「キラ、飯を食いに行くぞ」
 部屋も戻ると同時に、ミゲルはこうキラに告げる。その瞬間、名前を呼ばれたキラだけではなく、ニコルや勤務を抜けてきたらしいアスランの視線も彼へと向けられた。
「アスラン、いいのか?」
 その瞬間、ミゲルは苦笑と共にこう口にする。
「整備の連中から、キラに確認して欲しいと頼まれたことがあってな」
 ニコルがいるから近寄りたくないのだそうだ、とアスランはあっさりと口にした。
「それが目的だからな」
「僕がキラさんのお役に立つのであればかまいませんよ」
 だが、ミゲルにしても本人であるニコルにしても、それに関しての反論はないらしい。苦笑と共にこう言い返す。
「と言うわけで、キラ?」
 ほら、行くぞ、とミゲルは改めて口にする。
「……何の用だったの?」
 だが、いつもは大人しく寄ってくるはずのキラがこう問いかけてきた。その瞳には、不安の色が見え隠れしている。
「……ザフトの機密なら、これ以上は聞かないけど……」
 それでもこう口にするだけの分別はまだ残っているらしい。
「あぁ……ストライクの件だ。本国からの指示で、正式に俺が使うことが決まったって言う話だよ」
 そんなキラに、まだはっきりとはしていない推測を話して不安を与えることはないだろう。そう判断をして、ミゲルは言葉を口にした。
「そうなんですか。確かに、隊長以外であれを使えるのはミゲルだけでしょうし」
「隊長が地球軍が開発をしたMSに搭乗するわけにいかないか」
 二人もそのセリフに納得と言う表情を作っている。
「……というわけだ。別段、お前が心配するようなことはないよ」
 ミゲルは言葉と共にキラの頭に手を置く。そして、手触りのいい髪をぐちゃぐちゃとかき乱した。
「……うん……」
 完全に納得した、と言う表情ではない。だが、これ以上聞いてもはぐらかされるとわかっているのだろう。どこか諦めたような仕草でキラは頷く。
「キラ。全てを話してやれない理由は、お前だって知っているだろうが」
 お前がザフトに入隊するなら話は別だが……と言う言葉に、キラは視線を伏せる。その様子は捨てられた子犬のようだ。
「……僕は……」
「わかっている。だから、ザフトに入隊しろ……とは誰も言わないだろう? 早々に本国に送ってやりたいんだが……どうやら、ここいら辺に地球軍の艦艇がいるらしくてな。シャトルが出せないんだとさ」
 だから、もう少し付き合って貰わなきゃないんだよな……とミゲルは付け加える。
「……うん……」
 別の意味でキラは眉を寄せた。それでも素直に頷く。
「……みんなと一緒にいるのは、いやじゃないから……」
 そして、何とか浮かべたとわかる笑みと共にこう口にした。それはミゲル達を安心させようとしてのものだろう。だが、どう見ても逆効果だとしか思えなかった。しかし、それを誰も指摘しない。キラの気持ちを尊重しようと思ったのだ。
「なら、一緒に食事にしましょう。おいしいものを食べれば、また気分が変わるかもしれませんよ」
 にっこりと微笑むとニコルがキラに手を差し伸べる。
「そう言えば、キラ。お前、ここに来てから食事量減っていないか?」
 それとも、それが普通だったのか、とアスランが聞きたくてたまらなかったことをようやく問いかけられる、と言う様子でキラの顔を覗き込んだ。
「あんなもんだった……よね?」
 自分でも自信がないのか。キラはヘリオポリスでのことを知っているミゲルへと問いかけてきた。その瞬間、アスラン達の視線もミゲルへと向けられる。
「元々大食らいじゃないとは思っていたが……ヴェサリウスへ来てから、ちょっと減っているような気がするのは事実だな」
 もう少し喰った方がいいのは事実だ、とミゲルはアスランに同意をする。
「とは言っても、無理しても逆効果だ……というのもまた事実だけどさ」
 困った問題だよな、とミゲルはわざとらしいため息をついて見せた。だが、内心ではキラの意識が当初の話題からずれてくれた事実に安堵している。それでも、アスランにだけは可能性を話しておいた方がいいか、とも思う。
「まぁ、喰えるときにちょこちょことつまめばいいか。後で何か探してきておいてやるよ」
 なくても厨房の誰かに頼めば、簡単なおやつを作ってくれる事は目に見えていた。彼らもキラの食が細いことを気にしているらしいのだ。中には、自分たちの味付けが悪いのかと思っているものもいるらしく、キラが来てからと言うもの、食事のレベルが上がっていると言うおまけまで付いている。
「そうですね。キラさんの場合、その方が良さそうですよ」
 今日一日付き合っただけですが、とニコルが頷いた。
「おやつはつまんでいらっしゃいましたし」
 あの形式であれば、カロリーの補給は何とかなるのではないかと……とニコルは付け加える。
「おやつか」
「盲点だったな」
 自分たちが食べる習慣がないから……とミゲルとアスランは顔を見合わせながら頷きあう。
「……それに関しては善処しよう。と言うわけで、とりあえず飯にしようぜ」
 ミゲルはそう言うとキラをそれまで座っていたベッドから今度こそ立ち上がらせた。
「お前らは?」
「おつき合いします」
 ニコルは即答をしてくる。
「……残念だが、デッキに戻るよ。キラ、さっきの話だけど」
「うん……何か回避方法を探してみる」
 多分、明日までには何とか出来ると思う、と言うキラに、
「でも、無理をしちゃダメだからね」
 とアスランが言い返した。
「何の話だ?」
 一人話がわからないミゲルが、誰とはなしに問いかけの言葉を口にする。
「僕たちが奪取してきた機体の通信システムのことですよ。このままだと地球軍に筒抜けになりそうなので、何とかしたい……と。で、キラさんに暗号化のプログラムを作ってもらえないかという話になったんだそうです」
「……まったく……戦争に関わるな……と言っても無理なんだろうな。俺たちの命が関わってくる内容だし」
 本当、キラは……とミゲルはため息をつく。
「後で話がある。キラにばれないようにあいつも連れてこい」
 そのまま吐息だけで隣にいるニコルにミゲルは囁いた。
「……わかりました……」
 幸いなことに、キラはこの会話に気づいていないらしい。
 ミゲルはほっとしながら、動き出した。