「はい……それを確認させてください。もし彼だとしたら……本人だけでなくご両親も地球軍に利用される可能性が……」
 エマージェンシーコールに通信をいれてきたクルーゼにミゲルは事情を説明する。
『確かにそれは避けたい状況だな。わかった。任せる。我々の中で確実に彼らの顔を知っているのは君だけだからな』
 クルーゼが意外なほどあっさりと許可を与えたのは、それだけ問題の人物達が重要だからだ。
「了解しました」
 これ以上の通信はいくら秘匿回線とはいえ地球軍に傍受される可能性がある。ミゲルはその一言と共に会話を終わらせた。
「さて……どこにいるか……」
 あのあと、シフトダウンしたようだからそう遠くには行っていないだろう。それよりも問題なのは、地球軍の増援が来る前に見つけられるかどうかだ。
「考えてみれば、カトー教授のラボが近くだったっけな」
 あいつらがここいらをうろちょろしていたのはそのせいか、とミゲルはようやく納得をする。
「……もう一つ問題があったな。地球軍の奴らが、あいつがコーディネイターだと知ってあれに乗せたのかどうかという問題が……」
 気づいていないならいい。だが、気づいているのであればかなり状況は厄介だ。それ以上にキラの正体を知れば、間違いなく地球軍はあいつを手放さないだろうと呟きながら、ミゲルは立ち上がった。
 その彼の耳に、かすかに怒鳴り合う声が聞こえてくる。
 気配を殺しながらその声の方向へと進めば、次第に会話の内容が明確に聞き取れるようになってきた。
「……厄介なことになっているな、やはり……」
 どうして、地球軍の奴らはみんな馬鹿なんだ、とミゲルは心の中で毒づく。そして、どのタイミングで出るのがいいのかを本気で考えながら目の前の光景を冷静な瞳で見つめていた。
「その機体から離れなさい!」
 言葉とともに地球軍の女性士官は再び少年達に銃口を向けた。
「な、何をするんです?! やめてください! 彼らなんですよ、気絶している貴方を下ろしてくれたのは!」
 キラは咄嗟に彼女を止めようと叫ぶ。だが、そんなキラの言葉すら彼女はあっさりと否定をした。
「助けて貰ったことには感謝します。でもあれは軍の最高機密よ。民間人が触れていいものではないわ」
 そう言いながら、彼女は全員に集まるように身振りで命令をする。
「一人ずつ名前を」
 銃口を向けられていては逆らうことが出来ない。仕方がないというようにキラ達は一人ずつ名前を口にする。
 キラが名乗ったとき、一瞬だけ彼女の表情が変わった。もっとも、直ぐにそれはかき消されたが。
 だが、そんな彼女の態度にキラだけではなく全員が怒りを感じ始めていたのは言うまでもないだろう。
 だが、これはまだ序の口だった。
「申し訳ないけど、あなた達をこのまま解散させるわけにはいかなくなりました。しかるべき所と連絡が取れ、処置が決定するまで私と行動をともにして頂かざるを得ません」
 その言葉の裏に隠されている意図に彼らは気づいていないだろう。
 いや、キラだけは気づいているかもしれない。だが、それを口にすることはできないはず、とミゲルは思う。
「冗談じゃねぇよ! 何だよ、そりゃ!」
「僕たちはヘリオポリスの民間人ですよ? 中立です! 軍とかなんとか、そんなの何の関係もないんです」
「そーだよ! だいたい、何で地球軍がヘリオポリスにいるわけさ! そっからしておかしいじゃねぇかよ!」
 彼らの言葉を遮るかのように、彼女はまた銃を発砲する。
「黙りなさい! 何も知らない子供が。中立だと関係ないと言ってさえいれば、今でもまだ無関係でいられる。まさかそう思っているわけじゃないでしょう? ここに地球軍の重要機密があり、あなた達はそれを見た。それがあなた達の現実です。乱暴でも何でも戦争しているんです。プラントと地球。コーディネイターとナチュラル。あなた方の外の世界は!」
