オーブの方もそろそろ落ち着きを見せているらしい。そのせいだろうか。軍務ではない雑用がアスランの上にものしかかってきているのは。
「……キラの顔を見に行きたいんだがな」
 その時間もろくに取れない……とアスランがため息をついたときだ。
「アスラン!」
 カガリの声が思い切り耳にたたきつけられた。
「カガリか。迷子にでもなったのか?」
 思わずこう言ってしまってから、アスランは慌てて身構える。この言葉に激怒をした彼女が拳を振り上げる可能性がある、と思ったのだ。
 しかし、覚悟していた攻撃は来ない。
「……キラは、どうしている?」
 その代わりに、こんなセリフが投げかけられた。
「昨日、連絡を入れたときには……取りあえず家でぼーっとしている、と言っていたぞ。隊長の監視があるから、仕事もできないと言っていたが」
 それがどうかしたのか、とアスランは聞き返す。
「……会ってくれないんだ……」
 連絡を入れても顔も見せてくれない、と彼女は付け加える。キラにしては珍しすぎる行動だ、とも。
 だが、アスランに言わせてみれば無理はないだろうと思う。
「まぁ、あの時の様子じゃな。そういう行動を取るだろうよ、キラも」
 正直にこう言えば、カガリは頬を引きつらせる。
「お前がおとなしく守られていれば、キラはケガをしなくてすんだ。それなのにお前は遠慮なくキラを怒鳴りつけたからな」
 あいつが生身の人間を傷つけられないと言うことはカガリだってよく知ってるはずだ。いや、彼女が一番知っていなければいけないだろう、とアスランは思う。
「だが、私は……」
「間違ったことをしていない、か? そんなことを言っていれば、かならずキラを失うぞ、お前が原因で」
 もっとも、そうさせないために、自分がキラをオーブに帰さないようにするがな……とアスランは断固とした口調で付け加える。
 これに関しては、他のメンバーの協力も得られるだろうから心配はしていない。
「自分がしなければいけないこととできることは違う。そして、この前はお前にはできたことでも、してはいけないことだった。それを理解できないうちは……キラはお前に会わないだろうな」
 そして、自分もキラには会わせない……とアスランは付け加える。
「アスラン!」
「ラクスも同じ気持ちだから、決して取り持ってはくれないだろうな」
 この言葉とともに、アスランは歩き出す。だが、カガリは追いかけてこなかった。

 あの日から、自分がカガリから逃げ回っている、という自覚はキラにもあった。
 でも、どうしても彼女に会えないと思ってしまったのだ。
 もちろん、ずっとではない。カガリがオーブに戻る前にはきちんと会うつもりだった。
 ただ、もう少し時間が欲しい。
 そう考えていたことも事実だ。
「今回のことは、お前の失態だったな」
 それにしても……とため息をついたキラの耳に、クルーゼの言葉が届く。
「わかっています」
 確かに、彼女を止めきれなかったのは事実だし、その前でケガをしたことも否定できない。だから、自分の失態だ、と言われてしまえばその通りなのだろう。
「キラ」
 おいで、とクルーゼが呼びかけてくる。それにキラは立ち上がるとゆっくりと彼のそばに歩み寄っていった。だが、彼の手が届くか届かないかの距離で足を止める。
 そんな彼の様子に、クルーゼは苦笑を浮かべた。そのまま手を伸ばすと、彼を自分の方に引き寄せる。 「あ、あの……」
 当然のように膝の上に抱き上げられて、キラは焦った。いや、その行為自体はよくされてしまうことなのだが、だからといって、納得できるかというと別問題だと思う。
「それでも、彼女のミスをフォローして守ったことはほめてやろう」
 ムウも同じ気持ちだ……と口にしながらクルーゼはキラの髪をなでてくれた。
「ラウ兄さん」
「それで、お前がケガをしなかったらパーフェクトだったのだがな」
 あの状況では仕方がなかったのか……と彼は低い笑い声を漏らす。
「これで、あの子も自分の無茶がどのような結果をもたらすのか……理解をしてくれればいいのだがな」
 でなければ、また同じ事を繰り返すだろう。その結果、彼女の命が失われてしまえば意味がない……とクルーゼははき出す。
「そうですね」
 素直にキラはその言葉に同意をする。だが、次の瞬間、彼は今までとは違う意味でため息を漏らす。
「ラウ兄さん?」
「お前にも、同じ事を言えるのだよ、キラ」
 キラを失っても意味がないのだ……と彼は続ける。
「私だけではなく、みんな同じ気持ちだろうね。特にアスランとカガリは」
 わかっているね……と言う言葉に、キラは一瞬ためらったものの首を縦に振って見せた。
「皆、今のお前が大切なのだよ。それだけは覚えておきなさい」
「……はい」
「いいこだ」
 柔らかな言葉とともにクルーゼはキラの髪をなでる指に少しだけ力をこめる。
「だから、カガリにもあって上げなさい。さすがにへこんでいたよ」
 もっとも、それでなければ放っておいたがな……と彼はさりげなく本音を口にした。そう言うところが、間違いなくクルーゼだよな、とキラはここその中で呟く。
 でも、と思う。
「……カガリに泣かれるのは、こわいです」
 彼女から逃げ回っている理由がそれだ、とキラは言外に告げた。
「それはお前だけではないよ」
 私も同じだから安心しなさい……と囁かれても、まったく救いにならない。
「カガリが戻る前には、会うつもりではありますが……」
 今の彼女はそれなりに忙しいようだしとキラは続ける。だから、もうしばらくは会わずにすませたいとも。
「ワガママだというのは、わかっていますけど……」
 最後にそう締めくくればクルーゼが小さなため息をつく。
「本当に、困った子達だね、お前達は」
 余計なところだけそっくりだよ……と付け加えられて、キラは困ったような微笑みを返すしかできなかった。