「……お帰りなさい……」
 クルーゼへの報告を終え、部屋に戻ると同時にキラの声が飛んできた。
「あっ……あぁ」
 そう言いながら視線を向ければ、その瞳には不安が色濃く映し出されているのがわかった。
「ただいま。誰も怪我してないから安心しろ」
 ちょーっと手間取っちまったがな、と明るい口調で言いながら、ミゲルはキラの側へと歩み寄っていく。そしてその髪にそうっと手を置いた。
「やっぱ、お前に戦場暮らしは無理か」
 戦闘が始まるたびにそんなに不安を感じているなら……とミゲルは付け加える。
「……どこに行っても同じだと思う……」
 知り合いが戦っているのなら……とキラは告げた。知らないときならともかく、今はミゲル達が戦場にいることを知ってしまったから……と。
「だが、目の前で戦闘を行われるのと、情報だけしか与えられないのでは違うんじゃないのか?」
 戦場の中にいなければ、時折思い出すだけですむだろうし……といいながら、ミゲルはいつキラにあのことを教えるべきか、と悩む。
「それに、ご両親やあいつらのことはどうする? お前がザフトに入隊するなんて言い出したら、間違いなく悲しむぞ」
 その間にも口ではこう告げる。
「……それも、わかってる……ナチュラルとも戦いたくないのも事実だから……そのくらいなら、死んだ方がましだって」
 そう思うから、と告げる言葉に嘘はないだろう。だが、それは口に出して欲しくないセリフでもあった、
「お前なぁ……まぁいい。それ以上に厄介な問題があるから、今は追及しないでおいてやるよ」
 その内容に関しては敢えて口に出さない。
「……何かあったの?」
 キラが顔をしかめながらこう問いかけてきた。
「何かって……地球軍の新造艦を拿捕しただけだよ。これから中のチェックをしなきゃないって言うだけだ」
 何を隠しているか、わかったものじゃないからな……と付け加えた言葉の裏に何が隠されているのか、キラは気づいていないだろう……と言うより、気づかないで欲しいというのがミゲルの本心だった。
 と言っても、直ぐに事実を教えなければならないのだろうが、それは彼らと口裏を合わせてからでもいいだろうと思う。ともかく、今のキラに余計な心労は与えたくないと。
「と言うわけで、しばらく俺たちも忙しくなるから……誰も来なくても適当に飯を食っておけ、と言いに来たんだよ」
 それも仕事のうちだしな、といいながらミゲルはキラの頭を撫でてやる。
「……わかった……」
 お仕事だしね……とキラは呟くように口にした。それに自分が関わらない方がいいのだろうとも。
「心配するな。すぐ終わるから」
 パイロットである自分たちが付き合わなくてはならないことはそう多くないから、とミゲルは笑ってやる。それでキラはほんの少しだけ安心したような表情を作った。
「それに……多分本国まではこれ以上何も起きないだろうし」
 さらに安心させてやろうか、と言うようにミゲルはこう言葉を口にする。
「そうなの?」
「あぁ。あれ以外、周囲に地球軍の艦艇は見られないからな。ここから先はザフトの勢力圏内だし。当分は何も起こらないさ」
 だから、安心していろ……とミゲルが付け加えれば、ようやくキラはほっとしたような表情を作った。
「わかった……」
 それでも、まだどこか不安げなのは、アスラン達の顔を見ていないからだろうか。
「俺は時間が取れなくても、あいつらのうち誰かは直ぐに顔を出させるよ」
 だから、食事だけはちゃんと取っておけ……といいながらミゲルは手触りのいいキラの髪の毛を自分の手でかき乱す。
「僕だって……そこまで子供じゃありません」
 自分の体調ぐらい、自分でチェックできる、とキラは頬をふくらませる。
「わかってはいるけどな……お前、他の連中と話したがらないだろう?」
 キラが辛うじて会話を交わしているのは、自分たちGのパイロットとせいぜいクルーゼ――彼に関しては端末越しがほとんどだが――ぐらいなものだ。他の者たちにはどうしてもうち解けられないらしい。あるいは、彼らの多くがナチュラルに対する侮蔑を隠していないからかもしれない、とミゲルは判断している。
「……だって……僕は、ここではお荷物だし……」
 視線が怖い、とキラは素直に白状をした。
「……あいつらは……」
 仕方がないな、とミゲルは呟く。同時に、後でアスラン達と一緒に報復でもしてやろうかと思う程度には怒りを感じていた。もっとも、それを本人に告げるわけにはいかないだろうが。
「わかった。とりあえず注意はしておくよ。俺じゃ無理でも、隊長あたりが注意をしてくれるだろう」
 こんな事で相手を差別するような奴は最低だしな、と口にしながらも、ミゲルは同僚達の態度に少々怒りを感じていた。これがキラだからこの程度で済んでいるのだろうが、もし、それにあのメンバーが加わるとなるとさらにひどくなるのではないだろうか。
「……ごめんなさい……迷惑ばかりかけて……」
 そんなミゲルの沈黙をどう受け止めたのか。キラはこんなセリフを口にする。
「ば〜か」
 そう言えば、こういう奴だったよな、とミゲルはため息をつきながら、キラの頭をまたなで始めた。
「連れてきたのは俺。ついでに言えば、そう言う状況を作ってくれたのはあの連中。だから、お前が気にすることないって」
 な、といいながら、ミゲルが彼の顔を覗き込んだときだった。
 壁に付けられた端末から呼び出し音が室内に響く。
「ったく……少しぐらい休ませろよな」
 どこか名残惜しげな様子でキラの髪から手を放しつつ、ミゲルはこう呟いた。
「報告はちゃんと終わらせたろうが」
 こう言いながら、端末へと歩み寄っていく。
「はい? ミゲル・アイマンですが」
 どこか憮然とした表情で端末を操作しながらミゲルは言葉を返す。
『ミゲルか』
 次の瞬間、モニターに映ったのは彼の仮面の上司だった。
「何でしょうか」
『例の件で話がある。大至急、私の部屋へ』
 すまないな、と付け加えられてはミゲルにしても反論のしようがない。同時に、その言葉の裏にある意味を彼は的確に受け止めた。おそらくアスラン達があの艦からナチュラルの友人達を保護して来たのだろう。そして、キラに会わせる前に自分と話をさせようと判断したのではないだろうか。
「わかりました。直ぐに」
『すまないな』
 言葉と共にクルーゼは早々に通信を終わらせる。どうやら、いつまでも付き合っていられないと言うところか。それとも、別の何か理由があるのか。
「と言うわけで、もう少し付き合ってやるつもりだったんだがな」
「仕方がないよ……それがミゲルたちのお仕事なんだし……」
 キラが苦笑を浮かべながらこう告げる。
「終わったら、アスラン達も連れてきてやるよ」
 そうしたら、飯にするか……と付け加えれば、キラは小さく首を縦に振ってみせた。
「一人で行けるならそれでもかまわないがな」
「……いい、待っている」
 そんなキラの様子に微笑みを浮かべると、ミゲルはかるくその頭を撫でる。そして、部屋を後にした。