 彼女の主張はある意味正しいのだろう。
 だが、キラたちにとってはどうか……と言われると、否としか言いようがない。
 彼女は気づいていないかもしれないが――父親の存在は知っていても、その息子についてまでは情報が回っていないだろう――キラはコーディネイターであり、友人達はナチュラルだ。だからといって、お互いを憎んでいるわけではない。むしろ逆だと言っていい。
「それがどうしたと言うんですか」
 キラが低い声で反論をし始める。
「確かに、外の世界ではそうかもしれない。でも、ここはあくまでもオーブ所属のコロニーです。オーブは中立。そして、ナチュラルとコーディネイターは対立なんかしていない! あなた方の主張だけ押しつけないでください!」
 きっぱりと言い切るキラに、友人達も同意を示す。だが、それを彼女は認めようとはしない。いや、地球軍という立場上、できないと言うべきなのか。
「それはあなた方が子供で、現実を知らないからでしょう!」
 地球軍の奴らは本当に……とミゲルは心の中で悪態を付く。そして、そのまま気取られないようにそうっと動き始めた。
「現実を知らねぇのはあんたの方じゃないかよ! 俺たちの気持ちまで、勝手に決めつけるな!」
 トールがそう叫ぶ。そんな彼に彼女が銃口を向けた。
「黙りなさい!」
 その時だった。彼女の背後にミゲルは辿り着く。そしてそのまま遠慮なく銃口を押し当てる。
「黙るのは貴方の方だと思うが? だから、地球軍は馬鹿だって言うんだよ」
 冷たい口調でミゲルは宣言をした。その瞬間、キラ達は驚いたような表情を作る。
「……ミゲル……さん?」
 彼がどうしてここに……とキラ達は言外に告げてきた。そんな彼らに一瞬だけ微笑みを向けると、ミゲルは表情を引き締める。今は彼らに事情を説明するよりも、目の前の相手をどうにかする方が優先だろうと判断したのだ。
「中立であるオーブでは、コーディネイターとナチュラルが友人だって言う現実があるんだよ。それすら認められない地球軍が、勝手なことを抜かすんじゃない。第一、その子らは民間人で、まだ庇護されるべき存在だ。そんな彼らに銃を向けて思い通りにする。それこそ独善じゃないのか?」
 それが理解できないから、こんな戦争を引き起こす結果になったんだろうが……とミゲルは冷たい口調で告げる。
「……ともかく、貴方は拘束させて頂く……キラ達は……避難しろ……と言いたいところだが、キラだけは残ってくれ。お前はここにいない方がいい。こいつがここにいると言うことは他にも地球軍がいるんだろうし……第一世代だとはいえ、コーディネイターのお前が何をされるか、わからないからな……ザフトが攻撃をしてしまった以上……」
 同じコーディネイターであるキラに憎悪がぶつけられるのは目に見えている。
 だが、ザフトに行ってもキラが安全なのか……とトール達は悩んでいるらしい事はその表情からも伝わってきた。それだけ彼らがキラを大切に思っていると言うことも。
「心配するな。ちゃんと俺がキラを守ってやるから」
 だから、心配するなとミゲルは微笑む。
「安全だと確認できたら、お前らにも連絡を入れてやるよ。IDは変わっていないんだろう?」
 ミゲルの言葉に、サイ達は即座に頷いた。
「頼むから、俺を信用してくれって」
 な、と付け加えるミゲルに、
「本当に、キラのことをお願いしてもいいんですね? 戦争に巻き込まないって約束してくれますか?」
 ミリアリアが意を決したという表情で問いかける。
「もちろんだって。こいつの性格じゃ、人を殺すことができるわけないからな」
 ミゲルのこの言葉で、どうやら彼らは納得したらしい。
「お願いします」
 彼らは一斉に頭を下げる。
「……みんな……」
 そんな彼らの行動に、キラは困ったような表情を作っていた……