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 視界に、ゆっくりと大きくなっていくヘリオポリスの全容が映し出されている。
 それは、彼にとっても『懐かしい』と思える光景だった。
 これと反対の光景を見たのは、わずか1年ほど前のこと。
 しかし、自分たちを取り巻く状況は、その1年ほどの間に大きく変わってしまったと言っていい。
「……まさか、あそこで……」
 あんな事が……とミゲルは呟く。
 自分のふるさとは間違いなくプラントだ。だが、数年だけとは言え充実したと言える時間を過ごしたあそこもまた、自分にとっては大切な場所だったと言っていい。
 そこで何が起きているか。それを知らされたときの衝撃は表現することすら難しいだろう。
「ミゲル!」
 そんな彼の耳に、年下の同僚の声が届く。視線を向ければ、若草色の少年がゆっくりと近づいてくるのが見える。その表情が緊張に彩られているような気がするのはミゲルの気のせいではないだろう。
「ニコルか。どうした?」
 努めて明るい口調を作りながら、こう聞き返す。
「……ミゲルは……」
 しかし、ニコルはどこかためらっているような口調で言葉を句切った。その様子に、本気で緊張しているとミゲルは感じる。
 それを誰かとたわいない話をしてはらしたいのだろう。
 しかし、同じ立場の5人の中で、彼とそんな感覚を共有できる――あるいは理解できる――としたら、ただ一人だけだ。そして、その一人は今クルーゼの元で最終確認を行っているはず。だから、自分の所に来たんだろうな、とミゲルはうっすらと微笑む。
 同時に、そんな彼の様子はあいつに似ている、とも思う。
「俺が、何だ?」
 あの地で、弟のように――あるいはもっと違う感情だったのかもしれない。それを確認する前に自分はあの地を離れなけばならなかったのだ――思っていた少年の顔を思い出しながら、ミゲルは先の言葉を促す。
「あそこにいらしたことがあるんですよね……」
 どんなところなのですか、とニコルは付け加えた。
「あぁ。いいところだったぞ。民間人はコーディネイターにも分け隔てなく接してくれたし……俺の知り合いには、お前達と同じ世代の第一世代もいる」
 そう言いながら、ミゲルはどこか寂しそうに微笑む少年の姿を脳裏に思い描いていた。そして、そんな彼を大切にしている両親や友人達の姿も即座に思い出せる。
「……そんなところで、よりにもよって……」
 あんなものを開発しやがって……とミゲルは思わず本音を口にしてしまう。
「……民間人達は……」
「知らないだろうな、当然」
 知っていれば、間違いなく大騒ぎになっているはずだ。オーブ所属のこのコロニーには、コーディネイターとナチュラルの争いに関わりたくなくて移住してきた者たちも多くいる。イザークあたりであれば『そんな軟弱なことを言うから』と口にしそうだが、納得できる理由を持っているものも多い。例えば、彼らのように両親がナチュラルで子供がコーディネイターというケースはその最たるものだろうとミゲルは思う。
 しかし、地球軍からすればヘリオポリスほど好条件な場所はないとも言える。
 工業コロニーであるヘリオポリスは材料や技術者を全てコロニー内でまかなうことができるのだ。つまり、それはザフト側に知られにくいと言うことと同意語だろう。
 だからといって、許せるものではないというのもミゲルの本音だ。
「……しかも、これから俺たちが攻撃を行うんだしな……あいつに不利な状況にならなけりゃいいんだが……」
 自分たちが気をつけても、地球軍がどう出るかでまた状況は大きく変化をするだろう。
「さっきおっしゃっていた第一世代の方のことですか?」
 口の中だけで呟いたつもりだったが、ニコルにはしっかりと認識されてしまったらしい。
「まぁな」
 ミゲルは苦笑と共に頷く。
「あいつとナチュラルの友人達の関係は、一種の理想だし」
 それを壊したくないのだ、とミゲルは付け加える。
「そうですか……」
「信用してないな」
 まぁ、それも無理はないだろうが、とミゲルは心の中で呟いた。オーブとは言え、どうしてもナチュラルの方が多い。少数の種族の方が迫害――とまではいかないのだろうが――されるのは歴史が証明している。自分だって、あの光景を目の当たりにしなければ信じられないと言っていたところだ。
「いえ……そう言うわけではありません」
 だがニコルは即座にミゲルの言葉を否定する。
「でなくて……少しうらやましいかも……と思っただけです」
 はにかんだような寂しいような、複雑な笑みを浮かべつつニコルは言葉を口にした。
「僕は知識としてしかナチュラルを知りませんので……ミゲルやその人が」
 いっそ、ナチュラルをひとまとめにして恨めるイザーク達のように『ナチュラルは悪だ』と割り切れればいいのだろうが……と告げるニコルの言葉に嘘はないだろう。
「知らない方がいいのかもしれないぞ。妙なこだわりを持たなくてすむだろうからな」
 俺のように割り切れるんなら話は別だが、とミゲルは口に出す。ニコルには無理だろう。アスランはわからない、としか言いようがない。イザークとディアッカ、それにラスティはまったく心配いらないはずだが。
「……そうだな……それでも、この戦いが終わって、機会があったらあいつらに紹介してやるよ」
 ナチュラルでもいいやつがいると思って欲しい。そして、それには彼らは最適だろうとミゲルは思う。
「お前なら大丈夫だろうしさ」
 イザーク達は無理だろうが、とミゲルが笑ったときだった。
『ミゲル・アイマン。ブリッジへ』
 彼を呼び出す放送が耳に届く。
「ともかく、今は余計なことを考えるな。でないと、死ぬことになるぞ」
 移動を開始しようとして、ミゲルは動きを止める。そして、後輩に向かってこう告げた。
「心しておきます。貴方にあんな表情をさせる方に紹介して頂くまでは、死ぬわけに行きませんからね」
 ニコルのこの言葉に、ミゲルは微笑む。
「期待していろよ」
 こう言い残すと、ミゲルは今度こそブリッジへ向けて移動していった。