「終わった……といえぬあたりが、辛いな」
 シーゲルの言葉にパトリックもまた頷いてみせる。
「だが、アズラエルの身柄を確保できたことは大きな収穫であろう」
 本国に一発のミサイルも到達させなかったことも含めて、だ……と彼は口にした。
「そうだな」
 それが彼等の役目だ……と言ってしまえばそれだけかもしれない。しかし、実際に命をかけて彼等は己の役目を果たしたのだ。それに見合うだけの報酬は与えるべきだろう。
 何よりも《アズラエル》の身柄は、これからの交渉に有利な材料になるだろう。切り捨てるには、あまりにも深く地球連合の中に食い込んでいる存在だ。下手な方法で切り捨てることもできず、だからといって助け出すことも不可能だと言っていい。そうである以上、あちらも渋々とはいえ交渉の席に着くはずだ。
 だが、とパトリックは心の中で呟く。
 それはあくまでも政治の世界だ。
「当分は大きな戦闘はあるまい。地球軍はこちらにほとんどの兵力を振り分けたようだからな」
 しばらくの間は、最低限の紹介任務に就く者以外は休息を取らせてもかまわないだろう。
 その間に、こちらがいろいろと準備を整えていればいいのではないか。
 こう告げれば、シーゲルも頷いてみせる。
「そうだな。もっとも……地球にいる者達にはいっそうの警戒をしてもらわなければならんだろうが」
 あちらでブルーコスモスのテロが激しくなる可能性は否定できないからな……と彼は続けた。
「そうだな……あぁ、それと彼等にも少し頑張ってもらわなければならんかもしれんな」
 ラクスが手を貸しているのは知っている。だが、それだけでは不十分だろう。それに、とパトリックは口を開く。
「オーブには、是非とも交渉の窓口になってもらわなければならんからな」
 そのためには、現在の暫定政府ではなく、本来の首脳陣に政権を取りもどいてもらわなければいけない。そう告げるパトリックに、シーゲルが苦笑を浮かべた。
「どうかしたのか?」
「ラクスとカガリ嬢がな。何かを画策しているらしいのだよ」
 しかし、その内容を悟らせないところがこわいのだ……と彼は正直に口にする。
「何。それこそクルーゼかキラに問いたださせればいいだろう。カガリ嬢からなら間違いなく情報が得られるだろうからな」
 その内容次第では、自分たちがバックアップに回ってもかまわないだろうとそう思う。
「いずれは彼女たちに我々の地位を明け渡すのだ。その前に少しでも経験を積ませることができるのであれば、それに越したことはないのではないかな」
「あれに権力を持たせたときが、別の意味でこわいのだがな」
 自分の娘の性格を一番よく知っているシーゲルがため息とともにこう告げる。
「だが、我々よりもナチュラルに対する敵愾心は少ない。少なくとも、オーブの次世代を担う者とともに過ごす経験はマイナスにはならないだろう。そう思うのだ。
 しかし、そんなことを口にしたパトリックを、シーゲルが驚きを隠せないという表情で見つめてくる。
「どうかしたのか?」
 それにこう問いかければ、
「お前の口からそのようなセリフを聞く日が来るとは思わなかっただけだ」
 と言い返された。その理由がわかっているだけに、パトリックとしては苦笑を浮かべるしかない。
「仕方があるまい。数少ない例外が我々のために尽力を尽くしてくれたのだからな」
 それに応えるのは義務だ。そう告げれば、シーゲルは低い声で笑った。

「……終わったのか?」
 カガリは崩れ落ちるようにソファーに腰を下ろしながら、こう呟く。
「取りあえず、戦闘は終わった……と申し上げてかまわないのではないでしょうか」
 意味ありげな口調でラクスがこう言ってくる。その裏に隠されている意味に、カガリも気づいた。
「そうだな。まだ面倒な交渉ごとが残っているか」
 かなりえぐそうだが……とため息とともにはき出す。
「そうですわね」
 確かに、その場に同席はしたくない……とラクスもしっかりと頷いてみせる。彼女にまでそう言わせるとは、やはりものすごい世界なのか……とそうも思う。そんな世界で、自分はやっていけるのか、とも。
 だからといって、その世界を《キラ》に背負わせるわけにはいかない。
 その気持ちはカガリの中にしっかりと根を張っている。
 自分の片割れは、今ですら厄介なほどの重荷を背負わされているのだ。それ以上の者を押しつけるわけにはいかない。何よりも、それは自分が背負わなければいけないものだ、と言うこともわかっている。
 なら、と心の中で付け加えた。もう少しでいいから、自分に時間を与えて欲しい。そして、それができる人間は一人しかいない。
「……さっさと、お父様に代表の座に戻って頂かないといけないわけだ」
 そうすれば、彼の隣で自分はもっと経験を積むことができる。それがあれば、きっと自信を持ってその場に赴くことができるのではないか。
「私も、それには大賛成ですわ」
 カガリとは違う理由からだろう。それでもラクスはきっぱりとこう言い切る。
「そのためにできることをしませんといけませんわね」
 自分たちが……と言う言葉にカガリはしっかりと頷いて見せた。
「キラ達は、もう十分すぎるほど働いたからな。今度は、私たちが動くべきか」
「そのための準備は、進めてきましたでしょう?」
 後は実行に移すだけではないか、と彼女は続ける。
「そうだな。後は……実行に移すだけだ」
 まずは、セイランからオーブの実権を取り戻す。
 そして地球連合とプラントの条約をそうそうに締結させる。
 そのための窓口にならなければいけない。
「では、そのように指示を出しますわ」
 楽しみですわね……とラクスが呟く。その言葉を、少しだけカガリはこわいと思ってしまった。