせてくるから……時間がかかるぞ」 こう言い残すと、ミゲルはそのまま一度パイロット控え室へとキラごと体を滑り込ませた。 「そこに座っててくれ」 規則的に並んでいるシートの一つを指さすと、ミゲルは言葉を口にする。 「うん」 「あぁ、最初に断っておくが、座り心地はまったく保証しないからな」 軍艦って奴は本当に乗組員のことを考えていないよな……と口にしながら、手早くパイロットスーツを脱ぐ。その代わりにロッカーから制服を取り出すとミゲルはシャワールームへと移動していく。 「悪い。汗だけ流させてくれ」 直ぐ戻ってくるから……とミゲルが口にすれば、キラは頷いてみせる。 「のどが渇いたら、これを使って適当に飲んでいいぞ」 そんなキラに向かってミゲルが自分のIDカードを投げた。 「ミゲル!」 両手でそれを受け止めながら、キラが驚愕の声を出す。 「悪用するなよ、ただし。ハッキングは禁止な」 お前ならやりかねん、と冗談交じりに口にすれば、ようやくキラの表情が軟らかくなった。 「しないよ」 パソコンないし、とキラが言い返してくる。 「信用しているからな」 からかうように言い残すと、ミゲルはそのままシャワールームのドアをくぐった。 「ともかく、手早くやらないとな」 キラが一人になる時間は少ない方がいいだろう。手早くアンダーを脱ぎながらこう呟く。 ここにも他の人間が来ないとは限らない。マシューやオロールのようにわずかでも面識があるものならともかく、事情が知らないものがキラを傷つけないとは限らないのだ。 そんなことを考えながら、烏の行水よりも早く汗を流すと、ミゲルは服を身につけた。髪を乾かす間も惜しいというように再びキラが待っている控え室へと移動をする。 「もういいの?」 どうやら何を飲むか悩んでいたのだろう。ドリンクサーバーの前に移動していたキラが目を丸くして振り向いた。 「時間をかけてられないからな」 お前のことが心配だったと言えばキラが負担に思うであろう。そう判断をしてミゲルはこう言葉を返す。 「……大変なんだね、いろいろと……」 しばらく悩んだ後でキラがこう呟く。 「まぁな……あぁ、お前が何かを飲むくらいの時間はあるからな。飲むなら早く決めてくれ」 「いいよ、とりあえず……」 こう言いながら、キラは手にしていたミゲルのIDカードを返してくる。 「本当にお前は」 これはかなりまいっているな、とミゲルはキラの言動から判断をした。ならば、少しでも早く休ませた方がいいだろうとも。 「……何?」 「いや。なら、待たせるのもなんだから、隊長の所へ行くぞ」 キラに言っても否定されることは分かり切っている。なら、自分がその状況を作ってやれなければならないだろう。 「……うん、わかった」 一瞬ためらったのは、相手が『ザフト』の『隊長』だからだろうか。どうしても、キラの中では戦争に対する反感が消えないらしい。それもオーブ籍の第一世代では仕方がないだろうとミゲルは思う。 「心配するな。取って喰われることはないから」 言葉と共にミゲルは笑顔を向ける。 「ミゲル。僕のことをからかっている?」 「い〜や。その仏頂面を少しでも解消しておこうかと思っただけだ」 ぽんとキラの頭に手を置くとミゲルは言葉を口にした。 「可愛い顔はちゃんと有効活用する」 その言葉にキラが頬をふくらませる。 「と言うわけで、愛想振りまけよ」 言葉と共にミゲルがキラの腕を掴んだ。そして、そのまま引きずるようにしてパイロット控え室を後にした。 |