ミゲルの予想通り、ニコルはキラの体調が良くなると同時に顔を出した。人当たりがいい彼には、キラも少しだけ気を許しているのだろうか。聞かれるままもぽつりぽつりと言葉を口にしている。
 これなら、二人だけにしても大丈夫か……とミゲルが思ったときだった。まるでそのタイミングを見計らったかのように、壁に付けられている端末から呼び出しの声が届く。
「……キラさん?」
「大丈夫だ。どうせ野暮用だろう」
 びくっと体をこわばらせたキラに、ミゲルは優しい微笑みを向ける。
 だが、それでも呼び出しを無視するわけにはいかない。
「ミゲルです」
 端末を操作すると相手に向かってこう呼びかけた。
『ミゲル・アイマン。至急ブリッジへ』
 即座にこの言葉がモニター越しに飛んでくる。
「了解」
 それだけを答えたところで通信が切られた。その唐突さに、ミゲルは何か嫌な予感を覚える。だが、それを言動に出すわけにはいかない。
「と言うわけだから。ニコル、悪いがキラを頼むぞ」
 いつもの表情でミゲルはニコルにこう声をかけた。
「わかっています。アスランが戻ってくるまでは一緒にいますよ」
 ニコルは何かを察したのだろうか。言葉の裏に何から含むものを滲ませながらこう答える。
「何だよ、それ」
 ミゲルの言葉にキラが頬をふくらませた。
「僕は誰かが側にいなければならないような年じゃないんだけど」
 だがそれはミゲルの内心を読みとったものではなかったらしい。その事実にほっとしながらも、ミゲルは笑みに苦いものを含ませた。
「そうじゃないって。また熱を出されれば困る、と思っただけだ」
 誰彼覗きにくると、お前は余計な気を遣ってしまうだろうが、とミゲルはキラに向かって言葉を口にする。
「つまり、僕はキラさんの門番というか番犬みたいなものですって」
 人畜無害という表情を作ってニコルもキラに声をかけた。
「キラさんに用もないのに会いに来る人たちを牽制しろとミゲルは言っているわけですよ」
 ね、と言いながら、ニコルはミゲルへと視線を向けてくる。その瞳の奧に『貸し一つですね』と言う言葉が見え隠れしているのはミゲルの気のせいではないだろう。
「そう言うことだ」
 と言うわけで行ってくるぞ、とミゲルは言うと、そのまま部屋を出る。ドアのロックがかかった音を耳にした瞬間、その口元に浮かべていた微笑みが消えた。
「……一体何があったって言うんだ?」
 呼び出される理由がまったくわからない。
 少なくとも、勤務が空けるまでは異常がなかったはずだ。では、それから今までも間に何か状況が変わったのだろうかと思いつつ、ミゲルは壁に付けられたベルトを使い移動を開始する。
「俺に関係したことならいいんだが……」
 キラに関わることなら厄介だ、としか言いようがない。
 地球軍がそこまで馬鹿だとは思いたくないが、やらないとも言い切れないのも事実なのだ。
 彼らにとって大切なのは『体制の維持』だろう。だから、ナチュラルとは言え他国の者の人権は無視してもかまわないと思っているのではないだろうか、と言う節が見られる。キラを保護したときの会話からでもそれが十分察することができた。
 そして、ヘリオポリスにはカトーゼミの面々が残っている。
 一応手を回しているとは言え、クルーゼの言葉からすれば、万全ではないと言えるだろう。
「……あいつらも保護できれば良かったんだがな……」
 さすがに人数が多すぎたし……何よりも彼らはナチュラルだ。クルーゼが許可を出すとは思えない。例え許可が出たとしても、この艦内にある『ナチュラル憎し』の空気の中では、彼らは辛いだけだろう。
 そんなことを考えつつ、ミゲルはブリッジへと足を踏み入れた。
「来たか」
 ミゲルが敬礼をするよりも早く、クルーゼが声をかけてくる。
「何かありましたか?」
 彼の態度からミゲルは嫌なものを感じていた。それでも、何とかいつもの口調でこう問いかける。
「……その前に、キラ君の様子はどうかな? 熱を出した、と聞いたのだが」
 わざとらしい話題のすり替えに、ミゲルはますます疑念を深めた。だが、こういう時の彼は何を言っても自分が聞きたいことを聞き出さないうちは口を割ろうとはしない。それを知っている身としては素直に質問に答える方が早道だと判断をする。
「今は落ち着いています。ただ、ストレスからくる発熱、と言うことですので……」
 また熱を出す可能性は否定できない、とミゲルは付け加えた。
「そうか」
 軍人になるための訓練をまったく受けていない以上、仕方がないのかもしれないな……とクルーゼが呟く。
「隊長?」
 考え込んでしまったクルーゼに、ミゲルは呼びかける。だが、その口が開かれることはない。仕方がなくミゲルは、側で難しい表情をしているアデスへと視線を向けた。
「……地球軍の新鋭艦らしきものが、我々の後を付いてきている。そして、先ほど、通信があった……と言うだけだ」
 それにアデスが思い口調で口を開く。
「……ビンゴ、か……」
 悪い予感ばかり、どうしてこう当たるんだろうな……とミゲルは心の中で付け加える。
「ミゲル?」
 彼の口からこぼれ落ちたセリフを耳にしたのだろう。アデスがどうしたのかというように彼の名を呼んだ。
「連中の要求は、先ほど捕虜にしたあの女性士官の身柄の要求と……キラ、ですか?」
 それに答えるかのようにミゲルがこう問いかける。
「……いや、正確には違うな。前者はともかく、後者は『ザフトを手引きした男』だそうだ。もっとも、誰かが故意にそう告げている……と言う可能性も否定しないが」
 彼の友人達であれば、あるいは……とクルーゼが口を開く。
「可能性は否定しません……というか、連中だったら間違いなく『キラ』の存在を誤魔化すかと」
 キラを守るために……とミゲルは付け加える。
「……そうか……コーディネイターとナチュラルの壁を乗り越えたものもいるのだな……」
 アデスが感嘆したように呟いた。
「隊長?」
 一体どうするのか、と言う思いを込めてミゲルが彼に呼びかける。
「……あの女性士官に関しては、返してしまってもかまわないだろう……しかし、キラ君は正式に我々が保護を依頼されたのだ。もちろんあちらに渡すつもりはない。そして、できることなら、あちらにいると思われる『オーブの民間人』も保護したいところだな」
 だが、それを確認できるかどうか。
「まぁいい。キラ君にはまだ伏せておくように……それと、万が一の事態に備えて、アスラン達にはいざというときに出撃できるよう、OSの整備を急がせておけ」
 それに関しては、あの女性士官がいれば何とでもなるだろう、と判断したらしい。クルーゼはこう口にする。次の瞬間、ブリッジ内の空気が一変した……