自分のIDでドアのロックを外す。そうして、ミゲルが三人と共に室内に足を踏み入れれば、振り返ったアスランが即座に唇に指を当てて見せた。もっとも、イザーク達の姿を認めた瞬間、その眉間にしわが刻まれたが。
「……何だ?」
 どうしたんだ、と問いかけなくても、その理由はわかってしまう。
「熱がある。ドクターは心労からだ、と言っていたが……」
 思ったより早かったよ、とアスランは苦笑を浮かべる。
「……だな……まぁ、これで本人も自覚してくれるだろうからいいが」
 ミゲルは小さくため息をつくとこう言葉を返す。そして、そのまま後ろにいる3人を振り向いた。
「と言うわけだから……今日の所は顔を拝むだけにしてやってくれ」
 そして小声でこう言う。
「……体調が悪いのでしたら……仕方がありませんけど……」
「そいつ、本当にコーディネイターか?」
 イザークがあきれたようにこう口にした。
「これは病気ではなくてストレスからくるものだからな。キラは……人見知りが激しいくせに、他人を邪険にできないから……」
 ここに来てから、周囲に気を遣いっぱなしだったんだ、と言葉を返しながら、アスランがイザークをにらむ。
「それ以前に……俺たちと地球軍の戦いに巻き込まれた……という状況もあったからか……」
 それだけでも、かなりのストレスになっていたはずだ、とミゲルも付け加える。
「特に、何の心構えもないまま、ストライクに押し込まれて戦場に引っ張り出されたしな、キラは」
 しかも、実際に命のやりとりを自分と行ったんだ……と言ってしまえば楽だろう、とミゲルは思う。思うが、それができるわけはないこともわかっていた。
「甘いことだ」
 イザークがさらに軽蔑したような声を漏らす。
「イザーク!」
 アスランの言葉に刺が含まれる。これ以上イザークが何かを言えばただではすまさないと、その瞳が告げていた。
「……イザーク、言い過ぎだぞ、お前」
 だが、それを止めたのは意外なことにディアッカだった。
「そいつは第一世代だって、ミゲルが何回口にした?」
 俺たちとは考え方が違っても仕方がないだろうとディアッカはさらに口にする。
「そうですね。しかも、その方はオーブで過ごしていらしたのなら……コーディネイターとナチュラルの双方が、とりあえず平和に暮らしていたと言う世界が普通だったのではないですか?」
 そして、地球軍の連中がヘリオポリスでMSの開発を行わなければ――オーブの上層部を巻き込まなければ――彼はこうして戦艦に乗ることがなかったのではないか、とニコルもイザークに反論を向ける。
「……第一世代が戦争を否定しても、誰にも責められない……と言うのが共通認識だと思っていたが、俺は」
 コーディネイターにつくと言うことは両親を捨てると言うこと。だからといって、ナチュラルに味方することもできない。
「キラは……ご両親を大切にしていたし、ご両親も、キラを本当に可愛がっていらしたからな」
 俺のように両親が既にあの世の住人というわけではないし、他の者のように疎まれていたわけでもない。そして、ここでは思い切り気を遣っていれば、熱も出すさ、とミゲルが口にしたときだった。
「……んっ……」
 キラが小さくうめきながら体を揺らす。
「キラ? 起きたのか」
 ミゲルが問いかける脇で、
「……お前らが騒ぐから……」
 とアスランがイザークを睨み付けながら口にした。
「そう言うなって。押しかけてこなかったら、いつまでも紹介してもらえないだろう?」
「お会いしてみたかった……というのは本音ですから」
 そんなアスランを刺激しないようにディアッカとニコルの二人が言葉を口にする。それはキラの眠りを妨げないようにと声を潜めながらのものだった。
 しかし、そんな二人の配慮も無駄に終わったらしい。
「……ミゲル? お仕事終わったの?」
 眠気が滲んでいるせいだろうか。どこか年齢よりも幼く感じられる声が室内に響き渡った。
「ちょっと様子を見に来ただけだ」
 眠いなら寝ていろ、とミゲルが口にする。だが、それよりも早くイザークがキラの顔を覗き込んだ。
「……あ、あの……」
 次の瞬間、キラが慌てたように体を起こす。
「すみません……気づかなくて」
 そして、イザーク達に向かって謝罪の言葉を口にした。
「いえ……気になさらないでください。勝手に押しかけてきたのは僕らの方ですし……」
 まだ顔色が悪いキラにこう言われては立つ瀬がない、と思ったのだろう。ニコルが慌ててこう言い返す。
「……確かに、この気の使いようなら熱も出すか」
「第一世代だから、と言うわけではなく、元々の性格のせいだろうな、これは」
 目の前の光景に、さすがのイザークも何も言えなくなってしまったらしい。ため息と共にこう呟くのがミゲルの耳にも届いた。
「でも……」
 そう言いながら、キラは助けを求めるようにミゲルとアスランの顔を交互に見つめてくる。
「こいつらのことは気にするな」
 アスランがため息混じりに言葉を口にする。そして、そのまま脇から手を伸ばしてキラの体をベッドに戻そうとした。
「……アスラン」
「紹介だけはしておくか。後は……明日でもかまわないだろう」
 どうせ、しばらく付き合って貰わなきゃないんだし、とミゲルもキラに告げる。
「お前らもそれでかまわないな?」
 そのまま視線をニコル達に向けると、ミゲルは問いかけた。
「体調が悪いのでは仕方がありませんよ。本当はいろいろとお話をお聞きしたかったのですけどね」
 ニコルが微笑みながらこう言えば、アスランがほっとしたようにため息をつく。そう言えば、この二人は仲が良かったな、と思いながら、ミゲルは他の二人にも視線を向けた。
「俺のせいで熱が上がったなんて言われるのは不本意だからな」
「とまでは言わないが……やっぱり、な」
 二人とも苦笑混じりにこういうのを耳にして、かすかな笑みをミゲルは口元に刻んだ。
「と言うことでだ、キラ。こいつがニコル。以前からお前のことをちょこちょこ話していたから、興味を持っていたらしい。気が向いたら付き合ってやってくれ。で、銀髪のきつい目つきの方がイザーク。金髪の少々タレメの方がディアッカだ。こいつらについては……まぁニコル以上に気が向いたら、でいいぞ」
 ミゲルの言葉に、キラは確認するように彼らの名前を呟いている。
「ミゲル……それって、思い切り差別じゃないのか?」
「気にするな。単に、情報量の差だ」
 ディアッカにミゲルはこう言い返す。
「あるいは、キラに近づけてもいい相手かどうかの差、でもあるな」
 アスランのこの言葉が、イザークの怒りをかき立てたのは言うまでもないだろう。結局、いつもの通りイザークがアスランに一方的に絡み出す。
「……お前ら……そういうことは外でやれ! 具合が悪い奴の前でやるな」
 その二人をミゲルが通路へと追い出したのはそれから直ぐのことだった。