地球軍が実際に行動を起こしたのは、それから半日後だった。
「……最悪だな、てめぇらは……中立国の民間人の命なんて、紙切れよりも軽いっていうのかよ」
 久々に顔を見た相手に向かって、ミゲルは怒りを隠しきれない……という口調で言葉を投げつける。
「ご立派だな」
 それに付け加えるように、完全に馬鹿にした口調でイザークが付け加えた。
「それでもあいつのことを口にしていないらしい、あいつらの方がよっぽどマシだよな」
 人間として、とディアッカまで追い打ちをかけるように言葉をぶつける。
 それに彼女は返す言葉がないのか――それとも、まさかそこまで自軍がするとは思っていなかったのか――唇をかみしめたまま視線を伏せていた。
「そこまでにしておけ、二人とも」
 彼女を責めても仕方がないだろう……とクルーゼが言葉を口にする。捕虜である彼女には指示を出すことができなかったのだろうから、とも。
「まぁ、今回の件に関しては、だが」
 地球軍の者の言動は想像が付くしな、と冷たい口調で彼が付け加えたのは、ミゲルからキラを保護したときの彼女の言動を聞いていたからだろう。
「地球軍にとっては、コーディネイターだけではなくナチュラルの人権も大義名分というものに押しつぶされるものらしいからな」
 何を守るために戦っているのか、と言うクルーゼの言葉は彼女を一番痛めつけたらしいことは端から見ていてもわかった。だが、それを誰もとがめようとはしない。それどころか、許されるなら自分も何かを言ってやりたいとまで思っているようにも見える。
「ともかく、あちらからの通信に立ち会って頂こう。そして、できることなら、我々がご両親から正式に依頼された彼のことはむろん、あの艦に拉致されている『オーブ』の『民間人』を貴方の言葉で解放して貰いたいものですな」
 そうすれば、少しは地球軍を見直してやろうと告げたのはアデスだった。
「ご無理なようでしたら、こちらとしても最後の手段を使うしかありませんのでね」
 言外に実力行使で解放をすると彼は付け加える。
「アデス」
 そんなアデスに、クルーゼの声が飛ぶ。
「……申し訳ありません」
 即座に引き下がる彼に、クルーゼは気にするなと言うようにその肩を叩く。
「ミゲル」
 そのまま視線をミゲルへと向けた。
「何でしょうか」
 大人しく――と言ってもはらわたは怒りで煮えくりかえっていたが――目の前の光景を見つめていたミゲルが、ようやく口を開く。
「彼は?」
 それが誰のことか、敢えて聞かなくてもわかってしまう。
「眠っています。まずいかとは思いましたが、さっき、飲み物に一服盛りましたから」
 ようやく状況を受け入れ始めたあいつに、まだ確定していない事実を教えたくない、とミゲルは極力彼女から視線をそらせつつ口にした。
「俺以上にあいつはショックを受けるでしょうし……」
 ナチュラルを信頼していますからね、あいつは……と言う言葉は嘘ではない。ついでに、それをつみ取るようなマネはしたくないともミゲルは考えていた。
「と言っても、地球軍に対する信頼感はとっくの昔にないでしょうけど」
 あんなセリフを言われて、まだ信用されているとは思わないでしょうけど、というのは自分でも言い過ぎたか、とミゲルにもわかっていた。だが、どうしても言ってやらなければ鬱憤が晴れないと言う思いがあるのもまた事実。
「……そのくらいにしておけ、ミゲル」
 クルーゼが苦笑を滲ませながら、ミゲルの言葉を征する。そして、そのまま視線を再び彼女に戻した。
「がんばって頂きましょうか。貴方の説得次第で、オーブが参戦するかどうか、決まるでしょうからな」
 言外に、万が一のことがあればオーブへと通報する……と告げるクルーゼに彼女の表情がこわばる。
「そちらとしても、我々だけではなくオーブまでも敵に回すのはまずいでしょうしね」
 自国民を守るためなら彼らは間違いなく戦うでしょうと告げるクルーゼの言葉は偽りではない。
 実際、小規模な戦闘は過去にもあったのだ。そして、地球軍、ザフト双方がオーブを敵に回すことの不利益を考えるほどの実力を彼らは示している。だからこそ、今でもオーブは中立を保っていられると言っていいだろう。
 そんな彼らが――ザフトと共闘しないとしても――地球軍と敵対するようなことになれば、間違いなく彼らは負ける。
 そう彼女が考えているのはその表情からわかった。
「さて……そろそろあちらの指定の時刻だな」
 アデスの肩に置いた手を軸に、クルーゼは体の向きを変える。
「地球軍からの連絡、入りました」
 次の瞬間、ブリッジのクルーが報告の言葉を口にした。
「どうやらあちらの指揮官は時間にうるさいらしい」
 それはそれでありがたいがな、とクルーゼは冷笑を浮かべながら言う。
「回線を開け」
 この言葉と共にブリッジの正面にあるモニターに地球軍の制服を身にまとった女性の姿が現れた。
「さて……ご用件をお聞きしようか」
 そんな彼女に向けて、クルーゼが声をかける。
『我々の用件は先刻と変わっていない! 貴殿らが拉致した我が軍の大尉、および、それを手引きした人間を即刻引き渡されたし。それだけだ』
 硬質とも言える口調で彼女は言い返してきた。
「……我々が捕虜にした大尉殿はそこにおられるが……手引きした人間というのは残念ながらいない」
 いたとしても、引き渡すと思うかね、とクルーゼは付け加える。君たちになぶり殺しにされることがわかっているというのに、というのは明らかに皮肉だろう。
『……何を……』
 それをしっかりと感じったらしい彼女は、その秀麗な容貌に怒りを浮かび上がらせた。
「違うのかね? 中立国の民間人を、強引に自艦に乗船させるような、人権を考えない方々のようだからね、地球軍は」
 そこで相手を刺激してどうするんだ、とミゲルだけではなくその場にいた全員が心の中で呟く。だが、同時に『彼のことだ。何か考えがあるのだろう』とも思う。
「ともかく、我々が君たちと同類だと思われるのも業腹なのでね。ご希望通り、こちらで捕虜になって頂いている方との会話は許可しよう」
 その程度の度量は持ち合わせている、とクルーゼは笑った。
『……それに関しては、礼を言っておこう』
 悔しげに彼女はこう言い返してくる。
「では、貴方の説得を期待しますよ」
 クルーゼは女性士官に向かってこう囁く。そのままミゲル達の元へと移動してきた。
「……お前達はデッキへ。いつでも発進できるよう、待機をしていろ。それと、ニコル。奪取してきた機体の例の機能、使えるかどうか、確認しておけ」
 告げられた命令に、ミゲルをはじめとしたパイロット達は息を飲む。だが、直ぐにその意図を受け止め、移動を開始した。