だが、これが予言となったのだろうか。
 ミゲルは口にしていた少年達と思わぬ再会をすることになる。
 もっとも、コーディネイターとはいえ神ならぬ身でそれを予測することはできなかったのだが……

「わかっていると思うが、極力民間人には被害を出すなよ!」
 陽動のための攻撃を開始する前、ミゲルは仲間達にこう声をかける。
「上層部はどうか知らないが、民間人はこの基地の存在すら知らないはずだ」
 それには、かつての知人達を傷つけたくないというミゲルの思いが含まれていた。あるいは、それを知っているからこそクルーゼは彼をこの一件の指揮官に任命したのかもしれない。
『わかっている。ナチュラルとは言え、民間人にまで手を出さないさ。ここはオーブ所属だしな』
 言外に、地球連合所属のコロニーであればどうなるかわからないが、と滲ませた声が返ってくる。それに関してはミゲルも同意だから、反論をする気はない。
「行くぞ! ザフトのために!」
『ザフトのために!』
 言葉と共にミゲルはジンを地球軍の秘密工場があると思われる一角へと向けた。
 着地をすると同時に、その場にいた者たちから攻撃を受ける。その身にまとっている軍服はオーブのラベンダーを基調としたそれではない。明らかに地球軍のものと思われるグレーのそれだった。
「貴様ら! よくも人が大切に思っている場所を土足で踏みにじってくれたな!」
 ミゲルは怒りにまかせて、ジンのライフルをそいつらに向けて発射する。
 それが全ての始まりになった。
 直ぐに激しい攻防があちらこちらで繰り広げられる。だが、ジンの装甲はミサイルと言った通常兵器ではダメージはないと言っていい――さすがに同じ箇所だけに集中されれば話は別だろうが、そんなことできる相手がそうそういるとは思えない――以上、勝ち目は見えていた。それでも時間を稼いでいるのは、奪取のために動いている者たちを少しでも楽にしようと思ってのことだ。
「とはいうものの……少々時間がかかりすぎていないか?」
 イザーク達のチームは先ほど奪取を終えガモフへと帰還した……と連絡が入っている。だが、アスランとラスティの隊からの連絡はない。
 あるいは……とミゲルは思う。
 何か不測の事態があったのだろうかと。
 その可能性は否定できないだろう。いくらコーディネイターとはいえ、実際に経験したことがない状況で何事も上手く行くわけがないのだ。そして『人間』である以上、怪我をすることもあれば死ぬこともある。
 そして、いくらエリートと呼ばれているとは言え、彼らは自分とは違ってこれが初陣だ。その可能性を否定できない、とミゲルは眉間のしわをさらに深めた。
「ったく……無能なナチュラル共が! 早々にあきらめろよ!」
 もちろん、ナチュラルの中にもコーディネイターに勝るとも劣らない人材がいることをミゲルは知っている。しかし、今自分たちを攻撃している者たちは命令だけに従う愚か者としか思えない。
「民間人にまで、被害を及ぼすんじゃないってぇの! 彼らの多くがナチュラルだろうが!」
 それとも、全ての責任を自分たちに押しつける気か、とミゲルは空に向かって毒づく。その可能性は大だろう。そして、あわよくばオーブを連合に引き込もうと動くのはないだろうか。
 そんなときだった。
 見慣れないグレーの機体が二機、目の前に現れる。
「……アスラン!」
 間違いなく、それは彼らだろうと思いつつ、ミゲルは呼びかけた。一瞬のためらいの後、
『ラスティは失敗だ』
 アスランのどこか苦々しげな声がミゲルの耳に届く。
「何!」
 では、もう一機に乗っているのは一体誰なのか。
『向こうの機体には……地球軍の士官が、乗っている』
 彼にしては珍しいためらいが感じられる。それが一体何なのか、ミゲルにもわからない。
 だが、あちらに乗っているのがナチュラルだとするのであれば、ジンでも何とかなるだろう。実際、かなり動きがおぼつかないようだし……とミゲルは咄嗟に判断をする。同時に、ラスティが目の前で殺されたのならアスランはかなり動揺しているはずだ。
「なら、あの機体は俺が捕獲する! お前はそいつを持って先に離脱しろ!」
 この叫びと共にミゲルはジンを目の前の機体に向かわせる。
 だが、アスランが移動を開始する気配はない。
 それをいぶかしむ余裕はミゲルにもなかった。
 サーベルを振りかぶると、機体の損傷を最小限にとどめる場所へと振り下ろす。それと同時に目の前の機体が鮮やかな色を身にまとった。
 振り落としたサーベルがあっさりとはじき飛ばされる。
 機体の装甲にまったく損傷がないという事実が、ミゲルを驚愕させた。
「こいつ……どうなっている!? こいつの装甲は!」
『こいつらはフェイズシフトの装甲を持つんだ! 展開されたらジンのサーベルなど通用しない』
 いくらか衝撃が抜けたのだろうか。それでもまだ動揺が感じられる声でアスランが説明をしてくる。だが、ここにいては機体を奪取した意味がないだろう。
「お前は早く離脱しろ! いつまでもうろうろするな」
 きつい言葉だが、本来の目的を考えれば仕方がない。後でフォローしてやればいいか、とミゲルは思う。
 その言葉が功を奏したのか、アスランはおとなしく戦場を離れていく。ただ、一瞬何か心残りがあると感じさせる表情をしたことだけが引っかかったが。
「それも後で確かめればいいか」
 ともかく、今は戦闘に集中しよう。ミゲルは意識を切り替える。
 サーベルが通用しないとなれば他の方法を探さなければならいだろう。正す悔いは、相手の動きの稚拙さだ。
「いくら装甲がよかろうが、そんな動きで! 生意気なんだよ、ナチュラルがMSなど!」
 その瞬間だった。
 目の前の機体がいきなり動きを止める。
 諦めたのだろうか。
 いや、そんなはずはない、とミゲルが心の中で呟いたときだ。
「何だ、あいつ!? 急に動きが!」
 そう認識したときにはもう、ジンに多大な損傷を受けてしまう。仕方がなく、ミゲルは機体の自爆装置を作動させた。そしてそのまま脱出をはかる。
「まさか……」
 その時、視界の端を民間人らしき人影がかすめた。コーディネイターの有能すぎる視力は、それが知人であることをミゲルに教える。
「……だとしたら、まさか……」
 あの機体に乗り込んでいるのは連邦の士官の他にもう一人、自分が気にかけていた人物なのか……とミゲルはその場から離れながら呟く。
「確認しないと……あいつをあいつらに利用させるわけには……」
 いかないんだ、と口にした言葉は、爆音にかき消されてしまった。