「ミゲルです」
 クルーゼの部屋の前に設置されているインターフォンを操作して、入室の許可を求める。
『入れ』
 許可を耳にしてから、ミゲルはドアを開く。そして、そのままクルーゼの元へと歩み寄ろうとしたのだが……
「ミゲル!」
 それよりも早く小さな体が左右から飛びついてきた。
「……ミリアリア? それにトールか。お前らだけか?」
 この問いかけに、二人は素直に首を縦に振ってみせる。
「あの後、サイとカズイは直ぐにヘリオポリスを離れたし……俺たちは次のシャトルで本国に帰る予定だったんだけど……あいつらが」
「キラは? 私達のせいで悲しんでない?」
 どうやら自分の顔を見たことでほっとしたのだろう。二人は口々に言葉を発している。それはミゲルが口を挟む隙を見いだせないほどだった。
「とりあえず落ち着け。お前らのことはまだ、キラには教えていないんだって」
 な、と言いながら、ミゲルは二人の頭をぽんぽんと叩く。
「教えてない?」
 トールが不審そうな表情でミゲルの顔を見上げてきた。
「その前にちょっとあれこれあってな。安定剤を飲ませて眠らせたからさ。教えている暇がなかったって言う方が正しいんだけどな」
 だから、できるならお前達も口裏合わせてくれ、とミゲルは苦笑と共に告げる。
「……わかりました」
「キラの性格だと、絶対、飛び出しますね」
 自分たちがここに保護されたとは言え、まだサイたちの存在がある。彼らを地球軍がどうこうしないとは言い切れないのだ。そのくらいなら、自分が……と思うのがキラである。
「そう言うことだ。まぁ、避難の時に保護されたとかなんかと言っておいてくれ」
 十分いいわけになるはずだ、とミゲルが口にしたときだった。
「相談は終わったかね?」
 興味深げに自分たちを見つめていたクルーゼがこう声をかけてくる。
「申し訳ありませんでした、隊長。勝手に話を進めまして」
 素直にミゲルが謝罪の言葉を口にした。
「いやいい。なかなか良いものを見せてもらえたからね」
 くくっと笑いを漏らしながらクルーゼがこう言い返す。その言葉が表面上の意味しか持っていないなど、この場にいるコーディネイター達は誰も思っていないだろう。
「あの……」
 だが、ナチュラルである彼らは違う。どこかためらうように口を開きかけては閉じた。だが、お互いの顔を見合わせると直ぐに頷きあう。
「助けて頂いてありがとうございます」
 そしてクルーゼ達の方向へ向き直ると頭を下げた。
「これが俺たちのためではないとわかっていますけど……でも、助けていただいたのは事実ですし、またミゲルやキラに会えたのも事実ですから」
 きっぱりと言い切る二人の様子に、クルーゼはある意味感心したらしい。彼にしては珍しい微笑みを口元に刻んでいる。
「気にすることはない。確かに、我々が君たちを助け出したのは、オーブに対するデモンストレーション……という意味合いもある。が、それ以上に、コーディネイターとナチュラルという垣根を越えた君たちのつながりが我々にとっても重要だと思ってのことだ。どうやら君たちは、キラ君のことを地球軍には一言も話さなかったようだしね」
 かなり執拗に聞かれただろうに、と告げられて、トールとミリアリアは顔を見合わせる。
「だって……ねぇ」
「あれに乗り込んだヘリオポリス在住の二十代のコーディネイターの男なんて、俺たち知りませんから」
 どこで情報がすれ違ったんだろうな、とトールは苦笑を浮かべた。
「……あの時か」
 思い当たる節があるミゲルは小さくため息をついてみせる。
「ミゲル?」
 それまで黙っていたアスランが不審そうに声をかけてきた。その言葉の裏にかすかに嫉妬に似た感情が感じられるのは、間違いなくアスランの若さのせいだろう。
「ストライクのOSのチェックをしていたとき、あちらから通信が入ったんだよ。とっさに切ったものの、声を拾われた可能性はあるな」
 それで間違えられたか、と言うミゲルに、アスランは首を横に振ってみせる。
「じゃなくて……どうして、彼らが『キラ』を誘い出すための人質だって判断したのか……その理由を教えて欲しいんだが?」
 何か自分たちに隠しているだろうと言われて、ミゲルは思わず視線を泳がせた。そして、最終的には救いを求めるようにクルーゼへとそれは辿り着く。
「どうして、そう思ったのかね、アスラン?」
 クルーゼがこう問いかけた。
「最初に……ストライクが起動したとき、ミゲルは自分のジンに搭乗していました。従って、ストライクの操縦を彼ができる訳ありません。まして、地球軍の女性士官があれを操縦してミゲルのジンを撃破したなんて、とうてい考えられるわけがありません。せめて、あのエンデュミオンの鷹であれば話は違いますが……となれば、考えられる可能性は一つしかないだろうし……キラの才能を考えれば、十分可能だ、と判断したからです」
 だが、それを本人に確認できる精神状態ではなかったから、敢えて口にしなかったのだ、とアスランは付け加える。
「……さすがは幼なじみ……と言うべきなのかな、この場合……彼は、そこにいる彼らを守るためにあれのOSを書き換え、ミゲルと戦ったそうだよ。もっとも、もう二度とできないだろう、と本人も認めている。そして、私もあれは突発的な事故だった、と上層部には報告してある。ミゲルに口外しないように告げたのは、彼が『第一世代』だからだ」
 第一世代の子供。
 周囲から強制して戦闘に巻き込んではいけない存在。
 それが、少なくともザフトでの不文律であることはアスラン達も承知していたらしい。
「……そう、ですか……わかりました」
 このことは自分たちの胸の中だけに納めておきます、と言うアスランに同意をするように他の三人も頷いてみせる。
「だから大丈夫だと言っただろう? あれがキラの幼なじみだ。あいつがいる限り、意地でもキラを危険にはさらさないって」
 そして、戦場に引き戻すこともないだろう、と口にしながらミゲルはトールたちの頭に手を置く。
「君たちの処遇だが……本国を通じてオーブには連絡を入れてある。申し訳ないが、キラ君と共にいったん本国へ行って貰うことになるな。そこから、ザフトの勢力圏内を通ってオーブへと向かって貰う手はずになっている。その間の安全は確保させて貰う。安心してくれてかまわないよ。ただ、艦内での行動は制限させて貰うことになるが」
 それに関しては妥協してくれ、と告げるクルーゼに、二人は仕方がないというように微笑んでみせる。
「わかっています」
「俺たちは、所詮ナチュラルですから」
 閉じこめられないだけマシです、と付け加えたトールの言葉に、さりげなくイザークが視線をそらす。どうやら、そうしろと主張していたらしい、とミゲルは判断をした。
「と言うわけで、ミゲル」
「キラの所に連れて行って……ついでに面倒を見ていればいいのですね?」
 三人まとめて、と言うミゲルに、クルーゼは頷く。
「彼らにとってもその方が安心できるだろう」
 違うかと言われて、オコサマ二人組は曖昧な微笑みを浮かべている。どうやら図星だったらしい。
「お前達にはまだ話がある」
 クルーゼの視線がアスラン達へと向けられた。それを確認して、ミゲルは二人を手招くとそのまま部屋を後にする。
「……わかっていると思うが……」
「キラに、余計なことを言うな……ですね?」
「もちろんです」
 通路に出た瞬間、ミゲルが告げた言葉に、二人は黙って頷く。
「本当、素直でいい子だよなぁ、お前らは」
 そんな彼らの頭をミゲルは遠慮なく撫でてやった。