プラント本国までもう一息……と言うところまで辿り着いたときだった。
「まさか彼らが同じ年代とはいえ、ナチュラル相手に笑顔を浮かべるとは思わなかったよ」
 アデスが複雑な笑みを漏らしながらこう口にしているのがミゲルの耳に届く。
「いいではないか。これで、民間人まで憎むなどと言うことはあるまい」
 ついでに、侮蔑の感情も少々薄れてくれればいいのだが……とクルーゼは付け加える。
「そうですな」
 戦後のことを考えれば、いつまでもそれを持っているわけには行かないだろう。だが、他人がどうこう言ったところでどうなるものでもないのは事実だ。  それを彼らの存在が解消してくれた。
「彼らには感謝すべきなのだろうな」
 お互いの種族にまったくこだわりがないキラとトール達。
 特にミリアリアの存在がヴェサリウスの乗組員――特に独身の者たち――に強い影響を持っていたのは言うまでもないであろう。
「あいつらが特別だ、というのは事実ですけどね」
 ミゲルが苦笑と共に口を挟む。
「それ以前に、キラの存在があったから……と言うことは否定できませんし。あいつ自身がまず他人を区別しませんから」
 人のいいところだけを見ようとしている。だから、他の者も同じようにキラのいいところだけを探そうとするのだろう。そんな彼らの関係を初めて見たとき、ミゲル自身驚いたのだ。コーディネイターとナチュラルの間にこんな穏やかな関係が築けるのかと。
「……それは……我々も気をつけなければなるまい。連合はともかく、オーブに関してはな」
 自分たちに友好であろうとしてくれている人々まで敵に回す必要はないだろうと。
「それにしても、あの光景はなかなか人々の目を惹くとは思わないか?」
 自分たちの理想。
 それを次代を担う子供達が既に実践している。
 と言うことは、悪いのは地球軍の上層部とブルーコスモスというテロ集団だけだ。
 そう言うマスコミ操作ができるだろう……とクルーゼは笑う。
「だといいんですけどね」
 まぁ、強硬派あたりが難癖をつけそうな気がする、とミゲルは心の中で付け加えた。それでも彼らに危害だけは加えられないだろうとは思っていたが。
「案ずるな。彼らの身柄を保証する事は私にもできるからな」
 ミゲルの内心を読みとったかのようにクルーゼが言葉を口にした。
「それでなくとも、彼らがそれぞれのご両親に働きかけるだろうがな」
 クルーゼ隊にいるミゲル以外のGのパイロットは皆、それなりの名門と呼ばれる家の出身だ。彼らが両親に頼めば、ナチュラルとは言えそれなりの待遇をミリアリアとトールは得ることができるだろう。
「それはわかっていますが……あいつらのことだ。あまり目立ちたいとは考えていないと認識していますが」
 そう言う奥ゆかしさが、あるいはお互いが上手く付き合っていく秘訣なのかもしれない。特に、コーディネイターであるキラがそう言う性格だ、と言うのが大きいとミゲルは思っている。
「それについては妥協して貰おう。プラントとオーブの友好のためだ、と言うことでな」
 任せた、と、クルーゼがミゲルの肩を叩く。
「結局俺ですか」
 人選としては妥当なのだろうが、説得する手間を考えれば他の誰かに押しつけたい、と言うのがミゲルの本音だ。
「君が一番信頼されているだろう」
 アデスが楽しげにこう告げる。
「がんばるのだな。我々は顔を見せぬ方が良さそうだし」
 クルーゼが楽しげな笑いを漏らしながらその場を後にした。その後を当然のようにアデスが追いかけていく。
「ったく……マジで楽しんでるな、あの人は」
 俺が困るのを……とミゲルは盛大にため息をついた。だが、このまま放っておくわけにもいかないのは事実だ。
「……仕方がないな……」
 一応話だけはしておくか……と言いながら、ミゲルは少年達が集まっている談話室へと足を踏み入れた。
「ミゲル?」
 真っ先に彼の存在に気づいたのはキラだった。ふわっと笑みを浮かべると呼びかけてくる。
「お仕事、ご苦労様」
 そんなキラに続いてミリアリアが同じように微笑んだ。その瞬間、どこからともなくざわめきが起こったのはミゲルの気のせいだろうか。
「って言うか……厄介事を押しつけられただけ……という気もしないではないんだが……」
 小さくため息をつきつつ、ミゲルは周囲の様子を確認する。
「……ミゲルが言う厄介事ねぇ……ろくな事じゃないような気がするんだが……」
 聞かない方が身のためかも……と笑っているのはトールだった。
「トールったら」
 言い過ぎでしょうと、ミリアリアが言い返すが、
「いや。その可能性は否定できないと思うよ」
 トールをかばうかのようにアスランが苦笑を浮かべている。
「人当たりがいいですから、ミゲルは。気がつくと退っ引きならない状況になっていることもよくありますよ」
 アスランをフォローするかのようにニコルもこう言った。
「……お前らなぁ……」
 ここぞとばかりに好き勝手いいやがって……とミゲルはため息をつく。だが、それもまた自分の役目である以上仕方がないだろうと思っている。
「まぁいい。お前ら相手じゃないからな、今回は……」
「と言うことは……キラ達か」
 珍しくもイザークが気の毒そうに言葉を口にした。それを耳にした瞬間、三人が不安そうな表情でミゲルを見つめてくる。
「心配するな。別段、お前らをどうこうするわけじゃない。ただな……ちょーっとマスコミに話をして貰わないといけないかもしれないと、隊長が」
 一種の宣伝活動だな……と付け加えた瞬間、キラが助けを求めるようにアスランに視線を向けた。
「……無理だよ、そんなの……」
「私もパスしちゃダメかな」
「右に同文」
 三人が予想通りのセリフを口にする。
「気持ちはわかるんだが……コーディネイターとナチュラルの垣根を越えた友情って言うのはプラントにとっても希望だし……地球軍が中立国で何をしたのかを、説明して欲しい……それができるのはお前らだけだからな」
 それだけで解放して貰えるよう、隊長に頼んでやるから……とミゲルは付け加えた。
「……でも……」
「キラ……俺も付き合うから……」
 さすがに国防委員長の息子、と言うべきなのだろうか。アスランはその有効性に気づいて、キラを説得しにかかる。
「それに、いざとなったら隊長が全ての質問をチェックしてくれるさ。お前らが余計な受け答えをしなくてすむようにしてやればいいんだろう?」
 一度だけなら妥協してやれ、とディアッカも口にした。
「……一度だけなら……」
「まぁ……助けて貰ったしね」
 渋々といった様子でキラとミリアリアが頷きあう。その事実にミゲル達がほっと胸をなで下ろしかけたときだ。
「だけどさ……俺たちはオーブに戻るからいいけど……キラは大丈夫なのか? プラントに残るんだろう?」
 しかし、トールのこの疑問がキラを再び拒絶へと向かわせる。
「やっぱり、やだ!」
 キラがこういった瞬間、
「そう言うな、キラ……ちゃんとフォローしてやるから」
「ザラ家にいれば大丈夫だから、な?」
「何なら、ジュール家でもかまわんぞ」
「それなら、家だって」
「俺の所、と言う可能性もあるぞ」
 五人の口から即座にこんなセリフが飛び出す。さすがに五人がかりではキラにも勝ち目はなかったらしい。最終的には渋々認めたのだった。