必要と思われるものを全て奪取して、ミゲル達はヘリオポリスを撤退した。
 モニターに映るヘリオポリスが次第に小さくなっていく様子を、キラは複雑な表情で見つめている。
「必ず、あそこに帰してやるから……」
 心配するな……と囁きながら、ミゲルはキラの体を引き寄せた。
「その時は、俺も顔を出さないとまずいだろう……お前のご両親とか……それにあいつらとはゆっくり話が出来なかったからな」
 あれこれ話をしたいこともあった……とミゲルは笑う。それは本心でもあるが、キラを安心させる意味ももちろんあった。
「……みんなも……戦争が始まってから、ミゲルのことを心配していたよ……」
 プラント籍のコーディネイターだったから、余計に……とキラは言葉を探しながら口にする。
「それは……やっぱ、お前を送りに行きながらついでに礼も言ってこないとダメか」
 少なくともこの戦いで生き残ることができればだが……と言う言葉を口に出さない程度の配慮はミゲルにもあった。今大切なのは、キラを安心させることであって、不安を増大させることではないはず、と思う。
「その時までには全部終わらせてやるさ」
 地球軍にしても、これらのデーターが取れなければ次の機体を開発できるわけがない。そして、オーブにしてもプラントからの抗議を無視することができないはずだ。
 こうなれば自分たちの方が有利だろうとミゲルは思っている。
「ザフトが勝利した場合……ナチュラルは……」
 迫害されるのだろうか、とキラは呟く。
「地球軍の軍人とブルーコスモス関係者はそれなりにな……というか、連中には責任を取る義務がある。だが、民間人はその必要はない。特にオーブの民間人はな。だから、お前のご両親やあいつらが迫害されることはないって」
 大丈夫だ、と笑うミゲルに、キラもほんの少しだけ微笑みを浮かべる。
「ヘリオポリスだってそうだ。あいつらが馬鹿なことをしなければ俺たちだって手を出さなかった」
 ついでに言えば、被害を最小限にとどめるために自分が参加したのだとミゲルは付け加えた。
「それもわかっている……モルゲンレーテの工場以外は……被害がなかったようだから……」
 さっき、モニターに映っていたけど……とキラは付け加える。
「だから、ミゲルの言葉は信じておく」
 その言葉に、ミゲルも笑みを返す。
「そうしてくれ」
 こういった瞬間、キラの上着の襟元から何かがちょこんと姿を見せた。
『トリィ』
 キラが大切にしていたそのペットロボットが、まるでミゲルの言葉に反応を返すかのように鳴く。
「トリィにまで同意されたか」
 ミゲルがため息と共にこう言えば、ようやくキラの緊張は消えたらしい。小さく笑い声を漏らす。だが、それもヴェサリウスから通信が入ってくるまでのこと。
「ミゲルです」
 とたんに緊張と警戒を身にまとってしまったキラに内心、どうすべきかと思いながらも、通信を無視するわけにいかない。
『ミゲル・アイマン。ガモフではなくヴェサリウスへ着艦するように、だそうです』
 普段とは打ってかわって柔らかな口調で告げられたのは、キラを意識してのことだろうか。
「了解」
 ガモフに搭載できるMSは6機。先ほど奪取した機体とジンが着艦しているとすれば既に搭載数オーバーだろう。とっさにそう計算して、ミゲルは了承の意を相手に告げる。
『それと隊長からです。しばらくの間、ヴェサリウスに移動するように、とのことですが……荷物の方は手配しますか?』
 これもキラのためだろう。アスランもヴェサリウスにいるのだから、彼のためにはいい環境だといるのではないか。
「いやいい。そのくらいの時間は貰えるはずだろう?」
 さすがに他人に荷物をいじられたくない、とミゲルは努めて軽い口調で言葉を返す。
『了解しました。その旨、報告しておきます』
 彼もまた口調を変えることなく通信を終わらせた。
「と言うことだ、キラ。ヴェサリウスの方が乗員の年齢が高いんでな。お前にとってはもう一隻のガモフよりも居心地がいいと思うぞ」
 だから、そんなに警戒するな、とミゲルは付け加える。ヴェサリウスには第一世代のものも多いから、と。
「それに……軍艦だからと言って、お前に戦わせようって誰も考えていないって」
 あくまでも《キラ》は《保護》されてきたのだ。でなければ、例え父親の件がなくてもあの様子では間違いなく地球軍のいいように使われていたに決まっている。そして、望まない戦闘に放り出されていたはずだ。
 だが、自分たちはそんなことをしない、とミゲルは心の中で呟く。
 キラは、あくまでもオーブの人間で、しかもまで十代の第一世代だから、と。
 だが、同時にそれは第二世代の者たちにはキラを見下す原因になるだろう。キラの両親から聞いた月時代の時のように。
「お前はただおとなしくしているか……あぁ、そう言えば俺が本国に戻ってから例の一件がどうなったか教えてくれよ?」
 だがそんな不安をおくびにも出さず、ミゲルはキラに言葉をかける。
「うん……でも、パソコン、おいて来ちゃった……」
 あれに作りかけのプログラムをいろいろと入れていたのに、とキラはため息をつく。
「パソコンぐらいなら、どこかから融通して貰ってやるから……」
「……いいよ。あの様子だと、多分ラボも壊れちゃったろうから……無事じゃないだろうし」
 自分を納得させようとするかのようにキラは言葉を口にしている。その口調だけ聞いていれば普段の彼のようにも思えた。だが、それがあくまでも強がりでしかないこともミゲルにはわかっている。
「まぁ、それもついてからだな。着艦するぞ」
 何も心配しなくていいから、と付け加えると、ミゲルは機体をハッチの中へと滑り込ませていった。