「何か、様子がおかしくないか?」
 自分達も家族との時間を過ごしたいだろうに、キラの手助けに来てくれたラスティがこう口にする。もちろん、この場にいたのは彼だけではない。ミゲルも一緒であったが、彼は今、買い出しに行っている。
「何て言うか、呆然としているようなんだが、あの子」
 こう言いながら、彼はカガリを指さした。その理由がわかっているから、キラの口元に笑みが浮かぶ。
「……ラウ兄さんの、この家が問題らしいんだよね」
 キラが苦笑と共に言葉を口にした。
「隊長の?」
 普通の家だろうと、周囲を見回しながらラスティが聞き返してくる。
「カガリがね、昔、言ったんだって。出窓がある白い壁の小さな家に住みたいって」
 もっとも、オーブ本国では不可能だと言っていい。
 カガリの立場であれば――それが本人の希望であろうと――そのような場所に住むことは夢物語だ。もっとも、それをキラは彼に説明できないが。
「……だからって、そんなの……」
 自分で何とか出来るんじゃないのか? とラスティがさらに問いかけてきた。
「カガリの家は旧家だからね。かってに建て替えられないって」
 代わりに、この程度で言葉を濁しておく。
「なるほど……アスラン達とおなじってか」
 普段は気にせずに付き合っているが、彼らもそれぞれ厄介な家の跡取りだ。それなりの設備が整った家に住んでいる――と言うよりもすまなければいけない身の上だった。それとカガリを重ね合わせたのだろう。
「そう言うこと。家は普通なんだけどね」
 従姉と言っても、本家と分家の関係もあるし……とキラは苦笑を浮かべた。
「だから、自分のイメージ通りの家をいつの間にかラウ兄さんが建てたことが驚きだったって言うわけ」
 いずれクルーゼも自分もオーブに戻ることになるだろう。だが、それでもこちらに足を運ばないわけにはいかないだろう事は予想がついている。もちろん、カガりもだ。
 だからだろうか。
 彼がこの家を建てたのは。
「……それよりも、隊長って……実はめちゃくちゃ、彼女、可愛がっているわけ? っていうか……」
 不意に声を潜めるとラスティは『隊長って実はロリコン?』ととんでもないセリフを囁いてくる。
「つき合いのある親戚の中で唯一の女の子だからね、カガリは。ムウ兄さんを見ていてもわかるように、みんな、カガリには甘いよ?」
 第一、クルーゼとカガリは十も離れていない、とキラは告げた。
「だからね。そういうことはラウ兄さんの前でもそういうセリフは言わない方が良いと思うけど?」
「っていうか、キラだからこそ話したんだって。隊長の前でなんてこんな事言えるか」
 さすがに怖い、と言うラスティに、キラは苦笑を浮かべる。
「なら、ムウ兄さんも口止めしてこないと」
 ばらされるよ、とキラが言った瞬間だ。ラスティがいきなり立ち上がる。そして、そのまままっすぐにフラガの元へと駆け寄っていく。
「本当、楽しい人だよね、ラスティって」
 ミゲルが気に入っているわけだ、とキラは口の中で呟いた。でなければ、彼が同じパイロットを選ぶはずがない、とキラは考えていたのだ。
「ムウ兄さんの相手は任せておいても大丈夫そうだね」
 ならば、自分は根回しをしておこうか……と腰を上げる。そして、そのまま他の者たちと連絡を取るために端末へと向かった。

「……ちょっとした、内輪のパーティ?」
 何処が? とムウがため息をついている。
「内輪だよ、たぶん。単に護衛がちょっと多いだけで」
 キラは苦笑を浮かべながら言葉を返す。実際、この場にいるのはホストであるパトリックと、息子のアスラン。そして、クルーゼ隊の同僚達とその家族。後はラクスと彼女の父親だ。
 ただ、彼らはそれぞれ最高評議会議員の肩書きを持っている。
 いくらここがザラ家の邸宅の中とは言え、それなりの警備を求められるのは当然のことだろう、とキラは付け加えた。
「後、マスコミかな? 彼らはすぐにいなくなるはずだけど……ラクスがいる以上、仕方がないと思うよ」
 彼女と、自分たちが助け出したオーブの民間人の少女。
