ウズミが実権を取り戻した、と連絡があったのはそれからしばらくしてのことだった。
「……よかった……」
 これで、和平交渉が進むのではないか。キラはそう思う。
 だが、と心の中で呟く。
 ここで完全に気を緩めてはいけない。今度は同胞に気を付けなければ行けないだろう。
 自分たちに有利な条約を結ぶために、カガリの身柄を盾にとってウズミを脅迫しようと考えている者達がいないとは限らないのだ。いや、パトリック達の態度を見ていれば『いる』と考えた方がいいのだろう。
 しかし、まだクルーゼは動けない。
 フラガは信頼できるが、彼も《ナチュラル》だ。一対一であればともかく、多数に無勢の状況では手も足も出ないだろう。
「ラクスが一緒だから、そう心配はいらない、とはわかっているけどね」
 しかし、それがプラスの面だけではないこともわかっている。
 先日のあのプロモーションビデオのせいで自分とカガリの顔はプラントの者達全てに知られた、と言っていいだろう。もちろん、それが悪いとは思わない。だが、そのせいで自分たちを捜し出すことが容易になったような気はするのだ。
 自分はまだいい。
 いざとなれば、ザフト本部に逃げ込んでしまえばいいのだ。そして、中俣千歌クルーゼの側にいれば誰であろうと手出しをできるはずがない。
 だが、カガリは……
 そう考えれば、ため息しか出てこない。
「キラ」
 その時だ。
 言葉とともにカガリが抱きついてきた。
「え? カガリ?」
 どうしてここに、とキラは首だけを彼女の方に向ける。そうすれば、その背後に見知った顔があることもわかる。
 そう言えば、本部に来る途中で誰かに呼び出されていたっけ……とキラは思い出す。それはラクスだったのだろうか。
「ラクスが評議会ビルに行くから……と言うことでこちらで見張っていてくれ、だそうだ」
 苦笑とともにアスランがこう言ってくる。
 その言葉にキラも苦笑を返す。
「……私は、保護してもらわなければならない幼子ではないぞ」
 ただ一人、カガリだけがむっとしている。
「ムウ兄様はもちろん、マリューさんまで出歩いているし……私だけのけ者か」
 ぶつぶつと付け加えられた言葉にキラは苦笑を深めた。
「ムウ兄さんについては知らないけどマリューさんなら開発局だよ。M−1のことであちらからお声がかかっただけ。シンも、その付き添いで行ったのかな?」
 もちろん、そのための根回しをしたのは自分だが……と言う言葉を、キラはあえて口にはしない。
「……そうか。では、文句は言えないな」
 さすがのカガリも、そのような理由では文句が言えないらしい。
「でも、だったら私は一人でも大丈夫だったのに」
 留守番ぐらいできる、と彼女は付け加える。
「でも、一人よりはみんなでいた方がいいだろう? ここなら、ウズミ様に何かあればすぐにわかるし」
 そのためには、アスランが連れてくるのが一番手っ取り早いとラクスは判断したのだろう……とキラは微笑みかける。その裏に隠されている意味を彼女はわからなくてもいいのではないか、とそうも思う。
「……そうかもしれないが……」
 でも、とカガリは何かを言おうとした。
「キラに言いくるめられて悔しいのはわかるが……仕事モードのキラに口で勝つのは難しいと思うぞ」
 確実に勝てるのはクルーゼだけだ……とアスランが苦笑とともに口を挟んでくる。
「お前の場合は、別の理由で勝てないだけだろうが」
 それが気に入らなかったのだろう。カガリは即座にこう言ってアスランに文句を言い返す。
「別にいいよ。キラになら負けても」
 理不尽なことであれこれ言ってこないってわかっているから……とアスランはカガリの言葉を受け流す。それがさらにかがりをヒートアップさせるとわかっているだろうにどうして、とキラは思う。
 しかし、アスランの方は故意にやっているらしい。
 一瞬だけ送ってきた視線でそれがわかる。
 確かに、こうして騒いでいれば余計なことも忘れられるか……とキラも思う。その間に、あれこれできれば一番いいのだが、とも。
 しかし、カガリは離れてくれる気はないらしい。その事実に諦めたようにため息をつくしかできないキラだった。

「……珍しいところであったな」
 相手の顔を見て、ラスティはこう口にする。
「それはどういう意味だ?」
 即座にイザークがこう言い返してきた。
「俺たちも、一応ザフトの一員で、まだクルーゼ隊のメンバーなんだけどな」
 ディアッカもまたこう言ってくる。
「それはわかってるんだけどな。ただ、俺らと違って、お前らは家の方もあるだろう?」
 特にこのような状況であれば……とラスティは言い返す。自分とミゲルは普通の家の人間だからわからないが……とも付け加える。
「……母上が、キラの側にいろ、とおっしゃったのでな」
「カガリ・ユラも一緒にいるだろう……と家の親もな」
 二人の言葉にラスティは思わず眉を寄せた。
「……まだ、何かあるってことか?」
 それも、地球軍との関わりではなくプラント国内で同胞が主体となって……と言外に問いかける。
「念には念を入れろってことだろう」
 ディアッカが即座にこう言い返してきた。と言うことは自分の予想は外れてはいないのだろう。
「……厄介だな」
 バカがいると……と呟けば、
「全くだ」
 とイザークも頷いてくれる。
「自分たちがしようとしていることが、連中と同じ事だ、と理解しようとしていないからな」
 この言葉に誰もが頷く。
「と言うことで、キラ達のとことに行くか」
 ディアッカはこう言うと歩き出す。
「待てよ、こら」
 その後をラスティとイザークが慌てて追いかけた。