「お疲れ」
 汗を流すためにシャワーブースに入ってきたキラに、ミゲルはこう声をかける。
「そっちもね」
 そうすれば、キラもすぐに笑顔を返してきた。
「数は多かったけどな。一番厄介なのを引き受けてもらえたから、何とかなったぜ。外見だけとは言え、新造艦のデーターも入手できたしな」
 ついでに、シルエットだけだなあちらのMSも……とミゲルは付け加える。
「そう。なら、危ない橋を渡った甲斐があったかな」
 OSのバグを見つけちゃってね、といいながらキラはアンダーに手をかけた。次の瞬間、彼の上半身が露わになる。
「相変わらず、細いよなぁ、お前」
 それに、ミゲルは苦笑混じりにこう言ってしまう。
 実際、同年代の他のパイロット達に比べても一回り以上細いのだ、彼は。そんな体であれだけのことをするのだから、普段の言動はその反動なのだろう……というのがミゲル達の一致した見解だったりする。
 だから、と言うわけではないが、ラスティとは違った意味で彼の面倒を見ないわけにはいかないのだ……とミゲルは心の中で呟く。
「悪かったね」
 しかし、相変わらずその手の言動はキラには逆鱗だったらしい。むっとした表情でこう言い返してきた。
「悪いって言ってないだろう? 単に事実を言っただけじゃないか」
 任務に支障が出ないなら、誰も文句は言わないだろう……と付け加えてやれば、どうやらキラは納得したらしい。そのまま隣のブースへ入っていく。
「それとも、潜入任務中に何か言われたわけ?」
 さらに声をかけてやれば、
「……女の子に間違えられた……」
 とキラは言い返してくる。その口調からすれば、一度や二度ではないのであろう。まぁ、それもわからなくはない……とミゲルは考える。しかし、それこそ本人には伝えられないセリフであろう。
「それよりも、ここでのんびりしていていいのか? 大切な相手が出来たんだろう?」
 そう考えていれば、キラからとんでもないセリフが投げつけられた。
「……気づいてたわけか」
「あれだけ我を忘れた誰かさんを見せられればね」
 それこそ、いいんじゃないの……と笑いを漏らしながらキラはミゲルへと視線を流してくる。
「まだ、意識が戻らないんだと。それに、隊長に報告しに行かないわけにはいかないだろうが。まぁ、すぐに解放してもらえるとは思うがな」
 メインはお前だろうし……とミゲルは笑い返す。
「だから、一緒に行った方がいいと思うんだが」
 そうすれば、手間が一度ですむ……と付け加えれば、
「了解」
 キラは気軽にこう言い返してきた。こんな会話が交わせるのは、今のところキラだけだよな、とミゲルは思う。他の者は、どうしても自分とは一線を画した態度を取るのだ。それがカスタムジンを与えられているものといないものの差だ、と言うことはわかっている。だが、それなりに寂しいとも思うこともまた事実だった。
 だからこそ、自分たちは大切な《誰か》の存在を求めるのかもしれない。
 自分は、それを得ることが出来た。
 しかし、この年下の友人はどうなのだろうか。
 ミゲルはふっとそんなことを考えてしまう。
 だが、それを今の彼に問いかけるのは何故かはばかられてしまった。
「あぁ、寝るなよ? お前をシャワールームから引っ張り出して服を着せるなんて行為をすれば、あいつに愛想を尽かされかねん」
 その代わりというようにこう言ってしまう。
「……善処するよ……」
 一瞬のためらいの後、キラはこう呟く。そんな彼の様子に、そのための準備とラスティに対するいい訳を考えておかなければならないな、とミゲルは心の中で呟いた。

「……キラ……一体何処で……」
 あれだけの技量を身につけたのだろうか……とアスランは思う。
 自分たちに実戦でのMSの運用方法を教えてくれたのはミゲルだ。だが、そのミゲルに勝るとも劣らない動きを、ストライクは見せた。あるいは、クルーゼと刃をかわしても互角に戦えるのではないか……とすら思ってしまう。
 しかし、自分が知っているキラはどちらかというとそう言うことが得てではなかったはず。
