どうして、彼の前に立てばこんなに緊張を強いられるのだろうか。
 そんなことを考えながら、アスランは父を見つめていた。
「無事で何よりだ。ラクス嬢はもちろん、お前もキラ君もな」
 とパトリックは口にする。その言葉には、アスランだけではなくキラやラクスに対する気遣いが感じ取れた。どうやら、彼はキラをかなり大切に思ってくれているらしい。
「ついでに、カガリ嬢達を保護できて何よりだ……」
 さらに付け加えられた言葉には、複雑な感情が見え隠れしている。それは仕方がないのだろう。
「オーブからも感謝の言葉が届いている」
 この言葉の裏に、政治的な匂いが感じられる。だが、アスランにとってはカガリよりもキラのことの方が心配だ。
 そして、今後のことも……と。
「ザラ閣下……その件なのですが……」
 だから、アスランはそんな彼に向かって問いかけの言葉を口にしようとした。
「私がお前の親友を心配してはいけないのかな? それでなくても、彼の才能は我々にとっては十二分以上に必要なものだ」
 ザフト内のつまらないごたごたで失わせるわけにはいかん、とパトリックは先に告げる。だが、それだけではないのだ、と彼の態度が示していた。それだけであれば、自分にあんな一言を告げるはずがないのだから、と。
「……キラの、出自については……」
「それに関しては、この場で口に出すな。誰に聞かれるかわからないのだぞ!」
 アスランがさらに重ねようとした言葉を、パトリックは激しい口調で制止した。
 つまり、父はその事実を知っていたのか。
 そして、あの一件はそれが原因なのだろう。だが、それを公にするわけにはいかないのだ、とアスランは理解をする。
「申し訳ありません」
 だが、自宅に戻ればあるいは……とアスランは推測をした。
「しばらく、彼らはクルーゼ隊長の自宅に滞在するそうですので……一度、我が家に招待をしたいのですが、かまいませんでしょうか」
 それならば、その話を出来る機会を作ればいい。アスランはそう考えてこう口にする。
「許可しよう」
 パトリックにも何か思惑があるのだろうか――それとも別の理由からか――あっさりと許可を出した。
「では、そのように手配をさせて頂きます」
 だが、キラ達――キラと周囲をはばからずに話が出来るのであればかまわないとアスランは思う。それに、父の言質さえ取ってしまえば、後は何とでも出来るだろうとも考えるのだ。
「アスラン」
 そのまま引き下がろうとした彼に、パトリックが声をかけてくる。
「何でしょうか」
 これ以上、かわすべき言葉があるとは思えない、と思いながら、アスランは彼に視線を戻した。
「……ザラ家の跡取りとしての、最低限の義務は理解しているな?」
 そうすれば、意味ありげな口調で彼はこう問いかけてくる。
「もちろんです」
 それがキラとの関係を指しているのだろうか。そう思いながらも、アスランは頷き返す。
「ラクスとの婚約も、その他のことも、必要だと思われることはするつもりですが?」
 彼女との間に協定も出来ている。だから、このままキラとの関係を進めても、自分たちの間ではかまわないのだ。
 そして……キラは自分よりもラクスを優先するように言ってくるはず。
 だから、少なくとも公的な場ではそうするつもりだ、とアスランは言外に告げた。
「ならば良い」
 その一言と共にパトリックはアスランに下がるように……と身振りで示そうとする。だが、その動きはまた途中で止まった。彼にしては珍しいその仕草に、アスランは微かに眉を寄せる。
「もし……カガリ嬢が希望をされるのであれば、許可を出す。レノアの所へ三人で顔を出すように」
 そうすれば、パトリックはアスランがまったく予想していなかった言葉を口にした。
「レノアも、そうすれば喜ぶであろう。彼女は……カガリ嬢も大切に思っていたようだからな」
 微かな笑みと共に付け加えられた言葉に、アスランはほんのわずかだが、彼女に対する好意を感じ取った。それは今はいない《母》が彼に伝えてくれたものだろうか。
「彼女が行くと言えば、クルーゼも付き合うであろう。警護の方は心配はいらないのではないかな?」
 言葉と共に、パトリックはアスランに退出を許可する。つまり、これでこの場での会話は終わり、と言うことなのだろう。そして、一度、そう判断したのであれば覆すような父ではない。それを知っているアスランは、今度こそその場を後にした。

「……ともかく、ここでは勝手に出歩かないでね、二人とも」
 クルーゼが報告のために残ったため、三人で乗り込んだエレカの車内で、キラはこう言った。
「でないと、厄介なことになるから」
 本当は、自分たちの家ではなくそれなりの場所にいて貰わなければなかったのだ。それをかなりごり押しをして――ラクス達のフォローもあって――比較的気軽に過ごせる自宅へと連れて行くことが出来た、と言うのが実情である。だから、せめてこれだけは守って欲しい、とキラは釘を刺す。
「……わかっている」
 さすがに、ここで何かがあればオーブとプラントの関係が厄介なことになる、とカガリもわかったのだろう。渋々ながら頷いてみせる。
 しかし、だ。
「だが、息が詰まるよな……」
 年長者の方が聞き分けが悪い、というのは何なのか。キラは小さくため息をついてしまう。
「……牢屋にはいるよりましでしょう?」
 そして、こう口にする。
「冗談だって」
 キラの言葉の裏に隠されている感情に気づいたのだろう。苦笑と共にフラガはこう言い返してきた。
「ただ、気晴らしぐらいはさせてくれるんだろう?」
 だが、諦めきれないのか、こう問いかけてくる。
「状況次第でね……さすがに僕一人では、二人の面倒は見られない」
 クルーゼが一番いいのだが、当分の間難しいだろう。彼には報告をしなければならない事柄が山積みなのだ。その中には、本来であればキラがしなければならなかった事柄も含まれている。そうである以上、わがままも言えないだろう。
 だが、その代わりにアスラン達が時間を見つけて顔を出してくれると約束をしてくれた。彼らがいっしょであれば何とかなるだろうとキラは考えている。
「……面倒って……」
 俺は子供じゃない、と唇をとがらせる彼が一番問題だ、と自覚してくれればいいのだが、それは難しいだろう。
「ヴェザリウスでの一件もあるし……ここも安全とは言い切れないって事」
 その代わりというようにキラはこう口にする。
「二人に何かあれば……僕たち以上に厄介なことになるのはわかっていますよね?」
「……さすがに、その程度はな」
 理解しないわけにはいかない、とフラガは苦笑を浮かべた。
「アスラン達が、自宅での用事を済ませたら来てくれる、と言っていましたから……それまで我慢してください。ミゲルとラスティなら明日にでも顔を出してくれると思いますけどね」
 キラがこう言ったときだ。彼らが乗ったエレカが目的地にたどり着く。
「と言うわけで、あそこがラウ兄さんの家だよ」
 目の前の小さな建物を指さしながら、キラはこう告げた。
 その瞬間、車内に奇妙な空気が満ち始める。だが、その理由がキラにはわからなかった。



パパ公認?
まぁ、良いことにしておきましょう(苦笑)