ゆっくりと大きくなっていくプラントの光景に、キラ達は言葉も出せないらしい。だが、ふっと視線を向けた先にある艦を見てキラは眉を寄せた。
「どうした?」
 一応、彼らの面倒を見るという名目で側にいたミゲルが、その表情にこう問いかける。
 その声が耳に届いたのだろう。キラがゆっくりと振り返った。
「……何で……あんなにたくさん船が……」
 キラの頬が引きつっている。いや、キラだけではない。トールやミリアリアの表情もこわばっていた。
「……お前らに興味があるから……かな、やっぱり……」
 しかし、これほどとは思わなかった、とミゲルは心の中で呟く。同時に、自分たちの上司が一体どこまで情報を流したのだろうか、とも思う。
「……どこか、隠れたい……」
 ぼそっと呟くキラに、他の二人も同意だというように頷いている。
「大丈夫だって……お前らがマスコミに顔を出すのは本国に着いてから、ただ一度だけ。ちゃんとその条件で妥協した。あれは……多分アスラン相手だな」
 よくよく船団を見ていたミゲルが、笑いと共にいきなりこう言い出す。
「アスラン?」
 一体どうして、と言うようにキラが小首をかしげている。
「キラも理由を知らないのか?」
 脇から口を挟んでくるトールに、キラは素直に頷いて見せた。
「……アスランの、親同士が決めた婚約者って言うのが、プラントのアイドルだからだよ。多分、あの先頭の船に乗っているんじゃないのかな?」
 マスコミ的にはおいしいだろうしな……とミゲルが説明してやれば、キラは何かを考え込むような表情で『ふ〜ん』と呟いている。その表情は可愛らしいと言えるのだろうが、同時に彼を知っている者たちにとっては危険信号でもあった。
「キラ?」
「その口で、僕にあんな事言ったんだ」
 にっこりと微笑みながら口にしたセリフに今までの鬱憤が込められているような気がするのは彼らの気のせいだろうか。
「あくまでも、親同士が決めた間からだって本人は主張しているぞ」
 そんなことでせっかく再会できた親友同士の仲を壊しては申し訳ないと――と言うよりはアスランが怖いと言うべきか――と判断してミゲルは一応フォローの言葉を口にした。
「……そう言えば、アスランの家ってプラントでは名門なんだよね……他のみんなもそうだって言ってたっけ」
 何か世界が違うよね……とキラが言えば、他の二人も同意を示すように頷いている。
「まぁな。だからといってどうもしないだろう? キラが好きなのは『アスラン』本人で、ザラ家の嫡男じゃないんだから」
 気にしなくていい、とミゲルは笑った。
「でないと、とんでもないことをされるぞ、あいつらに」
 豪華なプレゼントを毎日送りつけられるとか、いきなり拉致されてパーティーに引っ張り出されるとか、コンサートに呼び出されるというパターンもあったな、とミゲルは指折り数える。全て自分がアカデミーを卒業したばかりのアスラン達に一線を引いた瞬間行われた『嫌がらせ』だ。
「……さすがに、トリィをカートン単位で送りつけられるのはパスしたいかな……」
 そこまでは行かなくてもにたような経験があるらしいキラが苦笑混じりにこう言い返してくる。
「アスランさんの婚約者ってどんな人なんだろうね」
 その場の雰囲気を変えようと言うのか。ミリアリアがこんなセリフを口にした。
「アイドルって……可愛いわけ?」
 トールまでがそれに追随をする。
「可愛いって言うのか……ほっとできるタイプだな。どこかキラに似ているぞ、雰囲気が」
 ふわっとしていて、見ているだけで和める……とミゲルが言えば、本人以外の二人は納得できたというように頷いた。もっとも、本人は違う。
「何だよ、それ」
 僕は男だってば、とある意味聞き慣れたセリフでキラが抗議の声を上げる。
「女の子に似ているなんて言われて、嬉しいわけないだろう?」
 その主張はもっともなものなのだが……キラが言うとどうしてこうもしっくり来ないのだろうか、とミゲルは思ってしまう。
「だから、容貌の話じゃなくて、身にまとっている雰囲気だって」
 キラの側ってほっとできるんだよな……と笑いながらミゲルはとりあえずその細い体を抱きしめる。
「うわっ!」
 まさかこういう反撃に遭うとは思っていなかったのだろう。キラが驚愕の声を上げた。
「何て言うか、こういう風に抱きしめたくなるんだよな」
 本当に可愛い、と頬擦りをすればキラが嫌がって逃げ出そうとする。そんな二人を見てトール達が無責任に笑い声を立てていた。
「楽しそうだな」
 そこにクルーゼが入ってくる。その背後にはアスラン達の姿もあった。
「げっ!」
 ミゲルが慌ててキラを手放して敬礼をしようとする。
「かまわん。それよりも、彼らの方が心配だったのだが……大丈夫なようだな」
 目の前の状況に、と付け加えられてキラ達は思わず苦笑を浮かべてしまった。実際、さっきまでは緊張と不安でいっぱいだったのだ、彼らは。ミゲルのおかげでそれが薄れたのは事実だろう。
「本国に着いたら、一度、評議会の方へ行って貰うことになる。その後で、簡単な会見をして貰わなければならないが……その場にはミゲルとアスランをつけるから、答えられないときは彼らに振ってくれてかまわないよ」
 できれば自分も立ち会いたいのだが、難しそうだ……とクルーゼは苦笑混じりに付け加える。
「あっ、はい……」
 また緊張が蘇ったのだろうか。ミゲルの腕の中でキラの体が少しこわばった。同時に、他の二人も助けを求めるかのようにミゲルに寄り添ってくる。
「心配しなくていいって。面倒くさくなったら、軍の機密だとでも言っておけ」
「でなければ、適当に誤魔化すから……ね、キラ」
 大丈夫、とにこやかにとんでもないことを口にするアスランに、キラは困ったような苦笑を浮かべて見せた。
「その後は、三人一緒に家に来ればいい。彼らがオーブに戻るまで少し期間があるし……俺も休暇だからね」
 こう付け加えたのは間違いなくキラから離れたくないと言うアスランの主張だったのだろう。しかし、
「……ミゲルの家って、僕たちが転がり込むのには狭いの?」
 キラの口から出たのはこんなセリフだった。
「三人ぐらいなら増えてもかまわんぞ」
「なら、ミゲルの家の方がいいんだけど……」
「気兼ねしなくてすみそうだし」
「家事なら私がするから」
 ミゲルの返答に即座に三人がこう口にする。
「キラ?」
 もちろん、アスランにしてみればおもしろくない。少し怒ったような口調でキラの名を呼べば、
「だって……大きい家だと、絶対迷子になる……」
 小さな声でこう言い返す。
「それは……切実な問題だよな、うん。探しに行く手間を考えれば、迷わない広さの家がいいか」
 まじめな口調でミゲルが頷くのと同時に、その場に笑いが満ちあふれた。