できることなら、今すぐこの場から逃げ出したい。 シンはそう考えていた。それができないのであれば、できるだけ目立たないようにしているしかないか、とも。 それでも……と思いながら視線を彷徨わせていれば、シンはあることに気づいてしまう。キラが自分を手招いているのだ。 「……あの……」 何か、と思いながらシンは近寄っていく。 「多分、ここが一番安全だから」 そうすれば、キラは苦笑とともにこう言ってくる。 「キラさん?」 「少なくとも、僕の隣にいれば被害はいかないよ」 アスランが全部引き受けてくれるはずだから……とキラは笑う。それは何なのか、と一瞬言いかけてシンはやめた。 「そうなんですか」 そのくらいの嫌がらせはしてもいいか……と思ったのだ。 キラが「大丈夫」と言うことは、きっと手を出すつもりがないからだろう。だが、それは自分が手を出さなくても大丈夫だ、と彼が考えているからに決まっている。 自分だったら、無条件で彼は手を出してくる。 それは、きっと信頼の度合いの違いなのだろう、とわかっていた。 だったら、いいよな……と考えてしまう。 俺にはどうしても手に入れられないものを、既に持っている相手なんだし。この人が大丈夫だ、って言っているんだから……とシンは心の中で呟いた。 「……こういうことも、戦闘が終わったからできることだろうしね」 しかし、それもキラのこの言葉で認識が改められる。 要するに、これは戦闘が終わって気が抜けたことによるじゃれ合いみたいなものか、とシンは納得をした。 それとも、生きていることを実感しているのか……と心の中で付け加える。それにしても、いいのか、とちょっと思う。 「でないと、自分の艦を放り出してここでこんなことをしていないよ、イザークもラスティも」 ついでにニコルとディアッカも止めていないようだし……とキラは苦笑を浮かべる。 「まぁ、バルトフェルド隊長が乗艦を許可したんだから、それに関しては問題ないと思うよ」 他のことに関しては……ちょっと問題あるかもしれないけど、とキラは笑う。 「と言うことで、もう少ししたら止めないとね」 適当なところで……と彼は付け加える。 「その時は、微力ながらもお手伝いします」 即座にシンはこういう。 「お願いね」 キラの口元に微笑みが浮かぶ。これだけでも、今はいいか、とシンは心の中で自分に言い聞かせていた。 目の前の人物が珍しく苦笑を口元に刻んでいる。 『まさか、もう行ったとはな。ご迷惑をおかけしているのでは?』 小さなため息とともに彼はこう告げてきた。 「何。キラに押しつけてあるからね」 こちらに関しては……とバルトフェルドは笑いを返す。もっとも、他のことに関してはわからないが……とも。 『その点は、しっかりと準備をしてからそちらに向かったようだが』 だからといって……と彼は小さなため息をつく。その気持ちはわかるが……とバルトフェルドはさらに笑みを深めた。 「かまわないじゃないか。取りあえず、生きていることを実感したいのだろうし、ね」 手っ取り早い方法としてここに来たのではないか……と彼は付け加える。 『だからといって、勝手にそちらに向かうとは……』 一番の問題はそれではないか……とクルーゼはまたため息をついた。まさか、彼とこのよう話ができるとは思わなかったのだが……と思いつつバルトフェルドは口を開く。 「それに関しては、一通りの事が終わって彼等に冷静さが戻ったらきちんとキラが説教をするそうだ」 だから任せても大丈夫だろう、と付け加える。 「それにアイシャもいったからな」 何も心配はいらない、とさらにだめ押しをすれば相手はようやく納得したらしい。 『なら、こちらの話を進めても大丈夫ですな』 「そう言うことだね」 表情を引き締めるとバルトフェルドは頷く。 「キラのことは心配いらない。だが、君も同じ立場だ、と俺は聞いているのだが?」 この言葉に、クルーゼは今までとは微妙に違う笑みを口元に刻む。 『もちろん、わかっていますよ。平和のなったのなら、もう一つの願いを叶えてやらなければなりませんし、ね』 そのためには、何があっても生き残るつもりだ……と彼は告げる。キラも同じ気持ちだろう。だが、彼の場合、まだ認識が甘いところがあるから……と続けた。 『心構えが違えば、周囲に対する警戒の仕方も変わってくるでしょうからね』 キラにしてみれば、ザフト内にそのようなものがいると信じたくはないのだろう……とクルーゼは付け加える。 「あの子なら……そうだろうね」 その気持ちもわからなくはないが……とバルトフェルドは苦笑を浮かべた。だが、自分が注意するよりももっと適任者がいるかとすぐに思い直す。 「まぁ、アスランに言っておこう」 それが一番確実だろう、とバルトフェルドは口にする。 『そうですな。それがいいでしょう』 クルーゼもそれが一番確実だと思ったのか。すぐに頷いてみせる。 「後は……帰った後の処理だな」 書類の……とため息をつけば、クルーゼだけではなくブリッジにいる他の者達も笑いを漏らす。それを耳にしながら、この場にアイシャがいなくて本当によかった……とバルトフェルドは心の中で呟いていた。 |