 それとも、自分たちが離れている間にそんな彼を変えてしまうような出来事があったのかもしれない――自分が母を失い、こうして戦場に身を置くようになったように――それを知りたいと思うのは、不遜なのだろうか……とアスランは心の中で呟いた。
「ミゲル・アイマンおよびキラ・ヤマト、出頭しました」
 その時だ。アスランの耳に聞き慣れたミゲルの声が届く。
 反射的に、アスランはそちらの方向へと視線を向けた。いや、彼だけではない。他の者たちも皆、入口の方へと視線を向ける。
「……キラもバッテリー切れ寸前のようだな」
 状況を確認して、クルーゼが小さな笑いを漏らした。
「申し訳ありません」
 必死にあくびをかみ殺しながら、キラはこう口にする。
「お前は、戦闘が終わるといつもそうだから、私は気にならないが……他の者たちはどうか、悩むところだな」
 ともかく、報告を聞こう、とクルーゼは付け加えた。
「PS装甲に関して、十分実用の域に達しているものと判断しました。ただ、先ほど使用した機体では、ザフト製のOSでは微妙にバグが出ます。戦闘に直接関係している箇所ですので、早急に対処をします」
 ただ、個別の機体のクセがわからないので、それを確認してから……と言うことになる、とキラは流れるような口調で告げる。
「それと、ミゲルのジンに関してですが、あれだけ盛大に壊してくれたので、ついでにいくつか、新しい機能を組み込みたいと……許可をいただければ、ですが」
 地球軍がPS装甲を実用化段階まで開発を進めているのであれば、ジンのソードだけでは今後太刀打ちが出来ない可能性があるとキラが言えば、
「テストの方は俺も付き合いますし……開発が終了するまでは、キラが自分用のジンのロックを外してくれると言っていますので……」
 自分からもお願いしたい、とミゲルもクルーゼをまっすぐに見つめていた。
「ふむ……確かに、それはゆゆしき事態だな……一応、本国に確認を取ることになるが、それまでは艦内の者で対処できるなら進めておけ」
 クルーゼ隊の一部は開発部隊もかねているし、かまわないだろう……と彼は笑う。
「だが、それではキラの負担が大きくなりすぎるな。アスラン達は自分が奪取してきた機体のOSを出来る限り自力で何とかするように。キラが書き換えたOSを参考にすれば何とかなるだろう」
 どうしてもわからないときは、キラに聞くがいい……とクルーゼはあっさりと許可を出す。
「了解しました」
 先ほどの戦闘の様子を見せられていたからだろう。あのイザークですらあっさりと頷いてみせる。キラが認められたことは嬉しいが、その反面、その才能を知るのが自分だけではない、と言う事実がアスランには面白くなかった。
「それと……そうだな。その他の件もある。多少、人員配置を組み替えなければならないか……」
 ミゲルとキラはこちらにいた方がいいだろうし、その手伝いに後一人いたほうがいいかもしれないか……とクルーゼは考え込む。
「アスラン。奪取してきた機体と共にヴェサリウスへ。キラも幼なじみとの同室の方が気が楽だろう。その代わり、あちらにはオロールとマシューを移動させる」
 それで、万が一の時の対処は出来るはずだ……とクルーゼは指示を出す。
 その内容に、アスランに文句の付けようがあるはずもないだろう。むしろ、願ったりかなったりと言うところだ。
「キラ、それで……」
 かまわないな、とクルーゼが確認を取ろうとしたときだ。
「完全にバッテリーが切れましたよ、こいつ」
 ミゲルがその体を片手で支えながらこう言ってくる。見れば完全に眠りに落ちているようだ。
「眠り姫は相変わらずか」
 笑いを滲ませた声でアデスが口を開く。他の者たちも小さな笑いを漏らしているところを見ると、それはアスラン達が配備されてくるまでの日常だったらしい。
「アスラン……荷物をまとめてくる前に、キラを部屋に連れて行ってやってくれ。A−21を使わせる」
 と言うより、そこが元々のキラの部屋だ……と言うクルーゼにアスランは頷いて見せる。そして、ミゲルから幼なじみの小さな体を受け取ったのだった。



無事帰還しての会話。ついでに、今後のためのお膳立てです。