全ての動きが止まった。
 いや、自分が置かれている状況が理解できなかった、という方が正しいのだろうか。
「……何故……」
 アズラエルの唇から、この呟きがこぼれ落ちる。
「理事……どう、なさいますか……」
 問いかけてくる バジルールの声にも同様が色濃く滲んでいた。
「どうするも……」
 このまま攻撃を続けさせれば、地球軍は勝利を手にするかもしれない。だが、その時、自分はこの世にいない可能性もあるのだ。それでは意味がない。
 だからといって、降伏をすることもためらわれる。
 それでは、今までの時間と資金が全て無駄になってしまうではないか。
 自分の命と資金。
 どちらが大切かと言われてもすぐに答えを出せない。
 それは、自分が軍人ではなく、あくまでも商売人だから、だろう。
 何よりも、こうして考えている最中に誰かがあの忌々しい砂時計に核を一発ぐらい撃ち込んでくれるのではないか。そうなってからの方が、後々の交渉が有利になるだろう。
 それまで粘るのが得策ではないか。
 こんなことを考えていたときだ。
『申し訳ありませんが、引き延ばし工作には応じかねます』
 相手のパイロットがこう言ってくる。
『後一分以内にご返答をいただけないときには、このまま攻撃をさせて頂きます』
 さらに付け加えられた言葉に、アズラエルは小さくつばを飲み込む。
「理事」
 そんな彼の耳に、判断を求める声が飛んでくる。
 いったいどうすれば、この状況を逃れられるのか。
 焦燥の中で必死に活路を見いだそうとしている。その時だ。
「フォビドゥン及びカラミティ、ロスト!」
 悲鳴のような報告が耳に届く。
「レイダーの反応も……今、消えました!」
 まるで死刑判決のように、その声だけがアズラエルの脳裏を直撃した。

 後どれくらいの命を奪えば、全ては終わるのだろうか。
 キラは唇をかみしめると再び引き金を引く。
 その代わりに救われる命もあるのだ。
 だから……と自分を慰めるように考える。
「……早く、終わってくれればいいのに……」
 そうは思っても、こればかりは自分では仕方がないことだ。
「いっそ……ウィルスでも作っておけばよかったかも」
 今更言っても仕方がないことではある。それよりも、もっと目の前のことに集中しなければいけない、と言うこともわかってはいた。それでも考えてしまうのは、そろそろ精神的に疲れてきているからかもしれない。
『キラ、大丈夫か?』
 その時だ。
 まるでタイミングを見計らったかのようにアスランの声が耳に届いた。
「アスラン……」
 たまたま近くに来ていたから声をかけてくれたのだろう。
 それはわかっているのだが、この状況で……と言うのが嬉しい。というよりも、彼の声を聞いただけで自分の中にわだかまっていたマイナスの感情が霧散していく。
「大丈夫だよ」
 まだ戦える、とキラは言葉を返す。
 だから、心配しないで……とも。
 しかし、アスランが小さなため息を漏らした。
『本当にお前は……』
 その後の言葉はキラの耳には届かない。だが、アスランが何かあきれているらしいことだけはわかる。
「……アスラン……」
『これが終わったら……しばらくは仕事放棄してもらうからな!』
 その代わりに、自分に付き合ってもらう! と彼は言い切った。
「何を言い出すわけ?」
 目の前に飛び出してきたメビウスを撃ち落としながらキラは言い返す。同時に、既にほとんどのメビウスが爆散したか動けなくなっているのだろう。それも既にミサイルを分離できる状態ではなかった。
 命じられた任務をこなそうとしているのだろう――それこそ、命をかけて。
 それが愚かだとは言えない。
 軍人として、それは正しい行動なのだ。だが、人としてはどうなのだろうか、とキラは思う。
『俺は、人に戻りたいだけだよ。少しの間だけでいいから軍人ではなくて、ね』
 同じ事を彼も思っていたのだろうか。
「仕方がないね」
 それでも、その気持ちを素直に口に出せないのは、自分が《軍人》としての時間を彼等よりも長く過ごしていたからかもしれない。必要なことだとはわかっていても少しだけ悲しいかな、とキラは考えていた。

 そんな彼等の前に、地球軍の降伏を知らせる信号弾が花開いた。