 カガリがオーブ五氏族の一つアスハ家の跡取りであると知らなくても、マスコミ的にはおいしい話なのだ。そして、プラントにとっても、ナチュラル全てを敵と考えているわけではない、と告げるパフォーマンスには最適だ、といえるのではないか。
 だからこそ、穏健派、強硬派にかかわらず、最高評議会議員もこの場に顔を出しているのだろう。
「……パトリック・ザラ……って、そういえば……」
「強硬派の代表だね、パトリックおじさまは」
 だが、アスランが言っていた。
 彼がカガリを気にかけてくれるのは、レノアが彼女も気に入っていたからだと。そして、自分たちが望むなら、彼女の魂が眠る場所に案内してもかまわないとも告げていたと。その事実を、キラはありがたいと思う。
「まぁ、この様子を本国の連中が見れば、少しは安心するか」
 プラントと同様、オーブでも、果たしてこのまま中立を保っていいのか、という不安があるのだ。だが、強硬派であるパトリックがこうしてナチュラルも歓待してくれると知れば、それがパフォーマンスだとしても安心する者は多いだろう。
「……で、キラ」
 不意にフラガが声を潜める。
「何?」
 誰か気になる女性でも見つけたのだろうか。キラはそんなことを思いながら聞き返す。
「あの人は……お前らの立場、も知っているんだよな?」
 もしもこの戦いが終わり、二人が大手を振ってオーブに戻れるようになった場合、二人が担うべきものを、とさらに声を潜めながら彼は問いかけてきた。
「たぶん、ね。ウズミさまが、パトリックおじさまとシーゲル様にだけは告げておいた、とおっしゃっていたから」
 もっとも、だから自分たちが重用されているわけではない、とキラは思う。あくまでも自分たちが今いるポジションは実力で勝ち取ったものなのだ、と、キラは信じていた。いや、正確に言えばクルーゼが、だが。
「そうか。なら、後は俺が口を出す事じゃないな」
 必要があれば、それなりの立場を押し出して口を挟もうかと考えていたのだ、と彼は笑う。それが、年長者としての役目だろうとも。
「まぁ、どうせ、それなりのことはしないといけないだろうがな」
 面倒だ……と彼の全身が告げている。
「ムウ兄さん」
「ともかく、紹介してくれ。ラウは……カガリの面倒を見るだけで精一杯のようだしな」
 今後必要になるかもしれないだろう? とフラガは口調を変えて言うと同時に、キラの肩を叩く。
「いいけどね。たぶん、向こうから来てくださるんじゃないかな?」
 少なくとも、パトリックとアスランは……とキラが言った瞬間だ。まるでそれを聞いていたかのように、アスランが手を挙げた。そして、そのままラクスとシーゲルを案内してこちらにやってくる。
「ムウ兄さん。ちゃんとしてね? クライン議長閣下がおいでだから」
 頼むから、オーブの恥になるようなことだけはしてくれるな、とキラは付け加えた。
「わかってるって」
 本当に何処まで理解をしているのかわからない、と言う態度でフラガはこう言い返す。
「……信用できればいいんだけどね」
 過去の悪行を考えれば、どこか疑わざるを得ない……とキラは盛大にため息をついた。
「ひどいな。俺だって、それなりのことは出来るんだぞ」
 言い切るフラガの態度が逆に自分の不安を煽っているとわかっていないのだろうな、と本気で頭を抱えたくなる。だが、さすがにここではやめておいた方が無難だろう。
「キラ、ムウ兄さん。シーゲルさまがお礼をおっしゃりたいそうだ」
 にこやかな口調でアスランが声をかけてくる。同時に、ラクスの微笑みが向けられた。その事実が、ほんの少しだけキラの心をほっとさせてくれる。
「ムウ兄さん」
 キラは最後の釘をフラガに刺すと、彼らに向かって歩き出した。



ラウ兄様って、意外と純情?
ちなみに、カガリの希望を正確に書けば、丘の上にある、二階建ての小さな白い家。出窓があって、そこに白いレースのカーテンを掛けたいの……というのです。どうやら、読んで貰っていたお話の主人公が住んでいた家らしいですが(^_^;
しかし、今のカガリに似合うかどうかと言うと(苦笑)