「……だから、ここはこうした方がいいと思うよ?」 この言葉と共に、キラの細い指がキーボードを叩いた。 「この方が処理速度が上がるはずだし」 それに、万が一の時にPS装甲への切り替えも素早くできるはずだ……とキラは付け加える。 「そうですね……センサーに引っかからないとは言え、システム自体はあちらが開発したものですし……僕たちが奪取してきた時点で対策を考えていない……とは思えませんしね」 こう言いながらも、ニコルはキラの指先から視線を離すことが出来なかった。 ニコルもピアノを弾いている……と言うことで指には気を付けている。MSの操縦に関しては仕方がないが、それ以外では極力指先を傷つけるようなことはしないようにしていたのだ。 だが、そんな自分の指よりもキラのそれの方が美しいと思えてしまう。 しかも、その指が生み出すプログラムはすばらしいとしか言いようがないものだった。 そしてそれと同じくらいMSを扱う実力も凄い。 保護者の情を引き去ったとしても、クルーゼがあれだけ重用をするのも当然なのではないか。と言うよりも、それに関しては文句を言えないだろうとあのイザークですら認めている存在。 「後は……実際に動かして貰って、細かな部分は自分で調整して貰うのがいいと思う」 個人のくせに関しては、自分ではどうしようもないから……と告げるキラの声がニコルの耳に届いた。 「はい、わかりました。その程度は自分で何とか出来ると思います」 ただでさえ忙しい彼に、これ以上時間を割いて貰うのは心苦しい、とニコルは心の中で付け加える。 「あまり無理はしないように。手に負えなくなる前に相談してね」 そんなニコルの内心を読みとったかのように、キラがこう声をかけてきた。 「そうさせて頂きます」 確かに、取り返しがつかない状況になってからよりも、疑問に思ったときに少しだけ時間を割いて貰った方がトータルに見ればいいだろう。 「でも、キラさんの方が大変ではありませんか?」 しかし、どうしても心配になってしまうのだ。 「大丈夫。任務以外のことは、みんなアスランに押しつけてあるから」 ところがそんなニコルに、キラは笑いと共にこう言い返してくる。 「……はい?」 何か、聞いてはいけないようなことを耳にしてしまったのではないか。ニコルはそんな想いに捕らわれてしまう。 「潜入任務に就く前は、ミゲルがあれこれやってくれていたんだけどねぇ」 だが、キラは気にすることなくさらに言葉を重ねてきた。 「何か、任務以外であれこれしようとすると、みんなに止められるんだよ……危ないからって」 そう言えば、ナチュラルの友人達にも同じ事を言われた……とキラは小首をかしげている。 「そうなんですか?」 今の様子を見ていれば信じられないが……と思うと同時に、先日の報告が終わった瞬間爆睡してしまったキラの姿もニコルはしっかりと覚えている。そういう状況がよくあるのであれば、確かに誰かが面倒を見ていなければ危ないのではないだろうか。 「でも、アスランはキラさんをかまいたくて仕方がない、と言う様子でしたけど?」 むしろ、キラの側にいられるのが嬉しいと全身で訴えている。はっきり言って、そんなアスランの姿を見たのは初めてだ、とニコルは心の中で付け加えた。 「……それはそれで、問題だと思うんだけど……」 昔から過保護だったけど、まさかあそこまでグレードアップしているとは思わなかった……とキラは呟く。 「もし、お時間があるようでしたら、そのあたりのお話をお聞かせくださいませんか?」 キラと話が出来れば、もっといろいろなアスランと彼を知ることが出来るだろう。そうすれば、もっと彼らが好きになるのではないか。ニコルはそう思ってこう口にする。 「つまらないかもしれないよ?」 それにキラは、この言葉で肯定を伝えてくれた。 「久しぶり」 意識が戻ってから顔を見た相手、と言えばドクターや看護兵、それにミゲルだけだった。その事実に飽き飽きしかけていた――と言っても、ミゲルが来てくれるのは無条件で嬉しいが――ラスティは、アスランの訪問を諸手をあげて歓迎をする。 「元気そうで何よりだ……」 しかし、アスランの方は何やら複雑な表情をしていた。どうしてだろう、と考えて、すぐに自分が彼の前で《戦死》したのに近い状況になっていたからだ、と気づく。 「そうだね。《彼》には感謝してもしたりないよ」 彼が自分たちの不始末をフォローしてくれたついでに自分を拾ってくれたから、こうしてここにいられるのだ、とラスティは心の中で呟いた。 「キラは当然のことをしただけだって言っていたけどね」 ミゲルには借りを返したからね……と笑っていたが、とアスランは優しい微笑みを浮かべる。それは本当に親しい相手をほめられて嬉しいと思っている表情だ。 「そう言えば、アスランの幼なじみ、何だっけ?」 それとも、もう一段階格上げされたのか……とラスティは意味ありげに笑ってみせる。 次の瞬間、彼の表情がくもる。 「……ラスティ……相談に乗ってくれないか?」 そして、真剣な口調でこう言ってきた。 「俺に? かまわないけど?」 成績に関しても何にしても、目の前の相手の方が優秀だ……といえるだろ。日常生活に関しても、彼がそつがないことはよくわかっていた。伊達や酔狂で、先日まで同室だったわけではないのだし…… 「告白をして、相手も受け入れてくれたのに……キス以上の関係に進めないのはどうしてだ、と思う?」 しかし、目の前の相手が《恋愛》に関しては初心者以下だ、とこのセリフで初めて知らされた。 「……どうしてって……そりゃ、いろいろと理由があるんじゃないのか?」 少なくとも、本気でキライであればキスもさせないだろう……とラスティは思う。 「例えば?」 しかし、目の前の相手は何かを不安に思っているらしい。こんなセリフを返してきた。 「……突っ込んだことを聞くけどな……お前ら、どっちがする方?」 まずはそれを聞いておかなければ今後の話が難しくなる……と思いながらラスティはこう問いかける。 「俺……かな?」 たぶん……とアスランは多少自信なさげに口にした。 「そっか……で、あちらは今、凄く忙しいんだろう?」 この問いかけに、アスランは素直に首を縦に振ってみせる。 「もう少し、休んでもいいんじゃないか……と言いたくなるくらいだ」 そして、彼はこう付け加えた。 「だから、だろう?」 納得、とラスティは思う。 「ラスティ?」 どういう事だ、とアスランは不審そうに彼の名を呼んだ。 「ようするに、する方よりもされる方の方が負担が大きいって言うわけ。ミゲルはそれなりに遊んでいて経験があったらしいけど、初めての時は俺、丸一日寝込んだしなぁ……」 あれはやばかった……とラスティは呟く。もっとも、それはそれで非常に幸せだったからかまわないのだが。しかし、今のキラにそれをさせることはまずい、としか言いようがないのではないか、とも思う。 「今、彼に寝込まれるとあちらこちらに支障が出るんじゃないの?」 この言葉に、アスランも納得をしたらしい。 「そうか……俺にOKを出したことを後悔しているわけじゃないんだ」 「そう言うこと。ま、触るだけでがまんできるんなら、それだけさせて貰えば?」 何なら、ミゲルにやり方を教えて貰えよ……と付け加えれば、アスランは真顔で頷いてみせる。そんな彼の表情に、本気で早く当人に会わせて貰わないと……と思うラスティだった。 アスラン、君は怪我人に何を聞いているんだか(苦笑)この後、もちろんミゲルが呼び出されたのはいうまでもない事実です(^_^; |