「ミゲル!」 MSデッキから居住区への通路を移動していたミゲルの耳に、不機嫌そうな声が飛んでくる。 「何だ、イザーク」 それに振りかえれば、声の主だけではなくガモフにいるはずのメンバーが勢揃いしていた。 「隊長の呼び出しか?」 「じゃなくて……噂の美人さんに会わせて貰おうかと……」 ディアッカがいつものどこか人を馬鹿にしたような笑みと共にこう告げる。 「わざわざミゲルを同室にするよう手配したんだろう? そんなに優遇される相手、って言うのに興味を持つのは普通じゃないか」 しかも、アスランがそいつ相手だと珍しくも感情を表すと言うし……と付け加えられたその言葉に、ミゲルは思わずため息をついてしまった。 「どこまでその話が広がっているんだ」 自分たちの耳にはまったく届いていない。それはキラに対する配慮なのか、それとも別の理由からなのか。後で確かめておく必要があるな、とミゲルは心の中で付け加える。 「ガモフの整備兵から聞きましたよ、僕たちは」 彼らはこちらの整備兵から聞いたんじゃないですか? と口にしたのはニコルだった。 「何でも、可愛らしい人だという話もついでに聞かされました」 もう自慢されまくりだとか、と憤慨していましたよ……と苦笑混じりに告げられて、ミゲルは本気で頭を抱えたくなる。 「ったく……キラが知ったら、本気で部屋に閉じこもって出てこなくなるぞ……」 ただでさえ、できるだけ目立たないようにしたいって思っているらしいのに……とミゲルが呟く。 「そうなんですか?」 意外だというようにニコルが問いかけてくる。 「あいつは……できるだけ目立ちたくないらしいんだな。まぁ、オーブとは言え、ナチュラルの方が多いし、万が一のことを考えれば当然なんだろうが……」 ついでに、第一世代だしな、キラは……とミゲルが言葉を返した。 「だから、お前らもちょっとは気を遣ってくれるとありがたいんだが……」 そう言いながら、ミゲルは視線をイザークへと向ける。最初に声をかけてきてからと言うもの、それ以外口を開かない彼が何を考えているのか気になったのだ。ついでに言えば、彼はアスランと仲が悪い……と言う言葉では十分ではないほどの関係だ。彼が大切にしているキラに何か含む物を抱いていないと言い切れない。 「……そんな奴、何で保護してきたわけ?」 ディアッカがこんな質問をしてくる。 「地球軍に利用されると厄介だから……というのが表向きだな。あいつのフルネームは《キラ・ヤマト》だ」 それだけで全てがわかるだろうとミゲルは思っていた。そして、それは当たっていたと言っていい。 「と言うことは、あの《ヤマト博士》の……」 お子様ですか? とニコルが口にする。 「あぁ。博士の一人息子だ」 本人もかなりの実力の持ち主だし……とミゲルは言葉を濁しておく。まさか、初めて乗せられたMSのOSを書き換えたとか、それで自分が搭乗していたジンを撃破したから余計に……と言うことはできないだろうとミゲルは思う。そんなことを知ったら、ディアッカやイザークは間違いなく彼に『ザフトに入れ』とキラに言うに決まっているのだ。 「……それで、厚遇している……というわけか」 どこか馬鹿にしたような口調でイザークが言葉を口にする。 「厚遇、じゃないな。実際、地球軍にあいつが拉致されかけたのは事実だ」 そうなれば、最悪、地球軍が優勢になったことは否定できない、とミゲルは付け加えた。 「アスランがかまっているのは、幼なじみだから、だそうだ。俺があいつをかまうのは……世話になったからだな」 あいつ自身を気に入っているというのも否定しないけど……と付け加える言葉の裏に、だから、言動に注意しろよと含ませる。 「……そういう奴なわけ?」 そんなに気を使わなければならない相手なのか、とディアッカが問いかけてきた。 「そう言う意味じゃない。あいつは第一世代だと言っただろうが」 「……つまり、ご両親がナチュラルだから、いつものような彼らを馬鹿にするような言動を慎め、と言うことですか?」 ナチュラルにとりあえずこだわりがないらしいニコルは、ミゲルが言いたいことに気づいてくれたらしい。 「そう言うことだ。まぁ、ヤマト博士を馬鹿にできるような人間はコーディネイターにもいないだろうがな」 違うか、と問いかければ、イザークも渋々といった様子で頷いてみせる。 それだけのことを彼は行ったのだ。 現在、全てのコロニーで人類が普通に生活できているのは、彼のおかげだ……とも言える。その事実はプラントでも隠さずに教えられるのだ。だから、ナチュラル嫌いのイザークでも認めないわけにはいかない、と言ったところが本音だろう。だが、それでもキラにとってはプラス材料だ、とミゲルは思う。 「まぁ、後は自分の目で確かめるんだな。もっとも、状況次第では追い出すぞ」 本人の精神状態がいいとは言えないからな、ととりあえず付け加えておく。 「わかったよ。極力気をつけさせて頂きましょう」 あきれたような口調でディアッカがこう言った。 「……そう言えば……」 ふっと何かを思い出した、と言う表情でニコルがミゲルに視線を向けてくる。 「出撃前にミゲルが教えてくださったのは、その方ですか?」 「……そういや、そう言う話をしたな、お前と。あぁ、キラのことだ」 紹介すると言ったんだったよな、ミゲルは苦笑を浮かべた。 「そうです。思っていたより時期が早くなりましたが、よろしくお願いしますね」 にっこりと微笑む彼の言葉を真に受けることができないことはミゲルも知っている。見かけに寄らず、結構腹黒いのだ、彼は。 だが、キラの味方は一人でも多い方がいい、と思うのもまた事実。 そして、ザフト内で彼らが身にまとっている『紅』い軍服は特別な意味を持っていた。アスランだけではなくニコルもキラの味方に付くなら、他の誰も何も言えなくなるだろう――クルーゼやアデスを除いてだが――ならば、妥協するしかない、とミゲルは判断をした。 「はいはい。ただ、追いつめるなよ」 それでも釘を刺さずにはいられない。 「僕が、何をすると? 心外です」 さらに微笑みを深めながらニコルが言い返す。 「……自覚してないのか、こいつは……」 「あるいは……知っていてしらばっくれているか、だな」 ぼそぼそとイザークとディアッカが囁き合う。その声は吐息と言っていい大きさだった。その理由がわかっているだけに、ミゲルも指摘をすることができない。 「何か?」 しっかりとそれを聞きつけたニコルが二人に笑顔を向けている。 「何でもねぇよ」 慌てたようにディアッカが言い返す。 「ともかく……頼むぞ、お前ら」 大人しくしていろ、と付け加えると、ミゲルは身を返す。そして、当初の目的通り、キラの様子を見に行くことにしたのだった。 |