ラクスとニコルがたどり着いたときには取りあえず事態は収まっていた。
「……カガリさんは何を怒っていらっしゃるのですか?」
 ニコルがこう呟く。
「そうですわね」
 周囲を見回しながら、ラクスはゆっくりと言葉を唇に乗せる。そうすれば、キラがアスランに小言を言われながら手当をされている姿が確認できた。
「少なくとも、原因はキラにありそうですわ」
 おそらく、カガリをかばってケガをしたのだろう。あるいは、それは防げたことなのかもしれない。
「……あぁ、キラさんは相手にも情けをかけてしまったわけですね」
 殺すか、でなければ傷つければ防げたケガなのだろう。だが、キラはそれをしなかった。彼らしいと言ってしまえばそうなのかもしれないが、だからといって認められることではないのだろう。
「優しすぎるのも、困ったものですわね」
 ひょっとしたら、命すら失ってしまっていたのかもしれない。
 そんな状況でも他人を傷つけられないのはどうしてなのだろうか。そんな考えすら浮かんでくる。
「ともかく、カガリをなだめた方がよろしいですわね」
 キラの方はきっと、そうなることを覚悟していたはずだ。
 だが、カガリは違う。
 彼女はきっと、キラがどのような状況にあっても『無事だ』と信じていたのではないだろうか。
 しかし、目の前でキラがケガをしてしまった。その衝撃が怒りとなって爆発をしているのかもしれない、とそう判断をして、ラクスはこう口にする。
「そうですね。なら、僕はみんなの方にいて、状況を確認してきます」
 ディアッカかラスティであれば、比較的冷静に教えてくれるだろう。ニコルの言葉に、ラクスも頷いてみせる。
「お願いしますわ」
 自分よりも彼の方がいいのだろう。そう思って頷いてみせる。
「私ではなく、ニコル様にでしたら、赤裸々に語ってくださいますでしょう、皆様」
 どのような状況でこうなったのかを……とラクスは付け加えた。
「そうですね」
 ニコルは苦笑とともに軽く頭を下げる。そして、仲間達の所へと歩いていく。それを見送ってからラクスはカガリの方へと歩み寄っていった。
「カガリ、どうなさいましたの?」
 そして、怒りのために頬を紅潮させている彼女に声をかける。
「ラクス!」
 まだ怒りを隠せない――だが、どこかほっとしたような表情で彼女はラクスの名を呼ぶ。
「キラのバカが!」
 そのまま彼女はまっすぐにラクスに駆け寄ってくる。
「十分避けられたはずなのに……」
 相手の足を止めるために銃を撃つ時間もあったのだ。それなのに、キラはそれをしなかった。そして、自分がいたせいで避けることもできなかったらしい。カガリは一息にこう口にする。
「……まぁ、想像通りでしたわね」
 というよりも、キラがケガをしたのであればそれ以外に考えられないのだが……とラクスは心の中で付け加えた。でなければ、誰であろうとキラに触れることすらできないだろう。
「ラクス?」
 自分の言葉の意味を理解できなかったのか。カガリがこう問いかけてくる。
「キラを傷つけられる人間など、ザフトでも本当に一握りです。あのような下っ端の人間にできることではありませんわ」
 だから、そのような事態になった……と言うのであれば、それはカガリが関わっていることだろう。そう思ったのだ……とラクスはきっぱりと口にする。
「もっとも、普通であればアスラン達がキラや貴方のそばに近づけるはずがありませんが」
 言外に、カガリが何かをしたのではないか……とラクスは問いかけた。そうすれば彼女はさりげなく視線をそらす。
「……カガリ?」
 小さなため息とともにラクスは彼女の名を口にする。
「守られるのも、立場上必要なことなのですよ」
 それだけは忘れないで欲しい。取りあえず、これだけを口にした。

 同じ頃ニコルもだいたいの状況を掴んでいた。
「まぁ、想像通りでしたね」
 ため息とともにこう告げる。
「キラだからなぁ……」
 だからこそ、できるだけ気を付けていたつもりだったのだが……とラスティがため息をつく。
「それにしても……キラのあれは、ちょっと普通ではないぞ」
「あぁ、俺もそう思う。でも、アスランも何も言わないってことは……昔、何かあったのか?」
 カガリはともかく、アスランが『キラが相手を傷つけようとしなかった』と言ったことに関してはお小言を言っていない、という事実にディアッカがこういう。
「……ミゲルも、それに関しては何も言わないしな」
 と言うことは、彼の同期の者達は見なそうだ……と言うことだろう。いや、どうやらクルーゼとバルトフェルドも同じらしい。
「まぁ、何があったのかを問いつめるよりも先にしなければいけないことがあるがな」
 そちらを終わって、さらに危険があるようならば問いつめるしかないだろうが……とイザークは付け加える。
「……お前にしては、珍しく冷静な判断だな」
 それにディアッカがこう茶々を入れた。即座にイザークは文句を言い返そうとする。だが、それよりも早く、上層部が手配したらしい者達が姿を現した。
 とっさに誰もが身構える。
 しかし、その中にバルトフェルドの姿を見つけたことで誰もが肩から力を抜く。
「どうやら、少しだけ遅かったようだな」
 彼は苦笑とともにこう告げる。
「まぁ、いい。後は任せなさい」
 この言葉に、誰も反論を口にしない。それは、自分たちの力量不足を理解しているからだ。
「お願いします」
 そういう彼等に、バルトフェルドはしっかりと頷いて見せた。