「おじさま達は?」
 一通りの自己紹介の後、アスランがこう問いかけてくる。それはある意味予想していた質問だ、とキラは心の中で呟く。
「オーブ本国だよ。ブルーコスモスのテロが激しくなっちゃってね。僕が側にいない方が安全かなって思って、知り合いの所に転がり込んだだけ」
 アスランも知っている人だ、と付け加えれば、彼は首をかしげて見せた。どうやら、記憶の中から該当する人物を捜し出そうとしているらしい。と言うことは、あの事実に彼が気づいていないのか、とキラは苦笑を浮かべる。もっとも、あれでは仕方がないであろう、とも思うが。
「……って、お前の保護者って……確か隊長じゃなかったか?」
 こちらはアカデミー時代からの腐れ縁、と言っていいミゲルのセリフだ。
「そうだよ」
 隠しても意味はないとキラはあっさりと肯定する。その瞬間、アスランだけではなく他の者たちも口に含んでいたドリンクを気管に入れてしまったのかいきなりむせていた。
「……って、まさか……」
「ラウ兄さんだってば。アスランだって、遊んで貰った記憶、あるだろう?」
 アスランにキラは笑い返す。
「だって、イメージが……」
 あの仮面も……と呟く彼に罪はないであろう。実際、自分もあれを見た瞬間は呆れてしまったのだ。次に爆笑をした記憶もある。
「いろいろと理由があるって言っているけど、絶対教えてくれないんだよね」
 詮索をした者がとんでもない目似合うっているのも事実だし……とキラはさりげなく付け加えた。
「戦死……というのは冗談だけど、まぁ、とんでもない任務を押しつけられるのは本当だし」
 ね、ミゲル……と話題を振れば、彼は本気で嫌そうな表情を作る。どうやら自分の経験を思い出したらしい。
「で、何でお前がそれを着ているんだ?」
 それには気がつかなかったのだろうか。アスランがさらに問いかけの言葉を投げかけてくる。
「プラントに来てすぐに、ラウ兄さん――じゃなくて、隊長に連れられてザフトの基地に行ったんだよね。その時に、この軍服を着ている人を見かけて、それが格好いいって言ったら、そのままアカデミーに放り込まれたって言うわけ」
 そこでミゲルに会ったのだ、とキラは笑い返す。
「……それって……」
「隊長らしい、と言っていいのか?」
 まさかそういう理由だとは思わなかったのだろう。イザークとディアッカが頭を抱えていた。
「それで、トップかよ、お前は」
 この事実は初めて知ったのだろう。ミゲルも呆れたようにこうぼやいている。
「トップだったのですか? ミゲル達の同期ってかなりレベルが高かった、とお聞きしていますけど」
 それでトップだったのか、とニコルが感心したような表情をキラに向けてきた。
「そう、これがトップ……情報処理とプログラム、それにMS操縦に関してはダントツ。他のこともそれなりだったんだよな。少なくとも、カリキュラムに関しては」
 他のことは……というミゲルに、キラは苦笑を返す。
「……朝、たたき起こさないと起きないとか、放っておくと提出期限ぎりぎりまで課題を放っておくとか、平気で好き嫌いを見せるとかか?」
 これまた過去の悪行――というのとは少し違うのではないかとキラは思っている――を知っているアスランがミゲルに同意を求めた。
「そうそう。気がつくと変なところに潜り込んで寝ているとか、面倒くさいと言ってアカデミーのマザーを乗っ取って混乱を引き起こすとか……まぁ、おかげで助かったことも多かったから、面倒を見るのはやぶさかじゃなかったし……というわけで、こいつに付いたあだ名は《天然小悪魔》だ」
 そこまで力説をしなくてもいいだろう、とキラは思う。
「そう言うこと言うわけ? 任務の途中でミスって、自分の機体を壊されたミゲルさんは」
 黄昏の魔弾、なんて恥ずかしい名前を貰った挙句に……とキラは言い換えせば、
「何で、それを知ってるんだ、お前は!」
 ミゲルが表情を変えながら聞き返してきた。それにキラはにこやかな表情を向ける。
「もちろん、隊長から聞いたに決まっているだろう?」
 何で、ノーマルのジンに乗っていたのか、と聞いたらあっさりと教えてくれた……とキラは彼に言い返す。
「……マジ、かよ……」
