なんだかんだと言って、キラはそのままミゲルの家に居着いてしまった。
 もっとも、それが嫌なわけではないし、キラ一人ぐらいなら養っていけるとミゲルは思っていたが。
「しかし、この光景は予想範囲外だぞ」
 トールやミリアリアはいて当然だ。クルーゼ隊の他の4人も妥協範囲だろう。しかし、ここにどうしてラクスまでいるのか、とミゲルは頭を抱えたくなる。
 それでも、ラクスがキラを気に入ってくれたのはいい傾向だと思うが。
 自分たちはもうじき、キラをおいていかなければならない。
 仲がいいトール達も同様だ。
 と言うより、自分たちが彼らの護衛――と言っては多少語弊があるかもしれない――につくような形でまた出撃をするんだよな、とミゲルはため息をつく。せめてタイミングがずれてくれればまだフォローのしようもあるのだが、と。
「それでも、あの様子ならラクス様にキラを任せてもいいのかな?」
 あれだけ気に入られたのなら、彼女がキラをあらゆる者から守ってくれるのではないだろうか、と思う。そして、それだけの権力を彼女は持っているのだ。
「アスランは……かなり複雑そうだけどさ」
 仮にも婚約者と親友が仲がいいのだ。本人としては複雑なのではないだろうか。だが、あの二人を見ているとどうしてもそちらの方に考えがいかない。どう見ても仲がよい姉弟としか思えない光景に、ミゲルは苦笑を浮かべる。
「考えてみれば、キラの方が年上なんだよな」
 アスランと同じ年なのだから……と思うのだが、目の前の二人を見ているとそうは思えないのだ。
「家には、ピンクちゃんの他にネイビーちゃんやイエローちゃんもおりますわ。是非とも遊びに来てくださいませね」
「……って、アスラン、そんなに作ったの?」
 ラクスの言葉に、キラが親友の顔を覗き込みながら問いかけている。
「作ったなんてもんじゃないよな。俺が知っているだけでも、寮やヴェサリウスにあれこれ持ち込んで作ってたはずだぞ」
 さりげなく視線をそらすアスランを見て、ミゲルはからかうように口を挟んだ。
「……アスラン?」
 あきれたように口にするキラに、
「何か、軍隊じゃないみたいだ……」
 トールのこんな声が被さる。
「気にしなくていいですよ。任務さえきちんとこなせば、多少のことは大目に見てもらえるんです。僕もよく作曲とかしていますし……ディアッカやイザークも趣味で時間をつぶしてしますしね」
 にっこりと微笑みながらニコルがフォローの言葉を口にした。
「趣味、ですか?」
 どこか興味津々と言った様子でミリアリアが聞き返す。
「イザークは考古学に興味があるんだそうですよ。だから、皆さんにもあれこれお聞きしていたともいますが」
 その言葉に、キラを筆頭にしたオーブ組が大きく頷いた。中でも『日本』を遠い祖国に持つキラはイザークにあれこれ質問攻めに合っていたのだ。そうではないかと予測していた節がある。
「ディアッカさんは?」
 趣味は何なんですか、とトールが問いかける。
「……日舞……」
 このメンバーの中で一番意外な――と言っていいのだろうか――趣味の持ち主は彼だったりする。まさか、と言うように目を丸くしているキラ達に、ディアッカが苦笑混じりに頷いていた。
「なら……母さんと話が合うかも」
 直ぐに思い直したらしいキラが言葉を口にする。
「あぁ……おばさまは名取りだったっけ」
「うん」
 幼なじみがそれを覚えていてくれたことが嬉しいのだろう。キラは微笑みを浮かべていた。
「それは是非ともお会いしないとな」
 ディアッカの方も『名取り』のセリフで興味を感じたのだろう。こう声をかけている。
「……戦争が終わってからなら……」
 だが、キラの口から出たのはこんなセリフだった。しゅんっとなった彼の様子に、周囲から刺を含んだ視線がディアッカに向けられる。
「悪かった……お詫びに、一日でも早く終わらせてやるよ、こんなくだらない戦争」
 それに慌てて彼はこういった。同時に、キラの髪を優しく撫でてやる。
「うん……そうすれば他のみんなにも、また自由に会えるもんね……」
 何とか浮かべた、とわかる微笑みを口元に張り付かせながらキラが言い返す。
「大丈夫だって。オーブは中立だし……あいつらがオーブや本国に何かをする前に終わらせてやるから」
 ディアッカをフォローするのは不本意だが、と言う様子でアスランも頷いてみせる。
「そうですよ。せっかくトールさんやミリアリアさんとも親しくさせて頂いたんですから、これで終わりにしたくありません」
 ニコルも微笑みながら、言葉を口にした。
「地球軍の馬鹿共はともかく、お前のご両親や、こいつらの話は聞く価値があると思うからな」
 イザークも彼らしい言葉で同意を示す。
「と言うわけだから、お前は安心してここにいればいい。多分、ラクス様が面倒を見てくださるはずだしな」
 お前ぐらいはちゃんと養ってやるって……とミゲルも口を挟んだ。それに、ようやくキラはどこか安堵したような表情に変わる。
「うん……信用している」
 そして、こう呟く。その後に続けるように、
「キラ様のことはお任せくださいませね。ちゃんとご面倒を見させて頂きますわ」
 ラクスも頷いて見せた。
「何なら、家に来てくださってもかまいませんのよ?」
 しかし、このセリフには全員、苦笑を禁じ得ない。
「……だって、ラクスもお仕事があるんだろうし……」
「そうですが……アスラン達のようにそう何日も家を空けるようなことはありませんわ。それに、キラ様でしたら父の話し相手になって頂けそうですもの」
 微笑みながらこういうラクスに、キラは助けを求めるかのように周囲を見回す。その視線がミゲルの上で止まったときだった。
「……そう言えば、ミゲルに歌って貰ってない!」
 不意に思い出したというようにキラがこう呟く。
「そう言えば……歌ってくれるって船の中で約束したよな」
「私もそう聞いたわ」
 何でこの場で、と思うのだが、オコサマ達には通用しないらしい。期待に満ちた瞳をミゲルへと向けてきている。
「お前らなぁ……ラクス様がいるって言うのに……」
 そう言う話を持ちだすか、とミゲルは思わず頭を抱えたくなった。
「よろしいではありませんか。私もミゲルさまの歌をお聴きしたいですわ」
 そんなミゲルにとどめを刺すかのようにラクスがこう言う。
「……本当に……明日帰る連中のために、だからな」
 仕方がないというようにこういうと、ミゲルは立ち上がる。  そして、オーブからプラントに戻ってきた頃に作った曲を口ずさみ始めた……

 それから1年と経たないうちに、ミゲルはまた彼らの前で歌うはめになった。もちろん、それを企画したのはトール達である。
「だって、俺たちだけ聞いていないんだよ」
 と言うのが、共同企画者であるサイの言い分だった。
「だからといってだなぁ……」
 もっとも、すんなりと本人が認めたわけではない。
「いいじゃない。戦争が終わったんだし……ミゲル、歌うの好きでしょう?」
 だが、キラのこの言葉と、その背後に佇むアスラン達の無言の圧力に押し切られた状況だと言うのが正しいのか。
「わかったよ……今回限りだぞ」
 俺だってあいつらにまた敢えて嬉しいんだから……と付け加えたミゲルへの報酬は、キラが送ってくれたかすめるだけのキスだった……

END