そのまま彼らが向かったのは、クルーゼ隊の旗艦であるヴェサリウスだった。
 怪我人が乗っている、と言うことでキラはできるだけ震動を与えることなく奪取した機体を指示された場所へと収める。そして、ハッチを開く前に意識を失った体を固定していたベルトを外した。
「ここが低重力でよかったかも……」
 でなければ、着艦の衝撃で彼の悪影響を与えたかもしれない。そう思いながらゆっくりと意識のない体を抱きかかえた。片手でキーを操作してハッチを開ける。
「ラスティ!」
 その瞬間、待ちかまえていたらしいミゲルが、まさしくキラからひったくるように彼の体を奪い去った。
「止血はしてある。大きな血管もそれているから大丈夫だとは思うけど……頭を打っている可能性があるから、揺らさないようにして医務室に運んだ方がいいと思うよ」
 ある意味、信じられないと言えるミゲルの反応に『そうなのか……』と思いつつ、キラはこう声をかける。
「わかった……すまん……」
 ミゲルはこう言い返してきた。それでも、彼の視線は腕の中の存在からそらされることはない。
「くわしいことは後でね。それよりも、早く運んで上げてよ」
 せっかく助けてきたんだから……とキラが促せば、ミゲルは小さく頷く。そして、宝物を運ぶよな慎重な仕草で移動を開始していった。
「……さて……と」
 彼のことはミゲルに任せて大丈夫だろう。であれば、自分がまずしなければならないのは隊長への報告か。
「キラさん」
「これのOS書き換えてあるから……とりあえずバックアップを取っておいてくれる? 後できちんと直せるように……それと、僕の軍服、あるかな?」
 声をかけてきた顔見知りの整備兵に向かって、キラはその第一歩としてのセリフを投げかけた。

 ガモフのパイロット控え室は、重苦しい空気に包まれていた。
 自分たちは確かに無事に任務を遂行することが出来た。しかし、この作戦で仲間を失うことになるとは思っても見なかったのだ。
「……あいつが……ナチュラルを侮ったからだろう……」
 口ではこう言いながらも、イザークの声には後悔と非難が滲んでいる。前者はイザーク自身に対するものだろう。後者は……自分に対するものだ、とアスランは感じ取っていた。
「あの状況じゃ、な……さすがに、あれだけの戦力差があったんだし……俺達が成功しちまったから、余計に連中は焦ったんだろう?」
 そして、自分たちの方に向かっていた者たちも皆、アスラン側に向かったんだろうし……とディアッカが言外にそんなイザークを制止する。
「そうですね。予想外のところから敵が来れば……それに、ここは戦場ですから、いつ何があってもおかしくはないかと……」
 ニコルも、どこか苦しげな口調で、だがきっぱりと言い切った。
「今回の作戦で、もっと被害者が出る可能性だってあったわけですから」
 そして、そのまま彼がこう吐き出したときだ。
『アスラン・ザラ、ディアッカ・エルスマン、ニコル・アマルフィ、イザーク・ジュール。以上四名は、クルーゼ隊長の下へ出頭せよ。繰り返す……』
 彼らの耳に呼び出しのアナウンスが届く。
「行くか……」
 どんなに落ち込んでいようと、何をしようと、クルーゼの呼び出しは絶対だ。
 アスランはそう判断してこう口にする。
「……そうだな……」
 普段は何かとアスランに突っかかってくるイザークも、素直にそれに同意を示す。
「お待たせしては……申し訳ありませんし……」
「怒られるのも早い方がいいだろうからな」
 他の二人にしても、クルーゼの元へ早急に赴かなければならないとはわかっているらしい。だが、それでもどこか気が進まない素振りを見せている。それは、やはり一人欠けているからだろうか。
 そんなことを考えながら、アスランはシャトルへと移動をする。
「いつも思うんだが……不便だよな」
「そうですね。いちいちシャトルを使うなんて」
 彼の背後でディアッカとニコルがこんな会話を交わし始めた。ガモフからヴェサリウスへの移動が面倒だと思うのはアスランも同じなのだが……
「あちらでいつでも隊長に呼び出される……というのも善し悪し、だな」
 現実から少しでも意識をそらしたくて、アスランはこんなセリフを口にしてしまう。
「それは……確かに願い下げ、ですね」
 いつでも好き勝手に呼び出されるのはそれでそれで気が休まる暇がないのではないだろうか……とニコルも頷いてきた。
「確かにな。隊長ならやりかねん」
「有能なのはわかっているんだが……あのどこから出てくるのかわからない思考パターンがな」
 時々着いていけなくなるのだとディアッカとイザークも頷きあっている。
「まぁ、かまわないだろう。必要なのは隊長が有能だ……という事実だけだろうが」
 シャトルに乗り込みながら、イザークはこう口にするものの、実はフォローになっていない……と本人は気づいているのだろうか。
 だが、アスランにしてみれば別段それはどうと言うことはない。と言うより、それはある意味慣れている状況だ……とも言えた。
「……キラ……」
 今は隣にいてくれない大切な幼なじみ。彼がやはり同じような思考パターンをしていたことをアスランは覚えていた。そして、そういう彼がいてくれたからこそ、クルーゼの突飛な思考のつながりにも平然としていられるのかもしれない。
