目を開けた瞬間、記憶の中にある天井が飛び込んでくる。
 しかし、それは今見ることが出来るはずのないものなのではないか……
「……あれ?」
 だが、ちゃんとトリィも指定の場所にちょこんと留まっているし……と思いながらキラは体を起こそうとした。
「起きた?」
 その瞬間だ。
 記憶の仲にあるものよりも少し低くなった――だが、間違えようがなく《彼》のものだとしか言いようがない声がキラの耳に届く。反射的に視線を向ければ、そこには何よりも見たいと思っていた翡翠の双眸がある。
「……アスラン……」
 やっぱり夢なのかな……とキラは思わず小首をかしげてしまった。
「寝ぼけているのか?」
 そんなに疲れたのか、といいながらアスランが手を伸ばしてくる。そしてそのまま優しくキラの頬を包んでくれた。触れあった場所から伝わってくるぬくもりが、彼の存在が夢ではないことを教えてくれる。
「あぁ、そうか……」
 では、ここはヘリオポリスではないのか……と心の中で呟いた瞬間、ようやくキラは眠りにつく前にあったことを思い出した。
「帰還したんだった」
 戻ってきてすぐにあれこれありすぎて、記憶が混乱していたんだ……とキラは判断する。
「報告が終わった瞬間、爆睡したのにはさすがに驚いたけどね」
 くすくすと笑いをもラスながらも、アスランはまっすぐにキラの瞳を覗き込んできた。
「ゴメン」
「いや、いいよ。そのおかげで、久しぶりにキラの寝顔をたっぷりと拝むことが出来たし」
 昔と変わっていないよね、寝顔は……とアスランは嬉しそうに微笑んでいる。
「……悪趣味……」
 そんな彼に対し、キラは思わずこう言い返してしまった。
「それこそ、聞き飽きたセリフだね」
 くすりっと笑いながら、アスランがゆっくりと顔を近づけてくる。
「昔から、だったろう?」
 キラの寝顔を見る特権を持っていたのは……とアスランはさらに囁いてきた。
「まぁ、他にも何人かいたけどね」
 両親に次いでその頻度が高かったのは、間違いなく彼だった……とキラは肯定をする。そして、朝一番に彼の翡翠の瞳を見ることが出来れば、その日一日自分が幸せだったことも、だ。
「それに、今日は離れていた三年分だって」
 だからいいのだ、とアスランは妙なくらい自信を持って言い切った。
「何、それ」
 そんな彼に対し、キラはくすくすと笑いを漏らしてしまう。
「だって、そうじゃないか。プラントに来たのに、教えてもらえなかったんだぞ、俺は」
 もっと早く再会できたかもしれないのに……というアスランを見れば、他の者たちは皆目を丸くしたかもしれない。だが、キラがその事実を知っているわけもなかった。
「おば様には連絡をしたよ? ただ、誰かさんが話を聞いてくれないっておっしゃってたけどね」
 この言葉に、アスランが不意に視線をそらした。どうやら、何か思い当たる節があったらしい。
「でも、ここで会えるなんて思わなかったけど」
 ひょっとしたらクルーゼが手を回したのかもしれない……とキラは心の中で呟く。彼は、自分が目の前の幼なじみに抱いていた感情を知っていたはずだから、と。そして、アスランがこうして《紅》を着ることが出来るほどの実力を持っているのであれば、手元に置こうと考えても不思議ではないのかもしれない……とキラは思う。
 そんな彼の気持ちが嬉しいと同様に、職権乱用ではないのか……とも。
「そうだね。でも、俺は凄く嬉しい」
 こうして、キラが側にいてくれるという事実が……とアスランは微笑んだ。
「僕も、アスランが側にいてくれるのは凄く嬉しいよ」
 実際、こうなって欲しいと何度願ったのかわからないほどだし……と言う言葉をキラは飲み込む。それは仕方がない状況だったのだ、と言うこともよくわかっているからだ。だからこそ、自分は両親達と離れて、クルーゼを頼ってプラントに渡ったのだし、とキラは心の中で付け加える。
「ねぇ、キラ」
 ふっと何かを思い出した……というようにアスランが口調を変えて呼びかけてきた。
「何?」
 そんな彼に、キラは微笑みを返す。
「あの時の返事、聞いてもかまわない?」
 それとも、忘れちゃった? とアスランはさらに言葉を重ねてきた。
「もちろん、否定されることも覚悟しているよ……でも、こうして側にいることだけは許して欲しいかな」
 割り切るためにも返事を聞かせて欲しい、と言うアスランに、キラはさらに笑みを深める。
「……Yes……だよ、アスラン。本当は、あの時にすぐ言おうかと思ったんだけど……」
 涙のせいで言葉が声にならなかったのだ……とキラは付け加えようとした。しかしそれよりも早くアスランの唇がキラのそれを塞いでくる。
 キラは、それを受け止めるために瞳を閉じた。

 ラスティがぼんやりとした視線を彷徨わせている。
 それは、まだ麻酔が効いているせいだろう……とミゲルは判断をしていた。
 あるいは何かを探しているのかもしれない。それが自分だと嬉しいのだが、と思いながら、ミゲルは彼の顔を覗き込んだ。
「……ミゲル?」
 次の瞬間、ラスティが嬉しそうに微笑む。
「俺……」
「ちゃんと……とは言えないようだか、約束を守ってくれたよな、お前」
 生きて戻ってきて嬉しい……と囁いてやれば、ラスティの笑顔はさらに深まった。
「でも、どうして……」
 あの状況では、自分が生きて戻ってこられたはずがないのに……とラスティは呟く。その口調がしっかりとしていることにミゲルはさらに安堵のため息をついた。
「……そう言えば、菫を見たような気がしたんだけど……」
 さらに付け加えられた言葉に、ミゲルは一瞬考え込む。ひょっとして、こいつは幻覚でも見たのか……と思ったのだ。だが、すぐにそれを否定する。
「お前を助けてくれた奴の目の色、だろうな、それは」
 印象的な菫色の瞳をしているのだ、彼は。それが意識を失う瞬間、ラスティの記憶に残ったのだろう……とミゲルは判断をしたのだ。
「もう少し元気になったら、会わせてやるよ。お前にも話したことがある奴だよ」
 アスランの幼なじみだったって言うおまけ付きだったけど……と笑ってやれば、ラスティは目を丸くする。
「じゃ、その人がアスランの思い人なのか……」
 そして呟くようにこう口にした。
「そうなのか?」
「前に……そんなことを聞いた覚えがある……」
 ミゲルとのことを悩んでいた時期に……とラスティは答えを返す。
「ってことは、両思いなのかあいつらは」
 キラも同じようなセリフを口にしていたような気がするし……とミゲルは思い出していた。
「なら、お前を助けてくれた礼に、応援してやらないとな」
 本人達にしてみればはた迷惑かもしれないが……とミゲルは笑う。
「だから、さっさと怪我を治せ。一人より二人の方がいいだろうし」
 腕の中が寂しい……と囁きながら、ミゲルはゆっくりを体を倒す。そして、ラスティの額にキスを送ってやった。



ラブラブ二連発。まぁ、こういう話ですから、これは。