それぞれの機体のコクピットで、落ち着かない時間を過ごしていたミゲルの耳に、ブリッジからの通信が入る。
「……交渉、決裂……ですか」
 モニターに映し出されたアデスの顔に、ミゲルは苦笑を浮かべた。
『残念だが……あの女性士官だけでは満足できないらしい、連中は……』
 彼の背後ではまだクルーゼがあちらと交渉をしているのだろう。と言うことは、あちらの体制が整う前に発進すると言うことか、とミゲルは判断をする。
「本当に、地球軍の軍人って連中は……」
 どうしてこう馬鹿で融通が利かないんだか……とミゲルは思う。
 そうすることが自分たちの首を絞めることだとはわかっているだろうに、とあきれるしかない。
『彼女はそれなりにがんばってくれたのだがな……どうやら、あちらも上から何か言われてきたらしい』
 あるいは、彼らが口にしなかったとしてもどこからかキラ君のことが伝わったのかもしれない……とアデスは付け加えた。
「……その可能性は否定できませんね……」
 良くも悪くも、キラ本人もその両親もヘリオポリスでは有名人だった。そんな彼らに友好的だった人の方が多いとは言え、そうではないものだって、ごくわずかだがいる。そのような者たちが、キラのことを地球軍へ教えたのかもしれない。
「どこにも、他人の才能をねたむしかできない馬鹿もいると言うことか」
 それでもまだヘリオポリス――オーブはマシなのだ。逆に守ろうとしてくれる者もいるのだから。
『だからこその現状だろうな』
 そう言いながら、アデスがふっと視線をそらす。その先にいるのはクルーゼだろうか。
『完全に決裂だ』
「了解。出ます」
 ミゲルはこういうと共にガモフ組へと通信を入れる。
「聞いていたな?」
 苦々しいというのが一番しっくりくるであろう表情を浮かべながら、ミゲルは彼らに声をかけた。
『……あいつの存在、それほどまでに欲しいのか?』
 イザークが目を眇めながら言葉を吐き出す。
『ナチュラルに偏見を持っていない、数少ないコーディネイターだからな、キラは。ご両親のことはなくても、洗脳をして……と考えているのかもしれん』
 そんなことは絶対にさせないが、とアスランは付け加える。
『そうですよ。そんなことは認められません。キラさんはキラさんだから魅力的なんです』
『だな。あいつがあいつじゃなくなったら、魅力半減ってトコ?』
 ニコルだけではなくディアッカまでこういうとは……一体自分がいない間にどんな話をしていたのか、とミゲルは思う。だが、それを問いつめるのは今でなくてもいいだろう。
「なら、がんばって制圧してくれ。まずは俺たちが先に出て連中の目を引き付ける。その間にニコル」
『わかっています。ミラージュコロイドシステムをつかって、ブリッジに取り付きます』
 さすがにそこに取り付かれてしまえば、いくら連合の馬鹿な軍人でも降伏するしかないだろう。それが彼らの共通した認識だった。
「民間人がブリッジにいるとは思えないが……できるだけ傷つけないようにしてくれ」
 ニコル相手では蛇足だろうと思いながらも、ミゲルは言葉を口にする。
『わかっていますよ。少なくとも命だけは取らないようにします』
 そんなことをしたら、文句を言えなくなりますから……とにこやかに言うニコルははっきり言って表情通りとは受け止められない。絶対、腹の中では何か毒のあるセリフを考えているのだ、とミゲルは心の中で呟いた。だが、それを口に出すほど愚かでもない。
「まぁ、相手が投降してしまえば、傷つけなきゃ何をしても怒られないだろうしな」
 まさか、相手が罵詈雑言を耳にして精神的な虐待を訴えるとは思えないし、正論しか言わないで相手をいたぶるのがニコルの腹黒いところだと言うことをミゲルはよく知っていた。
『いやですね。僕が正論以外を口にするわけないでしょう?』
 さらに笑みを深めると、ニコルはミゲルが思っていたとおりのセリフを口にする。
 その瞬間、他の三人が苦笑を浮かべたのをミゲルは見逃さなかった。
「まぁな……もっとも、キラやその友人に向かっては手加減してやれよ」
 正論でも傷つく人間はいるんだし……とミゲルは苦笑混じりに告げた。
『いやですねぇ……そんな事、当然じゃないですか。第一、キラさん達をいじめる理由がないでしょう?』
 にこやかにこういう彼の言葉に、
『やっぱ、わかっていて態度を変えて嫌がったのか』
 ディアッカのため息のようなセリフと、アスランとイザークの諦めたような笑い声が続く。
「ともかく、出るぞ。いいな? その機体での初めての出撃だ。ドジるなよ」
 これ以上会話を続けて墓穴を掘るのはまずい……というわけではないが、ミゲルはこういうと共にゆっくりとストライクを移動させる。
『馬鹿にするんじゃない!』
 即座にイザークが憤慨してこう言い返してきた。
『そうやっていると、本当にミスをするぞ』
 アスランが冷静な口調で言葉をかけている。それがイザークの神経をさらに逆撫でするのだ、と言うことをいい加減認識して欲しいとミゲルは思う。
 だが、それを指摘するつもりはない。
 それは誰かに指摘されて気づくよりも自分で気づかなければ意味がないだろうと思うからだ。
『何が言いたい!』
 とはいうものの、このままではフォーメーションに影響が出るだろう。
「お前ら……作戦前にくだらない言い争いをするんじゃない! 失敗したらキラに嫌われるぞ!」
 脅し文句としては迫力に欠けるが、効果があったこともまた事実だ。それにミゲルは思わずため息をついてしまう。
「マジで、キラを見習って欲しいよ、こいつらには」
 そうすれば少なくとももっと楽だろう……と思う。だからといって、キラをザフトに引き込むわけにはいかない。
「ミゲル・アイマン、出る!」
 ともかく、これ以上馬鹿な考えを抱かないうちにさっさとあれこれ終わらせてしまおう。そう判断をして、ミゲルは管制に向けてこう告げた。
『了解。ミゲル・アイマン、出撃をどうぞ』
 即座にこう返ってくる。
 それに頷き返すと、ミゲルはそのままストライクをカタパルトへと移動させる。次の瞬間、そのままストライクはヴェサリウスのハッチから宇宙空間へと射出される。
 即座にストライクへ敵艦に関するデーターが送られてきた。
「……さて……あちらさんはどう出てくるかな?」
 それにしても、自分たちが開発をした機体に攻撃をされるというのはどんな気持ちなのだろう……とミゲルは冷笑を浮かべる。
「しかし……本当に使いやすいOSだな」
 さすがはキラ……と呟いたときだ。他の機体も艦から滑り出てきたのがわかった。
『ミゲル!』
「じゃ、作戦通りに!」
 死ぬなよ、と口にすると同時に、ミゲルはストライクを敵の艦へと向けるためにスロットルをきった……