 普段は出来るだけ考えないようにしていた彼のことを思い出してしまったからだろうか。
 アスランはどうしても彼に会いたいと思ってしまう。
 しかし、ザラ家のネットワークを使っても、彼の居場所を突き止めることは出来なかったのだ。
 あるいは、地球にいるのかもしれない。
 そうであるのならば、この戦いが終わるまで彼の居所を掴むことは不可能だと言っていい。いや、それだけではない。最悪の場合、彼の墓を見つける……と言う可能性すらあるのだ。
 それに気づいた瞬間、アスランは恐慌に陥りそうになってしまった。しかし、この場にいる者たちにそれを気づかれるわけにはいかない……と必死に耐える。
 そうしているうちに、彼らの乗ったシャトルはヴェサリウスへと辿り着いた。
「あれは……」
「……奪取し損なった機体、じゃないか」
 デッキに降り立った瞬間、視界に飛び込んできたそれに、アスラン達は目を丸くする。
「誰が……」
 あれを持ってきたのだろうか。
 自分たち以外にそれができそうだった存在は……と考えれば一人しか思い浮かばない。
「……まさか、あいつ、生きていたのか?」
 あの状況で自分たちが判断を誤ったのかもしれない。単に彼は意識を失っただけで、自分たちが引き上げた後にあれに乗って帰還したのか。
 アスランはその可能性しか考えられなかった。だが、それが真実であれば、嬉しいとしか言いようがないであろう。
「……隊長なら、ご存じかもしれないな」
 あるいはミゲルか……どちらにしても、彼はクルーゼの元へいるだろう。つまり、そこに行けば全ての状況はわかるのではないか。そう判断して、アスランはさっさと行動を開始した。
「無駄な時間は使わない方がいいか」
 生きているならそれでいい。でなければ……とディアッカ達もまた着いてくる。
 その途中で彼らは医務室の側を通った。そこはまさしく今が《戦場》状態だ……と言っていい。それだけ、先ほどの作戦での負傷者が多かった……と言うことなのだろう。
「……ナチュラルごとき……と思ったが、生身では数の多さが勝るのかもしれないな」
 その事実を目の当たりにして、イザークはコーディネイターとは言え、万能ではないと自覚したのだろう。こんなセリフを口にしている。
「だから、この戦争が終わらないんだろうが」
 地球軍にとって、一番の兵器は《人間》だ……などと笑えない冗談すら、ザフト内では囁かれいているのだ、とディアッカが彼に言い返している声が聞こえた。
「それもなんでしょうね……オーブのように、中立を保っている方々もいらっしゃるのに……」
 もっとも、それは建前上なのかもしれないが……とニコルは呟く。実際、あれらの機体が製造されていたのはその中立国のコロニーだったのだ。だが、同時にそれをこちらに教えてくれた存在もいるらしい。
「あの国も、かなり複雑らしいからな」
 中立であるが故に、両陣営からの工作も激しいのだろう。
「そうですね。政治的なことと一般の方々とは関係がありませんして……大切なのは、あの国に住んでいるナチュラルの方々が、コーディネーターに明確な偏見を示さない、と言うことでしょうから」
 一般民衆がどれだけ重要な存在であるか、それを考えれば……とニコルは口にする。
「わかっている。だからこそ、今回の作戦でも出来るだけ民間人への被害を出さないように……と注意を払っていたんだろうが」
 そんな彼にイザークがこう言い返す。
「だからさ。オーブだけはどんな手段を使っても敵に回しちゃいけないってことだろう?」
 落ち着け落ち着け、とディアッカがそんなイザークをなだめている。
「着いたぞ」
 そんな彼らにアスランがこう声をかけた。その瞬間、表情だけではなく身にまとっている雰囲気までも変えるあたり、さすがだ……と言うべきなのだろうか。
「アスラン・ザラ以下四名、まいりました」
 こう告げれば、即座にドアのロックが外される。
 中に足を踏み入れれば、ミゲルとクルーゼ、そしてもう一人自分たちと同じ色の軍服を身にまとった人物の姿が目に飛び込んできた。しかし、その髪の色を見れば、相手が自分たちの同僚ではないことがわかってしまう。
「……誰だ、あれは……」
 イザークが小さな声で囁いている。
「俺に聞くな、俺に」
 こう言い返すディアッカの声が相手の耳に届いたのだろうか。不意にその人物が自分たちの方へと視線を向けてきた。
 その瞬間、アスランは目を丸くしてしまう。
「……キラ……」
 ここにいるはずはない相手が目の前にいるのだ。
 相手も同じ思いだったのだろうか。一瞬、驚いたような表情を作る。だが、それはすぐに笑顔に変わった。
「久しぶりだね、アスラン。元気だった?」
 こう言いながら小首をかしげる彼の仕草は、昔と変わらない。
「あ、あぁ……」
 その事実に、アスランは頷き返すのが精一杯だった。



何か今日は長いですね(^_^;
ともかく、この二人には早々に再会して貰いましょう。しかし、夜中にいきなりシーンを追加したくなるって言うのは何なのか。どうして、これが昨日更新したを書いているときに思い浮かばなかったのでしょうね