キラに与えられた部屋――と言うことは、当面ミゲルの部屋でもある――はクルーゼの私室の直ぐ側だった。同じ並びにはアデスの私室もある、と言うことはヴェサリウスの中ではランクが高い場所だとも言える。もっとも、軍艦の悲しさで、部屋自体はそう広くはないのだが。
「ミゲル!」
 彼の姿を認めた瞬間、キラがほっとしたような微笑みを浮かべる。だが、一緒にいるべきアスランの姿は室内にない。
「アスランは?」
「……飲み物と……トリィのメンテを頼んだから、道具を取りに行ってる」
 怒りが顔に浮かんだろうだろうか。キラがアスランをフォローするように言葉を口にした。
「のど、乾いたし……」
 でも、動きたくなくて……というキラの言葉も納得できる。幼なじみと再会をして、とりあえずゆっくりできる場所にたどり着いた途端緊張の糸が切れたのだろう。
「じゃ、仕方がないな。だが、トリィ?」
「トリィは……3年前、アスランが作ってくれたんだ……一応、自分でメンテはしてきたけど……一回洗濯をしちゃったし……他にもあれこれあるから」
 それに関してはアスランの足元にも及ばないし、とキラは苦笑を浮かべる。
「なるほどな。だから、大切だったというわけか」
 キラがどれだけトリィを大切にしていたのか――そして、どれだけその存在を慰めにしていたのか――ミゲルも知っていた。それについてからかったことも一度や二度でないのだ。だが、トリィを作った者が誰かまでは知らなかった。
 あの、まじめを絵に描いた後輩がどんな理由でそれを作り、キラに渡したのか、ミゲルは知りたいと思う。
 同時に、どこかおもしろくないと感じるのは、気のせいだろうか。
「うん……一番身近にいてくれたし……」
 人に言えないような愚痴も聞いてくれたから……とキラはどこか寂しげな微笑みを浮かべた。
「……本当にお前は……」
 どうしてそうなったのか、ミゲルには想像が付く。
「ここじゃ遠慮する必要はないからな。言いたいことは好きなだけ言っていいぞ」
 そのくらいの甲斐性は持っているからな、とミゲルはキラに向かって笑った。
「……でも、ミゲル達、忙しいんでしょう? 僕のことで迷惑をかけるのは……」
 キラらしいと言えばキラらしいと言えるセリフに、ミゲルは小さくため息をつく。
「だから……半ば無理矢理連れてきたのは俺だろう? それに、俺の方が年上なんだし、お前のわがままを聞くのも俺の役目だと思うが?」
 他の誰かに言えるのか、お前は……と問いかければ、キラは素直に首を横に振る。
「だったら、素直に人の言うことを聞けって」
 な、と言いながら、ミゲルはキラの頭に手を置く。
「でないと、本気で倒れるぞ、お前」
 ストレスでさ、と言いながら、ミゲルはキラの手触りのいい髪を撫でた。
「……でも……」
「戦争と言っても、毎日戦闘があるわけじゃないんだぞ」
 それ以外の時間は、パイロットは比較的暇なんだって……とミゲルはキラを納得させようと言葉を口にする。
「まぁ、確かに通常勤務があるが……俺とアスランはずれているし、お前の面倒なら十分見ることができるって」
 だから余計な気を遣うな、とミゲルが口にしたときだった。アスランが両手に荷物を抱えるようにして戻ってくる。
「何の話だ?」
 どうやら最後の一言だけは耳に届いたらしい。不審そうなまなざしでアスランは問いかけの言葉を口にした。
「キラに遠慮するな、って言っていただけだ。こいつのわがままや愚痴ぐらいならいつでも聞いてやれるからとな」
 キラが口を開く前にミゲルが早々に説明の言葉を口にする。
「……まだ、自分の中に全部ため込む性格、直ってなかったのか」
 聞き終えた瞬間、アスランが盛大にため息をつく。
「昔からなのか?」
「俺が知っているのは4歳からだけど……3年前まで変わらなかったな。なんだかんだ言って甘えているように見えるんだが、肝心なことではそうじゃなかったし」
 そうやって、よく食欲をなくしていたよな……とアスランが付け加えた。
「って事は、全然変わっていないって事か」
「話だけを聞いているとね」
 ミゲルとアスランの話を聞きながら、キラが困ったような表情を作る。
「だって……」
 その表情のままキラが口を開きかけた。だが、直ぐに諦めたという様子で口をつぐむ。
「だから、そこで言葉を飲み込むなって」
 キラのその態度に、ミゲルがこう口にした。
「ここにいるのは俺たちだけだし……俺たちはキラのことをよく知っているからね。何を言われても驚かないって」
 それをフォローするかのように、アスランも言葉を付け加える。
「……言っても、話を聞いてくれる人がいなかったし……アスランもミゲルも、プラントに行っちゃったじゃないか……」
 だから……とキラは囁くような声でつづった。
「それを言われると、反論のしようがないな」
「……それだけが原因じゃないだろうとは思うけどね……」
 でも、それが一因になっているのは否定できない、とアスランも呟く。
「と言うことは、だ。これから名誉挽回をさせて貰わないと行けないわけだな」
 がんばるしかないんだろうな、とミゲルが重苦しくなりかけた空気を打ち壊すかのように明るい口調で告げた。
「それより、ドリンクがぬるくなるぞ。キラにさっさと渡せ」
 どうせ、俺の分はないんだろう? とミゲルはアスランに問いかける。
「……それが、あったりするんだな……キラの希望で……コーヒーでかまわなければ、の話だが」
 この言葉にミゲルは苦笑を浮かべた。
「本当に他人のこととなると気が回るよな、キラは」
 この調子で自分のことも考えるのが次の課題だな、と言いながらアスランの手からそれを受け取る。
「ほら、キラ。ご希望のオレンジジュース」
「……うっ……わざわざ言わなくてもいいじゃないか」
 笑顔と共に差し出されたそれに、キラはむっとした表情を作った。
「中身を確認しておかないとね。俺のと間違ったら困るだろう? それより、トリィ貸して」
 今のうちにチェックだけでもしてしまうから、と言う言葉に、キラは肩に乗っていたトリィをアスランの方へと差し出す。
「何か、二人の力関係が見えたな」
 ミゲルは小さく笑うと、手にしていたコーヒーを一口、口に含んだ。