目の前にある機体にキラは思わず眉を寄せてしまう。
「……核エンジン……」
 スペックから行けば、まったく燃料補給なしで戦うことができる。だが、それだけの強大な力を謝らずに使いこなせるかどうか。
「取りあえず、中央の機体はお前が、右の機体は私が使うことになっている」
 最後の一機はどうするべきか、今考えている最中だ、とクルーゼは付け加えた。
「まぁ、それに関してはあとでいい。ともかく、こちらの二機のOSを優先してくれ」
 言葉とともに彼の手がキラの頭の上に置かれる。
「……気に入らないのはわかっているが……必要悪だ、と割り切れ」
 それに、と彼は続けた。
「これが我々に与えられた、ということの意味を考えれば……少なくともザラ閣下をはじめとした強硬派も、オーブと敵対する気はない、という意志の表れだろう」
 もし、プラントがオーブを攻撃対象に含めた場合、自分たちがどのような行動に出るか、わかっているはずだから……と彼は口にする。
「そう、ですね……」
 自分にとっての《唯一》はアスランだが《一番》はオーブなのだ。
 万が一の事態になった場合、どちらを優先しなければいけないか、といわれれば答えは一つしかない。もちろん、それがキラの真意とはかけ離れたものだ、としても、だ。
「そうだな……こちらの期待は、アスランに預けるとするか」
 そして、キラとアスランが今まで使っていた機体はミゲルとラスティに任せればいいだろう、と彼は付け加える。
「隊長……それはいいですが、後の三人のフォローはお願いします」
 特にイザークの……とキラは言外に付け加えた。
「……仕方があるまいな」
 確かに、それが必要だろう……とクルーゼはため息をつきながら口にする。イザークの――ある意味無駄に高すぎる――矜持を彼も知っているのだ。もちろん、それが悪いというわけではない。それでも、たまにため息をつきたくなるような事態に直面してしまうのだ。
「これ以上、お前に仕事を回して倒れられては困る」
 そういう問題ではないのではないか。
「隊長……」
「あちらの二機に関しては当面自分たちに面倒を見させる。だから、お前はこちらに専念するように」
 あれには使えるOSが乗せられているが、こちらはそうではない。そう口にするクルーゼにキラはしっかりと頷いてみせる。
「今週中には何とかします」
 本当は今日明日中に何とかしたいところではあるが、とキラは心の中で呟く。
「……徹夜は禁物だぞ」
 まるでキラの内心を読み取ったかのようにクルーゼはこう言ってくる。
「隊長!」
「取りあえず、今日は夕食前に迎えに来る。そこまで、だ」
 休暇中だしな……と笑う彼の背中に『逆らうことは許さない』と書かれているような気がするのは錯覚だろうか。
「……わかりました……」
 それでなくても、このようなときの彼に逆らってはいけないことをキラはよく知っている。こう口にするしか道は残されていなかった。

 予想外の命令に、誰もが驚きを隠せない。
 しかし、次の瞬間、耳に届いた説明に、その表情は歓喜へと変わる。
 これでこの戦争を終わらせられるのではないか。そう思ったのだ。
 だが、そのためにどれだけの被害を出すことになるのか。それを考えているものは、誰もいなかった。

「……本気でおっしゃっておられますか?」
 目の前の相手に向かってバルトフェルドはこう問いかける。
「私は、地上ではお役に立てると思いますが……宇宙での戦闘経験はほとんどありません」
 何よりも、この地を離れるのは……と彼は言外に付け加えた。
『それはわかっている』
 だが、とモニターの中でパトリックが重々しい口調で言葉を綴り始める。
『現状では地球での支配地域の拡大よりも本国の防衛の方が重要なのだよ』
 それに、自分たちには確実に信頼できる相手が必要なのだ、とも彼は続けた。それは、先日漏れ聞いたあの一件が関わっているのだろう、ということはバルトフェルドにも推測できた。
「ですが……万が一私があちらのスパイダとしたならどうなさるおつもりですか?」
 もちろん、そんなことはないと胸を張って言い切れる。だが、彼の反応を確認したい。そうも考えるのだ。
『それはあり得ない、と信じている』
 だが、パトリックははっきりとこう言い返してくる。
「何故、そう思われるのですか?」
 ここまできっぱりと断言されると、その根拠を知りたくなってしまうのは自分だけではないのではないか。そう思いながらバルトフェルドはこう聞き返した。それが失礼と言われる行為であることも、十分自覚している。
『ラクス嬢とアスラン……それに、キラがお前を信頼しているからだ』
 この中の誰か一人だけなら間違いということもあり得る。
 だが、全員ならば、確実だろう。
 かすかな苦笑を滲ませながら、パトリックはこういった。
 その判断の仕方はどうなのだろうか、と一瞬思ってしまう。
 だが、自分でも同じ結論を出すだろうな、とバルトフェルドはすぐに思い直す。それだけあの子供達はきちんとした判断力を持っているのだ。
「そう言うことでしたら……お受けしないわけにはいきませんな」
 多少気に入らない相手が側にいても、だ。
『では、近いうちに正式な辞令を送る』
 言葉とともにパトリックは通信を終わらせる。その唐突さも、彼等の忙しさを考えれば当然のことかもしれない。
「さて」
 大きく伸びをしながら、バルトフェルドは呟きを漏らす。
「みなに話をしないとな」
 大騒ぎになるな、と思いながらゆっくりと立ち上がった。