「……やっぱり……」
 クルーゼから話を聞いた瞬間、キラはこう呟いてしまう。
「そう言うな、キラ」
 口ではそう言いながらも、クルーゼもまたそう思っていることは事実だ、とキラにはわかってしまう。
「他の者には任せられない……というザラ閣下達の考えに、私も賛成だからな」
 こればかりは……と彼はため息をつく。
「……兄さん?」
 いったいどういうことなのか。訳がわからないまま、キラはついつい彼に向かってこう呼びかけてしまう。
「兵器として開発されたものではなくても、兵器になる、ということだよ」
 困ったものだが、と彼は言葉を返してきた。
「しかも、だ。どこに何の虫がいるのかわからないと来ている」
 付け加えられた言葉に、キラは思わず彼の顔を見つめてしまう。
「兄さん、まさか……」
 誰かに襲われたのか、と言外に問いかける。彼の方が自分よりは強いとはわかっていても、それでも、側にいられればフォローぐらいできたのに、と。
「心配するな。取りあえず、お前が心配しているようなことではない」
 苦笑とともにクルーゼは自分の膝を軽く叩く。それが意味していることは今も昔も変わらない。
「……兄さん……」
 幼い頃はカガリと先を争ってねだった行為だが、この年齢になってしまえば恥ずかしいと思う。もちろん、いやだというわけではないのだが。
「そう言うことは、カガリ限定にしておいた方が……」
 一応、婚約をしているわけだし……とキラは口にする。
「それとこれとは話が別ではないのかね?」
 しかし、クルーゼの方はまったく気にする様子を見せない。
「それとも、アスランがそう言っていたのかな?」
 だとするなら、少し考えなければいけないが……と彼は何かを考え込むような口調で付け加えた。
「兄さん!」
 何を、と言いながらも、キラは自分の頬が熱くなってしまったことを感じている。
「そう言うところは、昔から変わらないな」
 くつくつとわらいをもらしながらクルーゼは優しい視線を向けてきた。
「ともかくおいで」
 その方が話しやすい、といわれてしまえばそれ以上キラは逆らえない。素直に彼の膝の上に移動をした。
「もう少し重くなってもいいかもしれないね、お前は」
 キラの体をしっかりと抱きしめながら彼はこう告げる。
「兄さん」
 今、そんなことを言わなくても……とキラは思う。しかし、キラの抗議にもかかわらず、クルーゼの腕はゆるまない。むしろさらに力がこめられる。
「兄さん?」
 いったい、彼は何を悩んでいるのか。
 そう思いながらキラは彼の顔を見上げる。ヴェサリウスの中と違い、ここではあの仮面を付けていないから、直接彼の瞳をのぞき込むことができた。
 その中に、複雑な感情が見え隠れしている。
「いや、自分の立場の複雑さに少しつかれているだけだよ」
 不満があるわけではないのだがね……とクルーゼは微笑む。
「本当に、大丈夫ですか?」
 自分にできることがあれば、とキラは問いかける。
「大丈夫だよ。おそらく明日になればね」
 だから、しばらくこうしていてくれ……と彼は付け加えた。
「いいですけどね……」
 自分でいいとクルーゼが言うのであれば、それはそれでかまわない、とキラは思う。もっとも、女の子ではないのだから、という気持ちがあることも事実なのだが。
「ラウ兄さんではなくって、これがムウ兄さんだったら、無条件で逃げ出すけど」
 彼であれば、おとなしく抱きしめてくれているだけではすまないから……と付け加える。
「おやおや」
 そうすれば、かすかに口調を変えてクルーゼは言葉を口にし始めた。
「あの男は、お前にまでセクハラをするのかね」
 困ったことだ、と彼はため息をつく。
「だって、ムウ兄さんですから」
 セクハラが親愛の表現だと思っているとキラは口にする。
「まったく……特定の相手ができれば少しは落ち着くか、と思ったのだが……違ったようだな」
 もっとも、フラガのセクハラがキラに限ってのことならば、確かに親愛の情だと言えなくもないが……と彼は付け加えた。
「でも、嬉しくないです」
「わかっているよ」
 ようやく、自分の恋を成就させたばかりだしな……とクルーゼは笑う。
「兄さん」
「手放しで応援してやる、という気持ちにはなれないが……それでも、お前が幸せならいいと思うよ」
 アスランは、それなりに信用できるようだしな、と彼は付け加える。
「……ごめんなさい」
「謝ることではない。幸せそうなお前を見ているときが嬉しいからね、私も」
 だから、何が何でも幸せにおなり……と彼はキラの髪をなでてくれた。
「はい」
 その言葉に、キラはしっかりと頷き返す。
「では……そのために義務を果たすとするかね」
 だが、今は少しだけ気持ちを休めよう。この言葉とともに、クルーゼはまたキラの体を抱きしめた。