ラウンジに着けば、その一角に人だかりができているのが見えた。その理由は言われなくても想像ができる。 「あらららら……」 その光景にキラが複雑な呟きを漏らした。 「早めに割って入った方がいいな」 アスランもまた、複雑な気持ちでこう呟く。 「でないと、二人が他の連中に恨まれそうだ」 ラクス・クラインのファンに……と付け加えれば、キラも頷いてみせる。 「アスランなら、大丈夫だろうけどね」 婚約者だし、とキラが苦笑を滲ませながら口にした。 「あくまでも……義務の一環でしかないけどな、俺にとっては」 ラクスよりもキラの方が大切で必要。もちろん、彼女が嫌いなわけではない。だが、それはあくまでも《友情》の範囲内なのだ。決してそれは《恋情》に変わるわけではない。それはラクスも同じ事だろう、と思っている。 「とは言えども、その義務が必要だ、とわかっているけどな」 人々の心を安心させるために、と付け加えればキラも小さく頷いて見せた。おそらく、キラもそういう教育をされているのだろう。彼本来の立場を考えれば、それが普通なのだろうし、とアスランは思う。 「そう言うことだから、義務を果たしてきた方がいいよ」 ミゲル達に恨まれないうちに……とキラがアスランの背中を押した。 「……付き合ってくれないのか?」 一人で行くのは……と思わず振り向いてしまう。 「僕が行くと、別の騒動が起きそうだけどね」 それでもいいなら付き合う……とキラは言ってきた。それはどういうことなのだろうか……とアスランは思う。しかし、少しでもキラと一緒にいたい、というのも事実だ。 「それでもいい。何とかなるだろう」 ラクスもいるし……という言葉は心の中だけでとどめておく。 「仕方がないな」 口ではこう言いながらも、キラは柔らかく微笑んでみせる。 「少しでも、キラと一緒にいる時間を増やしたいんだから、仕方がないだろう」 そう言いながら、顔を背ければ、キラの笑い声が耳に届いた。 「ともかく、いこう。そろそろミゲルが限界だ」 ここで爆発されては困る……とキラは付け加える。 「……それはこわいな」 ラクスが切れるのとは別の意味でミゲルが切れるのは困る、とアスランは呟く。そうなれば、隊内での厄介ごとが全てキラの上に降りかかってくるのだ。そんなことになれば、彼にどれだけ時間があっても足りなくなるのは目に見えている。今ですら、時間が足りないのに……と心の中で呟きながら、アスランはキラの手を掴んだ。 「アスラン?」 「一緒に行くんだろう?」 くすりと笑い返す。そして、そのまま歩き出した。 それがどのような結果をもたらしたのか……ともかく、アスランは周囲から思い切りにらまれる結果になったことだけは事実だった。 ラクスが手配をしていたレストランは落ち着いた雰囲気の店だった。料理の方も――自分には多少足りないがキラやラクスには丁度いい量なのだろう――かなりのレベルだ、と思う。 「本当にキラは人気者ですわね」 デザートに手を付けながら、ラクスはころころと笑いを漏らす。 「というよりも……ここしばらく至急の仕事に没頭していたせいで、他の仕事を全てシャットアウトしていたからだ、と思いますが」 きっと、あちらこちらで問題が持ち上がっているんだろうな……とキラは乾いた笑いを漏らす。 「仕方がないよ。キラは一人しかいないんだから」 割り切ることも重要だ、とアスランは口にする。でなければ、キラが倒れてしまうかもしれない、とも。 「そうですわ。キラ様は少し働き過ぎです」 ラクスもまたこう言って頷いてみせる。 「でも……」 「プラントはもちろん、ザフトの方々もそれなりの実力を持っておられますわ。キラに頼っているばかりでは、その方々の実力が上がりません」 だから、割り切った方がよろしいでしょう、とラクスがきっぱりと口にした。それは正論なのだろうが、とアスランは苦笑を浮かべてしまう。 「そうなのかな?」 彼女に指摘されたことは考えたことがないことだったのだろう。キラは困ったような表情を作った。 「それよりも、キラ様……カガリ達が宇宙にあがられる、という話はお聞きになっていらっしゃいます?」 そんな彼の意識を別の方向に向けようとしているのか。ラクスがこう言ってくる。 「えぇ……あの機体の宇宙でのテスト……といっていましたが……」 それが口実だろう、と言うことはアスランにもわかっていた。あの機体も、あの時ヘリオポリスにあったのだ。それが何のためであるかなどとは聞かなくても推測できて当然だろう。 「……セイランのバカ息子が何をしようとしたのか、ムウ兄さんから連絡がありましたけどね」 久々にクルーゼが本気で怒っている姿を見た、とキラは何でもないような口調で告げる。しかし、アスランにとって見ればそういうわけにはいかない。 「それって……」 何か、ものすごくこわいことにならないか……とアスランは呟いてしまう。 「大丈夫だよ……多分」 キラは落ち着かない、というように視線を彷徨わせながら、キラはこう言い返してきた。だが、その態度がそう言っていないだろう、とアスランは思う。 しかし、アスランの態度にかまわないでキラはさらに言葉を続けた。 「ムウ兄さん達が一緒だし……それに、宇宙なら、きっとアメノミハシラに滞在すると思うから……」 当初だけだろうけど、とキラは付け加える。 「アメノミハシラ?」 「サハクのコロニーだよ。そこなら、セイランもうかつに手出しできない」 詳しいことは内緒ね、とキラは笑う。 「もちろんですわ」 「そうだな」 オーブの機密に関することなのだろうし……とアスランもラクスも頷く。 「状況次第では……合流することになるのかな」 そんな事態にならなければいいけれど、とキラは祈るように口にする。 「大丈夫だよ」 アスランも即座にこう言い返した。 だが、その願いは数日後、あっさりと覆された。 |