「と言うわけで、後で僕が使っていた方の機体のOSを手直しするから。直るまで使っていれば?」
 その後は、必要があれば現在戦線離脱中のラスティに回してもかまわないだろう、とキラは付け加える。あれはそれなりに手をかけているから、シグーにも劣らないだけの機能を持っているし、遊ばせておくのはもったいないだろうとも。
「……そうさせて貰うよ」
 ミゲルもそう判断をしたのだろう。しっかりと頷き返してくる。
 そんな彼らの前で、医務室のドアがようやく開いた……

「ラスティが無事で何よりだったな」
 しかも、全快をすれば再び軍務に付けるだろう……という事実はアスラン達を喜ばせるには十分だった。
「キラさんの応急措置が的確だったおかげ……だそうですから。本当に凄い方のようですね」
 自分たちと同じ年齢で、一人で潜入任務を任される実力を持っているし……と言うニコルは、キラが気に入ったらしい。もっとも、イザーク達も同じ考えだとは言い切れないが。
「隊長の七光りで《紅》を着ているのではないと言うことは事実のようだが……」
 しかし、本当にあれで大丈夫なのか……と彼が付け加えたのは、デッキに向かおうとしたキラが、思い切り方向を間違えたからだろうか。
「キラは……必要な時以外は、ぽややんな所があるからな」
 アスランがこう言えば、
「だから、あいつはみんなに好かれているんだけどな」
 ミゲルもまた同意を示す。
「あるいは、ああすることで精神のバランスを取っているだけかもしれないが……」
 ミゲルはさらにこう付け加える。それに三人が不審そうな表情を向けた。
「それに関しては、実際に任務に就いているときのキラを見て貰わないとな。口で説明をしてもわからないだろうし」
 ギャップが大きすぎるんだよな、あいつは……とミゲルが三人に苦笑を返す。その時だ。不意に艦内に警報が鳴り響く。
「敵襲、だと?」
 よりにもよってこんな時に……とミゲルは眉を寄せる。
 まだ、ラスティは助かったものの、まだ治療が続けら得ているものも多い。そして、今の状況でヴェサリウスが被弾をしてしまった場合、助かる命も助からなくなるのではないか。
 彼がそう判断したのは表情だけでわかってしまう。
「ともかく、俺はデッキに行く。お前らは隊長の指示を仰げ!」
 今、確実に動かせる機体を与えられているのは、この場では彼だけだ。だから、その判断は正しいとも思う。思うが、やはり悔しいというのがアスランの本音でもある。
「わかった。俺達はブリッジに行く」
 だが、現実は現実として認めないわけにはいかないだろう。そう判断をして、こう口にする。
「そうしてくれ」
 実戦を見るのも、今のお前らにはいい勉強だ……と言いながら、彼はそのままデッキの方へと移動していく。
「僕たちもブリッジへ行きましょうか」
 その後ろ姿を見送った後、ニコルが声をかけてきた。
「そうだな。もしジンが余っているのであれば、俺達も出撃できるかもしれない」
 イザークがこんなセリフを口にする。しかし、それは不可能だろうとアスランは心の中で呟く。自分たちよりももっとベテランの者たちが対処をするのではないか、と。
 だが、万が一という可能性もないわけではない。
 相手があの《エンデュミオンの鷹》ではないMAであれば、新人でも撃墜できるであろう――もちろん、自分がという可能性も否定しない――から、実戦経験を積むために……と言われる時もあるのだ。
 しかし、今はそんな状況ではないかもしれない。
 今回の作戦では多くのものが傷ついたのだから。
「……あちらも、それだけ切実だ、と言うことか」
 虎の子とも言えるMSを自分たちに奪取されたのだから……とアスランは心の中で付け加える。つまり、それのお膳立てをしたキラと作戦を組み立てたクルーゼの判断は正しかった……と言うことであろう。
「キラ……」
 そう言えば、一足先にデッキに向かったはずの彼は今何をしているのだろうか。アスランはふっとこんな事を考えてしまった。



アスランとミゲルのキラに対する認識は間違いなく同じです。もっとも、そのウラに隠れている感情は別でしょうけど……
しかし、アカデミー入学の理由とその後のキラの行動は……完全に趣味ですね(^_^;